第12話 魔力の濃さと作物の成長の関係性。
「まじゅつのみず……まちがってまいたのか?」
「そんなことやってないよ!」
頬に手を当てて、困った顔をする姉。
姉や俺がやらかした時の、母の仕草によく似ている。
そんな俺たちの目の前には、3区画に分けられたヴァイ。
水の魔術で水やりしたものと、普通の水で水やりしたもの。
魔術で育てた場合と、通常通り育てた場合とで比較検討する予定だったヴァイが並んでいるはずなのだが――全てのヴァイがなぜか魔力の輝きを宿してしまっている。
眩しいくらいに。
「ちなみに魔術の水が、隣のヴァイにかかったなんてこともないと思う。
そもそも、魔術で出した水は、私が操れるから」
その言葉を証明するかのように、姉は複数の水の球を生成したかと思うと、その水の球たちは形を変えて空を飛び始める。
一体の水龍と――その周囲を守るかのように飛ぶ青い鳥たち。
水龍と鳥たちはつかず離れずの距離を保ちつつ、複雑な軌道を描いて空を駆ける。
速く正確な挙動と軌道。
陽光が飛ぶ彼らの身体を透過し、俺たちに降り注ぐ。
……綺麗だな。
父の畑に、屈折した光が幾筋も差し込んでいく。
作物を育てる太陽の恵み。
命の輝き。
天から生命力が注ぎ込まれていくかのようなその光景は、まるで姉という人間の心根を映し出しているかのように美しい。
龍たちは縦横無尽に我が家の畑を飛び回った後、姉の掌の上に帰り、水の球体へと戻る。
魔術の発動と制御。
その全てを自然体で行える、姉の超絶技巧。
物心ついた頃から、魔術で遊んできたからこそ身に付いた技術だ。
水の形状変化と軌道操作をあっさりできるのは、彼女の想像力の強さに由来するのだろう。
……確かに。
これほどの複雑な制御を悠然とできている姉が、隣り合っているとはいえ、魔術によるただの水撒きとその水の制御をミスするとはとても思えない。
仮に制御を誤ったとしても、誤って撒いた水すら姉は制御できるのだ。
蒸発させたり、消したりするのもお手の物のはず。
……そうなると、原因はもっと他にあるのか?
人為的なミスではなく、何か別の要因が。
更に深くヴァイを視る。
……うん? これは――
「ねーさん、ヴァイの
自身の気付きを口に出す。
3枚の畑に根付いている多数のヴァイ。
確かに全てが魔力によって輝いているのだが、その輝きの度合いもまた、畑ごとに異なっている。
輝きの最も濃いヴァイの畑。
中間のヴァイの畑。
薄いヴァイの畑。
3区画の畑のヴァイは、図った様に魔力の濃淡が分かれていた。
「ルンちゃんはきっちり見てるね!
そうなの。魔力が違うの。
一番薄いヴァイの畑だけは、普通の水をあげて、他は水の魔術で水をあげてたの」
……なるほど。
その結果、ヴァイの成長度合いが、畑ごとに揃ったと。
……となると、成長度合いの差はやっぱり、与えた魔力の差で生まれたのか?
その疑問を持ちながら、ヴァイを見ることで、ようやくあることに気付く。
「ねーさん、なぜだ」
「うん? 何のこと? ルンちゃん」
「
そう。
最も魔力の濃いヴァイ。
それが最も短い――成長していないヴァイなのだ。
「ルンちゃん、よく気付いたね! さすが私の可愛い弟!」
「ふふふ、それほどでもない」
足元をふらつかせながらも、胸を張る。
「それで、どうして?」
「ううん……それは私にもわからないの」
姉は残念そうに続ける。
「魔力が成長の邪魔をするのかなとも思ったんだけど。
でも、1番成長してるのは、
姉の言葉通り、最も大きく成長したヴァイは、魔力の濃さが2番目に濃いヴァイ。
魔力の薄い――普通の水を撒いたヴァイの大きさはそれより短く、父の育てた通常のヴァイよりも少し育っている程度だ。
「となると、
「なるほど……」
……姉さんの考えは、正しい気がする。
ヴァイが大きく成長するために必要な魔力量。
それがある量で定まっているのなら、魔力の濃いヴァイの長さが短いのも説明がつく。
魔力の過剰摂取。
肥料やけならぬ魔力やけとでも言えばいいのだろうか。
必要以上の魔力を吸収したことで、生育が止まったのだろう。
ただ――
「ねーさん」
「何? ルンちゃん」
「そもそも、みじかいヴァイって、しっぱいなのか?」
通常のヴァイよりもずっと短いヴァイ。
しかし纏う魔力の輝きは、他2つと比べて段違いだ。
……このヴァイがただの失敗だとは、どうしても思えない。
「お父さんの畑だと、短くて弱いヴァイは大体もう間引いちゃってるけど――」
姉はちらりと魔力の濃いヴァイを見て、
「確かに、このヴァイが失敗かはわからないよね! 普通のものとは違うわけだし!」
姉は笑顔を浮かべる。
その瞳は、好奇心に輝く黒い宝石。
姉の魔術や魔力は確かにすごいが、その好奇心こそが、彼女の最も優れた力なのかもしれない。
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