3歳

第11話 姉の実験。

「うーん」


 我が家の畑の隅に、佇む影が1つあった。

 風に髪の毛がふわりと靡き、茶色の髪が陽光に照らされ輝く。

 質素なスカート姿から伸びる、日に焼けた細い手脚。


 少女の名はクーグルン。

 転生した俺の姉である。


 考え込む様に腕組みをしている姿は、本人からすれば真剣なのだろうが、傍から見ると、とても愛らしい。


「むーん」 

 

 姉は仁王立ちの構えで、ずっと唸っている。


 ……何をしてるんだろう?


 赤ん坊として生まれ変わって早3年・・

 未だに姉の生態は、掴み切れていない。


 畑の中へ入り、彼女の足元までよちよち歩く。


 ようやく安定して移動できるようになってきたが、それでもまだまだおぼつかない。


 やっとのことで辿り着いて、姉を見上げる。


 母によく似た黒の瞳は、いつもの爛漫な笑顔が嘘のように、理知的な色を帯びている。


「どうした? ねーさん」


 流暢に発音するのは、まだ難しい。

 自身の回らない口に、多少の羞恥はあったが、それよりも姉が何を考え込んでいるのかが気になる。


「ああ、ルンちゃん! よく歩けたねえ! 大丈夫だった?」


 先程までの真剣な表情が打って変わって、華やかな笑顔を姉は浮かべる。

 ここ数年の少女の成長を感じさせる、可憐な笑顔だ。


「だいじょうぶ。おれも、もうおとな」


「そうねえ。ルンちゃんも大きくなったねえ」


 そう言って姉は、俺の頭を撫でる。


 土と草の匂い。

 働き者の香りだ。


「それで、ねーさん。なにしてる?」


「えっとね――私の・・作物を見てたの」


 姉が見ていたのは、小さい畑。

 畳数枚分ほどの面積の、小さな畑だ。


 畑は三枚の区画に分けられ、各区画には成長した作物が並んでいる、


「成長の違いが面白くて」


「うん? せいちょうのちがい?」


 そこで姉が・・育てているのは、前世でいうところの麦に少しだけ似た作物。

「ヴァイ」と呼ばれている作物だ。


 畑の作物に目を遣ると、一見3枚の畑のヴァイは、見事な成長を遂げているように見える。


 しかし――


 ……本当だ、全然違うな。


 姉の言う通り、ヴァイは区画ごとに成長の度合いが、大きく異なっていた。


 1枚目の畑のヴァイは、父が育てているヴァイとほぼ同じ……否。

 少しだけ大きいだろうか。


 青々としていて、とても元気そうだが、良くも悪くも見慣れたヴァイである。


 2枚目の畑のヴァイは、先程1枚目のヴァイよりも二回りは大きい。

 ヴァイ自体の長さもさることながら、かんの太さもより太く、よく育っている。


 そして最後の1枚で育つヴァイは、父のヴァイと比べてもずっと小さい。


 ……最後のヴァイは、出荷にも足りない長さのように見えるが――妙に気になる。


「ああ……そうか。

 ねーさんがい・・・・・・ましている・・・・・のは、ヴァイのせいちょうと、まりょくのかんけいせいについてのじっけんだものな。

 おれも、ちゃんとさんかしたかった……」


 俺の不満顔に、姉は苦笑いを浮かべる。


「仕方ないでしょう?

 お父さんの言いたいこともわかるし」


 父ツーリンダーは1年程前、姉に農地の一部を与え、


「クーグルン、自由好きににしていいぞ」


 と告げたのだった……俺に手出しを禁じて。


 おそらく父としては、遊び場にしたり、姉自身で管理することで責任感を持って欲しいとか、そんな狙いがあったのだと思われるが――


「じゃあ、私、やってみたいことがあるの」


 そう言って姉がその場で始めたのは、魔術の練習だった。

 既に家では、姉の魔術――魔力を解放するには狭かったからだ。


 こうして姉は、魔術を外で扱うようになっていったのだが――


 ……ホント何があったのか。


 いつの間にか姉は魔術の練習だけでなく、魔術で作物を育てる・・・・・・・・・ようになっていた・・・・・・・


「それで……なにがきになる?」


「うーん、いくつかあるんだけど――」


 姉は少し考える仕草をすると、


「ルンちゃん、どのヴァイをどんな風に育てたか知ってる?」 


「ううん、しらない」


 正直に、首を横に振る。

 姉の実験場所敷地には手を出さないようにという、父のお達しをちゃんと守っていたからだ。


 ……おかげでこんな楽しそうな実験に、口しか・・・出せなかったわけだが。


 意外な所でちゃんと親をしている父が、少し恨めしい。


「じゃあ、ちょうどいいかな。

 ルンちゃん、この三つの畑……って規模じゃないけど、畑の中で水魔術で水やり・・・・・・・をしたのはどの畑でしょう?」


 元気のいいハキハキとした物言いで、姉はクイズの様に告げる。


 水魔術での水撒きによる、ヴァイの成長度合いの比較。

 それが姉の現在行っている実験である。


 おそらく比較検討するために、普通の水と魔術の水とで、育てたヴァイを区画ごとに分けているのだろう。


 しかし――


「ねーさん、それをみぬけばいいのか? かんたんだぞ?」


 ……甘く見てもらっては困る。

 

 そんなのは問題にすらなっていない。


「えー? 何でー?」


 理由は単純だ。


 ……魔術で水やりをしているのなら、魔力――白光の痕跡が残っている。


 通常の水の中に、魔力の輝きは見えない。

 それに対して、水の魔術で生み出した水は、魔力によって淡い白色に輝いて見えるのだ。


 春過ぎに種まきをして、今は夏真っ盛り。

 作物への水やりは最低でも、週1回以上はしたはず。


 その頻度で撒いたのなら、確実に――間違いなくわかる。


 魔力を見れば・・・・・・いいだけなのだから・・・・・・・・・


 育ったヴァイを見る。

 初めて白光魔力を見た時と、同じ視界が広がっていく。

 赤ん坊の時には集中しなければ見られなかったこの光景も、今では見慣れたものだ。


 ……これで魔力を帯びたヴァイが見えるはずだが――


「えっ⁉」


 目を疑う光景に、思わず声が漏れる。


「ほら、難しいでしょう?」


 姉のどうだと言わんばかりの笑顔は、少し鼻につくが――確かに悩む。


 姉は優秀だ。


 その姉が魔力を見るなんて、初歩の判別方法を思いついていないはずがなかった。


 すなわちそれは――魔力を見た上で、何か悩むような現象が起きたということ。


 ……その現象がこれ・・か。


「ねーさん、どうしてすべてのヴァイが、まりょくをおびてるんだ?」

 

 区分けされたはずのヴァイ。

 その全て・・が、魔力の光で輝いていることが、姉――クーグルンの悩みの種の様だ。

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