第10話 心からの望み。
「ルンちゃん、あーそーぼ!」
そう言って俺の元へとやって来たのは、姉ことクーグルン。
茶色の柔らかな髪に、屈託のない笑顔の持ち主だ。
将来何人がこの姉に泣かされることになるのか、楽しみでもあり怖くもある少女である。
姉からの
走り回ったりすることはできない。
代わりに姉とする遊びは、決まっている。
「まじゅちゅ?」
俺の活舌の悪い問いに、
「やーん、もうルンちゃんったらさいこう! かわいい!」
返事ではなく賞賛を返される。
全く下心のない、明け透けな好意。
嬉しくはあるのだが――
……可愛いと言われるのは、少し複雑だ。
寝床から姉を見つめる。
「おれ、かわいい?」
「ええ! げきかわよ!」
姉は胸を張って断言するが、
「……もしかして、いやだった?」
すぐに俺の気持ちを確認する。
どうやら複雑な心境を、表情から察したらしい。
……よくわかったな。
ようやくこちらの言葉を少しずつ理解できるようになってきたわけだが、同時に姉に心を読まれることが増えてきた気がする。
……表情と口調から何かを読み取っているのだろうか?
少女の言葉を「ううん」と否定して、
「うれしい。ありがとう」
俺のこの言葉で、あっさりと姉は笑顔を取り戻した。
「よかった! それじゃあ、いっしょにあそぼう!」
多少複雑な気分など、姉の笑顔に比べればなんのそのだ。
「じゃあ、やるよ! まじゅつ!」
そう言うや否や、姉は炎の鳥を生み出す。
以前姉の肩を燃やしそうになった鳥。
俺としては、少しトラウマものの魔術なのだが、その軌道は以前よりもずっと複雑で維持する時間も長い。
更にその炎の鳥は、尾を引くことも、種火を残すこともなくなっている。
完璧な炎の制御。
「もおー。ルンちゃんたら、しんぱいしなくていいのに」
「しかたない。しんぱいだから」
そういう姉の周囲には、
……水の魔術――
姉の肩の火を消したあの日をきっかけに、俺は水の魔術も使えるようになっていた。
新たに手に入れた水の魔術。
火の魔術と勝手は違うが、決して扱いが難しいものではない。
大切なのは、どんな魔術であろうと向き合う心持ちだ。
その理解を
……魔術を扱うには、精神的な要因――心の在り方が大切なのだ。
誰かに教わったわけではないが、魔術の基本なのだとも思う。
姉を守りたい。
その一心で、発動した水の魔術。
出力や規模といった難しいことは、何も考えていなかった。
おそらくあれが、真に魔術――あるいは魔力――に目覚める切っ掛けなのだろう。
自身の心からの望み。
それを叶えようと本気で手を伸ばすこと。
それが土台となって初めて、自身の中にある白光――魔力を自在に操れるようになる。
姉が火の魔術に目覚めたのも、おそらく何かしらの切っ掛けがあったはずだ。
そして、真に魔力に目覚めてしまえば、後は本人次第。
起こしたい現象への理解。
その現象が起こせる――可能であると
そして魔力。
この要素によって、魔術を発動することができるのだ。
その証拠に――
「じゃあ、
「よいしょ」っと、姉の周囲を更に
尾を引く細長い水が、姉の周囲をくるくると回るその様は、まるで空を飛ぶ青い龍。
俺の水の魔術を見て以来――
その姉の姿こそが、俺の考察の確信を深めている。
少女は自然にそう考えて、本当に水の魔術を扱えるようになってしまっている。
どうやら俺が
……正直、納得がいかない。
特に、俺が初めて水の魔術を使用して、3日ほど意識を失ったのに対して、姉には一切のダメージも無かったことが。
……まあ、姉が体調を崩さなかったこと自体は良かったけども。
更に魔術への考察は進む。
俺の考えた理屈が正しいとすると、姉と俺はこのままいけば――
……火と水以外の魔術も、扱えるようになるに違いない。
あくまで予想だ。
しかし、ほんのりと確信してもいる。
つまり「現象への理解」が、ある程度あるということだ。
それはすなわち、魔術として習得しやすいということ。
そして姉は、
その上彼女は、俺にはない奔放な想像力を持つ。
実際に今だって少女は、
「とぶー」
などと言いながら、水の龍を縦横無尽に飛ばしている。
俺が使用したわけでもないのに、勝手に新しい水の動かし方を考え、実践しているのだ。
子どもの想像力。
子どもの世界を舐めてはいけない。
きっと彼女たちは何にでもなれるし、何もかもできる可能性に溢れているのだろう。
自身の転生した理由と手段を知ること。
そして何よりも、今の家族を守ること。
この魔術という力を姉と共に研究していけば、俺の2つの望みは叶うはずだ。
そのためにも今は――
「ねーさん、くらえ!」
「うわあ! つめたいよ! ルンちゃん!」
姉と魔術での遊びに興じる。
きっとこれが、未来に繋がることを信じながら。
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