第8話 白光の可能性。

『ルンちゃん、みてて!』


 鈴のような声が響くと共に、茶色の柔らかい髪がふわりと揺れる。

 少女の胸元に灯る白光の輝きが増したかと思うと、指先程の大きさの種火が宙を舞い、螺旋を描く。


『どう? きれい?』


 目の前の少女から、この力の扱い方を教わって数日。

 少女も俺も日進月歩で、白光の扱いが成長している。


 種火の行進。

 その火に照らされる少女の姿は、とても幻想的で――


 ……とても綺麗だ。


 そんな俺の心情を、少女はどうやって汲み取ったのか、


『ふふふ! おねえちゃん、すごいでしょ』


 自慢げな様子である。


 ……姉かあ。


 前世ではいなかった存在。

 初めての関係性に、どうしたらいいのか分からないもどかしさもあるが……悪くない。


 そんな少女こと姉の周囲を、火の玉が縦横無尽に駆け回る。


 ……彼女の真似ができるだろうか?


 自身の力を小分けに、種火を生成する。


 しかし、彼女の様にはいかない。

 数も、質も、動きも。

 全てにおいて、少女の方が勝っている。


 ……悔しい。


 この力は彼女から教わったものとはいえ……悔しいものは悔しい。


『おかあさん! みてみて! ルンちゃんとわたし、すごいでしょ!』


 姉と俺の火の輪舞が、室内を彩る。


『そうね! クーちゃんもルンちゃんも二人共すごいわね』


 こちらに近づく足音が聞こえたかと思うと、姉と共に黒髪の女性が視界に入った。


 茶と黒。

 髪色は違えども、優しそうに微笑む女性と姉は瓜二つだ。


 姉の母――つまりは俺の母でもある女性だ。


『二人とも本当にすごいわ。でもね――』


 母は何か言って、俺を抱き上げると、


『二人がもし魔術を使えなくても、愛しているわ』


 姉も一緒に抱きしめる。


 柔らかな香り。

 温かい感触。


 ……どうしてだろう。


 悲しいわけでもないのに、涙が溢れてくるのは。

 嬉しくて、愛しくて……懐かしい。

 遥か彼方のひと時。




 そんな姉と一緒に火の球で遊ぶのにも慣れ始めた、ある日のこと。


『うーん』


 母の料理中に、姉が何故か唸っている。

 小さい子どもが腕組みをして考え込んでいる姿は、どこか微笑ましい。


 ……それにしても姉さんは、一体何を考えているのだろう。


 この世界に生まれてずっと姉といるわけだが、彼女の考えは未だ読み切れない。


 幼い子どもだからなのか、姉が特別なのか。

 姉以外の子どもには会ったことがないので、わからなかった。


『あっ!』


 姉は何かを思いついたかのように、力を練り始める。


 表情は真剣そのもの。

 つぶらな瞳は堅く閉じられ、白光の制御に集中していることがわかる。


 ……長いな。


 初めて俺が火を出した時も、時間がかかった。


 自身の白光の把握。

 その分離。

 掌までの移動。

 火へと変換。

 放出。


 姉の助力と5つの過程。

 それが揃って、ようやく火の玉を生み出すことができたのだ。


 姉も同様の過程を経て炎を生み出しているのだろうが、俺よりも生成速度はずっと早い。


 その姉が、長い時間をかけている。


 ……火に相当複雑な動きを、させようとしてるのか?


 集中する姉の胸元に灯る白光は、いつも以上の輝きを放ち続けている。


 姉を観察しながら、自身も力を分ける。

 白光の扱いはもうお手の物。朝飯前だ。


 後は炎として放つだけだが、


『むむむむむ』


 自身の力を留めながら、自然と姉に意識が向く。


 ……恐ろしい集中力。


 姉の輝きが更に練られ、光の強さが増していく。


 これまでとは比較にならない白光の輝き。


 ……本当に何をする気なのだろうか。


 多大な好奇と少しの恐怖に、姉から目が離せない。


『きた!』


 姉の目がかっと開き、掌から白光が解放される。


 ……これは――


 姉から放出されたのは火。

 しかし、ただの火ではない。


 ……火の――鳥?


 火が鳥の形・・・・・を模っている・・・・・・


 燕のような鳥だ。

 鋭い嘴に、流線形の翼。

 燃える赤色でなければ、本当に生きているかのように思えるほど精緻な鳥である。


『やったあ! とんで!』


 姉は握り拳を突き上げる。

 歓喜に満ちた、やり遂げたという表情。


 生み出された鳥は部屋の中を滑翔し、数周回る。


 鳥は燃える尾を引いて飛び回り、最後には姿を消す。

 その残り火は室内に漂い、鳥の軌跡が宙に赤く刻まれていた。


『できたー! わーい!』


 諸手を挙げて喜ぶ姉の姿は、とても子どもらしい。


 しかし、こちらの心境としては複雑だ。


 ……俺にこれができるだろうか?


 以前の世界に、燃える鳥なんていなかった。

 火の鳥は、あくまで幻想上の生物で、存在するなんて考えたこともない。


 しかし、姉はそれを当然の様に創り出す。


 想像の柔軟性。

 不可能なんてないと言わんばかりに、この力は姉の望むものを再現する。


 ひょっとすると、俺が考え過ぎているだけで、案外自由な力なのかもしれない。 


 ふと、残り火の1つが姉へと落ちてくる。


「っ⁉」


 それは小さい種火ではあるが、火をつけるには十分な大きさだ。

 危険な赤色が、姉の肩に落ちる。


 ……危ない! 肩を見て! 肩!


『うん? ルンちゃん、どうしたの?』


 叫びは伝わらない。


 赤ん坊かつ言葉も伝わらないことがもどかしい。

 大袈裟にもがく。


 まだ……姉は気付いていない。 


『うん? クーちゃん、ルンちゃんがどうかした?』


『なんか、たのしそう!』


 遠くから聞こえる母の声色から察するに、彼女も気付いていない様子だ。


 しかし火は、姉の肩の上で確実に燃え上がり始めていた。


 ……させない。


 彼女は俺の姉であり、先生でもあり――大切な人だ。


 絶対に……傷つけさせない!


 待機させていた力を練る。


 ……一刻も早く、あの火を消す!


 炎を消すのなら――水!


 想像イメージするのは熱を奪い、酸素を遮断する水!


 火の鳥を想像するよりは、ずっと簡単なはずだ。

 姉の想像を再現するのと比べれば、ずっと容易いはずだ。


 俺に優しくしてくれる姉。

 いつも太陽のように眩い姉。


 そんな姉を……傷つけさせてなるものか!


 ……変われ、変われ、変われ、変われ、変われえぇぇぇぇ!


 白光が変換される。

 いつも感じる熱は鳴りを潜め、代わりに掌から感じるのは冷たさ。


 生成されたのは水の球。

 海の様に深い青の球体。


 ……行け! 姉を傷つけようとしているあの炎を消してくれ!


 生成された玉は青の水流となり、姉の肩の火を捉える。


 ……よし!


 傷つく姉を見ずに済んだという事実に、ほっと胸をなでおろす。


 そんな俺の掌の先には、びしょ濡れの姉。


 彼女はきょとんと俺を見つめたかと思うと、お姉さんぶった顔で笑い始める。


『もう、ルンちゃんったらー。

 おかあさん、ルンちゃんおもらしした!』


『あら、そうなの……ってクーちゃん⁉

 どうしてびしょびしょなの⁉』


『ルンちゃんのおもらしが――』 


 ……何か不名誉なことを、言われている気がするが――


 そう考えたところで、強い眠気が俺を襲う。


 ……あれ? 意識が――


 こうして俺は、母と姉のやり取りを聞きながら、意識を失ったのであった。 

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