第7話 異世界ですべきこと。

 ……懐かしい。


 自身の白光を分ける。

 体の中を移動させる。

 炎へと変換する。


 新しいことに挑戦して、できるようになった達成感。

 1度の成功では終わらせず、次もできるようにと何度も反復し、自身の身体に馴染ませていく感覚。


 自身の可能性が広がっていくのは、とても心地良い。


『クーちゃん、いつから魔術を使えるようになったの?』


『まじゅつ? これのこと? うーん――』


 子どもの時以来かもしれない。

 何もかもが新鮮で、楽しかった昔。


 あらゆることに挑戦しては失敗して。


 ……悔しくて仕方なくて。


 できるようになるまで、幾度も挑戦していたあの頃。


 ……何故忘れていたのだろう。


 世界が輝いて見えて、自分は何にでもなれると信じていたのに。


 ……いつからだろうか。

 

 いつから俺は――全てをつまらなく感じるようになったのだろうか。

 いつから俺は――何もかも諦めるようになったのだろうか。


『このまえのさむいひ!』


『それってもしかして――ルンちゃんが生まれた日?』


『そうそう!』


 女性と娘のやり取りを背に、思考は深度を深めていく。


 就職してからか?

 学生時代からか?

 それとも……幼少期からそうだったのか?


 思い出せない。


 決して不幸な人生ではなかったはずなのだ。

 俺が生きていた日本には表立った争いなんてのはなくて、ただ生きていくことはできて。


 そうやって死んでいくのだと思っていたのだ。


 ……でも、幸せだったのか?


 不幸ではないこと。

 それが幸せだとは、もう断言できない。


 この世界に来て、この家族と過ごし始めて、そう思うようになった――なってしまった。


 転生前の世界。

 両親も既に居らず、自身が何のために生きているのかもわからず。

 偶々最後に少しの善行をして、死んでしまった世界。


 もしもあそこに帰ることができるのだとして。


 ……俺は前世あの世界に帰りたいのか?


 否だ。

 心残りもない。


 強いて言うなら、会社の同僚たちにかけた迷惑と、助けたつもりの高校生がどうなったか気になるくらいで。


 特別親しい者がいたわけでもない。

 虚しいほどに、ただ生きているだけの人生だったのだ。




 自身の生み出した炎と、その先にいる母娘二人を見る。 


 あの人生とこの人生は……比べるべくもない。


 寝床はチクチクするし、不便なことは多々あるかもしれない。


 それでも、ここにいない男性も合わせて、幸せそうな笑顔を見ていたら――


『うん! おかあさん、さむそうだったから!

 だから、あったかくなったらいいなあって!』


 娘は自身の炎を、女性に捧げるように見せる。


『クーちゃん……私のために』


 女性の瞳が揺れるのは、炎の揺らぎのせいか、少女の思いやりのせいか。

 彼女は、愛しい娘を抱きしめる。


『おかあさん、あったかあい!』


 両者の心を映し出すかのように、炎は大きく燃え上がる。


『ちなみにクーちゃん、これは安全なの?』


『だいじょうぶー。わたし、まじゅつじょうずだから!』


『そう? 結構この魔術、危ない気がするんだけど……』


 ……そして――


 娘の生み出した炎に意識を向ける。


 俺の転生の謎を明らかにしたい。


 転生した手段と理由。


 理由はともかく――手段はきっと、この力と関わりがあるはずだ。


 ……この力を手に入れて、俺は転生の謎を明らかにする。


 そして――


 俺の生み出した炎が揺れる。


 ……明らかにして、俺はどうするんだ?


 以前の世界に戻る気も、必要もない。

 だとすれば俺はここで、何をすべきなのだろうか?


『おかあさん、わたしだけじゃないよ! ほら! ルンちゃんも!』


『いや、さすがにそんな――ってえぇぇぇぇ⁉

 ルンちゃん⁉ 火傷してない⁉ 大丈夫なの⁉』


 俺に駆け寄る女性と娘。

 温かい家族――幸せな家族。


『悪い、ちょっと忘れもんを……ってどうしたゾーレ?』


『貴方! クーちゃんとルンちゃんが!』


『何だ、クーグルンとルングがどうした――待て、クーグルン!

 何だそのでかい火は⁉』


『わたしのまじゅつ!』


 そんな人たちの元に、生まれたからこそ思うのだろうか。


 ……良いのかもしれないと。


 何をすべきかなんて探せなくても、良いのかもしれない。



『よーし、クーグルンさん。一旦それは仕舞おうか。

 危ないから……落ち着いて、ゆっくりな』 


『ええー。でも、ルンちゃんもやってるよ?』


『何だと⁉ ルング、お前も大丈夫なのか⁉』


 俺を見つめる三人の笑顔。


 この世界で新しく何かを始めても――良いのかもしれない。


 或いは新しい家族と一緒に、幸せを探してみても――良いのかもしれない。


 折角生まれ変わったのだから。

 俺自身の意志で、生まれ変わった意味を見出しても――良いのかもしれない。

 

 

 そして


 幸せな三人の中に、俺も加わるような未来があっても――良いのかもしれない。


 なんとなくそう思えたのだ。

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