第6話 輝く白光を魂だとすると。

『ルンちゃん、これ・・すきなの?』


 娘は自身の火の玉を、ゆらゆらと俺の上で浮遊させる。


 ……何だこれ?


 わからない・・・・・のにわかる・・・・・


 不思議な感覚――前世では味わったことのない感覚だ。


 少女の中に存在する白の輝き。

 それが彼女の意志によって、別の力――火の玉――へと変換され、顕現している。


『ほら、ルンちゃん、みて!』


 火の玉を少女は一瞬で消すと、彼女の光が新たに分かたれる。


 先程よりも小さな白光。

 ただし今度は、その数が多い。


 ……次は何を?


 少女の中の白光が、彼女の指先へと移動したかと思うと、


 ぽっ


 少女の各指から、小型の火球が生成される。


『すごいでしょ! あたたかいでしょ!』


 指先から顕現した十の火球は、宙を舞い、俺の頭上で円を描く。


 可憐な少女を彩る様に、炎はぼんやりと彼女を照らしている。


 温かく、柔らかい火。

 少女の心を表すような、優しい色合いの火だ。


 ……これは一体――


 前世にはなかった力。

 初めて見る技術。


 しかし最も気になったのは、少女の白光胸元・・に存在するということだ。


 胸元にあるものといえば、心臓あるいは心。

 心臓は生物として生きるために必要で、心は人として生きるために重要なものだ。

 どちらも欠けてはならないもの。


 そして心に関しては、こう定義することも可能なのではないか。

 

 心は魂である・・・・・・と。


 少女の中にある白光。

 それがもし魂のような存在だとするならば、彼女は魂を制御して・・・・・・いることになる・・・・・・・のではないか・・・・・・


 白光の移動に制御、変換。


 彼女の操る火が、そうやって魂を操ることで生まれたというのなら。


 ……存在するのかもしれない。


 自身だけでなく、他者の魂を操・・・・・・作できる存在が・・・・・・・


 ……まあ、流石に。

 

 火球を自慢げに見せつけてくるこの少女が……ということはないだろうが。


 他者の魂を制御できるような存在がいるとすれば、俺の転生手段について説明がつく。

 

 前世で死んだ俺の魂を制御して、この世界へと移動させる。


 そしてその魂を新たな命として変換できたのなら、転生を人為的に起こすことも可能なのかもしれない。


 あくまで仮説で、それ以上の事は残念ながら見当がつかないが。


 でも、少女の起こしているこの現象は、転生についての手がかりになる気がする。



 彼女の胸元にある白光は、火に変換されたことで少し減ったかと思うと、すぐさま元の輝きを取り戻す。


 心――魂の光。

 命の輝きとも言えるのかもしれない。


 でも仮に、そうでなかったとしても。


 ……いつまでも、彼女の温かい光を見ていたい。


 そう思ってしまう、不思議な輝きである。


 そんな事を思って、ふとある考えに至る。


 ……この輝きが、魂そのものなのだとすれば――


 少なくとも生物は皆、持っているのかもしれない。


 生きとし生ける全てのものが、この美しい輝きを。


 ……であれば―― 


 少女の命の輝きから、視線を下げる・・・・・・


 眩いばかりの白光。


 それは確かに――俺の中にも存・・・・・・在している・・・・・。 


 ……ひょっとして、できるのか?


 俺にも、彼女と同じことが……できるのだろうか。


 自身の白光を意識する。

 しかし、それから何をすればいいのか分からない。


 少女よりも小さい、けれど確かに同質の輝きがここにもあるのに。


 ……動け! 動け!


 願っても、白光は胸の中心から動かない。


 ……彼女は何をしていた?


 思い出せ。


 少女は最初に小さく白光を切り離し、それを移動させていた。

 

 ……だが、どうやって?


 分からない。


 必死に考え続ける俺を、


『ルンちゃんもやってみたいの?』


 少女は見て――視ていた。


 何を言っているのかは、相変わらず分からない。


 けれど少女は、俺の考えを理解しているかのように、俺の胸元に手を当てる。


『ここ、どっくんするでしょ? それでうごくんだよ!』


 ……心臓と血。


 言葉は伝わらずとも、少女の言いたいことがなんとなくわかる。


 全身を流れる血液。


 心臓にある血液を輝きの中心と捉えて、体中に張り巡らされた血管へと循環するイメージ。


 ……本当にできるのか?


 いや、できる。

 俺は知っている。

 流れゆく血の温かさ・・・・・・・・・を、俺は知っている。


 逸る自身の鼓動。

 その音に合わせて、白光が流れていくイメージ。


 ……できた!


 僅かだが胸の白光が分かれて、小さい輝きが体内を動き始める。


『そうだよ! ルンちゃんがんばれ!』


 少女の声を背に、移動する白光。


 胸から肩へ。

 肩から腕へ。


 最後に掌へと至る。


 想像するのは火。

 酸素を取り込み、ものを燃やす火。


 少女が俺に見せてくれたものだ。


 イメージが魂の輝きと結びつく。

 掌へと移動した白光が、少女のものとよく似た火へと変換されていく。


 ぽっ


 ……やった!


 現れたのは、小さい火だ。

 弱々しく揺れる球体。

 風が吹けば、今にも消えてしまいそうな程、か細い火だ。


 けれどそれは確かに――俺の成した火の玉。


 自身の小さい胸に満ちる、達成感と喜び。


 ……久しぶりだな。こんな気持ちは。


 自身の力で何かを成し遂げる感覚。

 その喜びに、身体が震える。


『わあぁぁぁぁぁ! きれい!』


 少女のあげた歓声によって、俺の火の玉がゆらりと消える。


『おかあさん! ルンちゃんすごいよ!』


 少女の輝くような笑顔が、俺へと向けられていた。


『すごいすごい!』


 細く小さな手に、頭を撫でられる。

 少女の黒色の瞳にあるのは、純粋な驚きと愛しさ。


 切なくなる程の無償の愛だ。


『えっ⁉ クーちゃん、何がすごいの?』 


 近寄る母親の足音に対して、


『これとおんなじことできるの!』


 少女が再び炎を生み出す。


 パチパチと燃える彼女の炎。


 そして、


『ええぇぇぇっ⁉ クーちゃん! それって……魔術・・じゃないの⁉

 何で⁉ いつからできたの⁉』


 そんな少女に向けられる母親の驚愕の声が、なぜだか耳に残ったのであった。

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