誕生前
第2話 暗闇に差す光。
「はっ⁉」
失われていた意識が覚醒する。
「なんだ……ここ」
……俺は今、どこにいるんだ?
分からない。
夢なのか、現実なのか。
それどころか、目を開けているのか閉じているのかすらも。
今、俺が理解しているのは、自身が闇の中にいることだけだ。
先程までいた、冬の帰り道の夜が生温く感じる程の闇。
暗黒と言っても良い場所に、自身の身は置かれている。
もがくように、手足を動かす。
「何だ……これ」
動かした手足は、すぐに柔らかい壁のようなものにぶつかった。
見えないせいで把握しきれていないが、どうやら狭い場所に閉じ込められているようだ。
……どうして俺はこんな所にいるんだ?
見えない不安と、思った様に動けないことによる閉塞感。
まるで深海に潜っているかのように、静かで暗い世界。
……落ち着け。思い出せ。
「俺は確か……車に轢かれたはず」
自身の記憶を手繰る。
……うん、それは間違いない。
骨の折れる鈍い音。
口の中に広がる、鉄さび臭い血の味。
紅く染まる視界。
自身から漏れゆく熱さ。
あの生々しい感覚を、明確に思い出せる。
痛みも、血も、汗も。
全部確かに思い出せるのに――
「どうして痛くないんだ?」
あの時確かにあった死の感覚が、全く感じられない。
身体は過不足なく動く。
ただ、暗闇で見えないだけ。
壁に阻まれているだけで。
……もしかして、これが死ぬってことなのか?
全てが初めての経験故に、全てのことが分からない。
……それとも生きている可能性もあるのか?
全てを呑み込むような闇は、あくまで夢の中で。
……実際の俺は、病院のベッドの上にいるとか?
暗黒の中で、思考だけが回り続ける。
……仮に。
万が一ここが死後の世界ってやつだと仮定して、これから俺はどうなるのだろう。
三途の川を渡ることになるのだろうか?
6文銭って、現代だといくらだ?
……そもそも、今、俺はお金を持っているのか?
せめて、電子マネーかカード払いが出来たらいいなどと、場違いなことを考える。
今後は閻魔様に会って、評価してもらってどこかに行くことになるのだろうか?
幸い、賽の河原で石積みはせずに済むはずだが。
……そもそも、天国や地獄はあるのだろうか。
何も見えない漆黒の世界。
この暗闇の中で、俺の気が狂う可能性だってある。
如何せん、ここにどれだけいることになるのかすら分からないのだ。
自我が消え去り、無になるまでここにいることになるのかもしれない。
……そうだとしたら、ここが既に地獄の可能性だってあるわけだし。
考え始めればきりがない。
だって初めての経験なのだから。
まあ、でも――
……どれでもいいか。
思わず笑みが浮かんで、笑うこと自体が久しぶりだとまた笑う。
何もない人生だった。
どうして生まれたのかもわからず、ただ何となく息苦しくて。
無為な日常の中で、無性に泣きたくなる日があって。
そんな人生の最期に、人を助けられたのかもしれないのだから。
真夜中の
気落ちした様子の、少女の後姿。
性格どころか、顔や声すら知らないが。
少なくとも、俺よりは未来のある子どもだろう。
余計なお世話だったかもしれない。
手を出すべきではなかったかもしれない。
それでも価値のない俺が、最後にその未来を守れたかもしれないのだから、後悔なんてない。
何も持っていなかった人生だけど、最期の最期で誰かの役に少しでも立てたのであれば、それだけでも良かったと思うのだ。
「あっ?」
思わず声を上げる。
暗闇の世界に、変化が訪れる。
闇の中に、一筋の光が差していた。
仄かに輝くオレンジ色。
決して強い光ではない。
冬の日差しのような、柔らかい輝き。
でも、暗闇に慣れてしまった俺からすれば、眩し過ぎるほどの光だ。
「
俺の質問に、やはり答えるものは誰もいない。
光の正体もわからず、無為に時間が過ぎようとしている。
……でも、なんとなくだが。
そこに行け!
進め!
そう言われてるようで。
……まあ、いいか。
どうせ何をしていいのかもわからないのだ。
それなら、あの光が何か確認するのも悪くない。
心が決まる。
自身が、生死もわからない中で、光に向かって進もうとした刹那――
「ええっ⁉」
強い力によって身体が引っ張られる。
抗えない。
俺の身体はそのまま光へと吸い寄せられていき――
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
新しい命として、世界に誕生することになったのだった。
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