4時間目 体育・課外授業 前
「へっへっへ……俺にも運が回ってきたな」
タウカン少尉は逸る気持ちが抑えられないと、騎馬の尻を叩くリズムが早まる。
「おい、お前たち! 分かってるな!」
蹄が地面を打つ音に負けまいと、タウカンは声を張り上げる。やや掠れ気味の彼の声に、三人の部下たちが顔を向ける。
「お前らは手配書の小娘を捕らえろ。なぁに、ミラーロ様を倒したとはいえ、所詮は前時代のお飾りよ。ましてあの方は邪神官に堕ちたイルサリアの後釜に運よく嵌っただけの方……俺たち新王国軍の兵士はかつての勇者様に鍛えられた軍人ばかりだ。魔王にビビってただけの連中とは違う」
まぁ、それでも邪神官たちが復活したらビビるだろうけどな――。心の内に残るかつての恐怖心をタウカンは部下に悟られまいと前を向いた。
「俺はその間にルミナーラを捕らえる! これで俺は大尉昇格間違いなしだ! お前らの昇格も待ったなしだぜ!」
まるで勝鬨のごとく部下たちが吠えた。
それにしてもルインズ地区に隠れてるとはな。
夜明け前には発ち、休む間もなくルインズ地区と呼ばれる廃村へと向かったおかげで、朝陽が十分に昇る頃、村の手前にまではたどり着いた。
付近の丘の上で紅い朝陽を浴びながら、一度馬を休ませるとともに、村の様子を確認する。望遠鏡を覗き込むと、村の人たちの動く姿は分かるがその表情は読み取れない距離だった。
「ちっ、やっぱり酔って行動するとろくなことにならねぇな」
タウカンは昨日の自分に舌打ちした。「ルミナーラの容姿を聞いてから始末するんだったな」
「ですが、タウカン少尉はかつてのルミナーラ様とお会いしたことがあるのでは? 男爵家の次男様ですし」
部下の一人が気さくに声をかける。
「ヴァーカ。男爵家ってのは爵位でもっとも低いんだよ。王族への拝謁は頭首様しか許されないんだよ」
「面倒くさいんですな、貴族というものは」
「ま、逆に考えれば、俺くらい自由な立場だと美味しい所だけ頂いてこうやって――」
「た、タウカン様!」
別の部下が声を張り上げる。
「どうした?」
少し緩み始めていた空気を引き締めるのには十分だった。みなそれぞれに覗き込んでいた望遠鏡から一度目を外し、その小太りの部下のもとに集まる。
「や、やつらがいましたぬ! 手配書の少年と少女ですぬ!」
小太りの兵士も目を外し、タウカンに向けて満面の笑みを向ける。
「特徴的な服装も、間違いありません――あだっ!」
休憩中で兜を脱いでいたから、望遠鏡で頭を小突かれると痛かったようだ。小太りの兵士は顔をぎゅぅっと顰めた。
「ヴァーカ、今そいつらはどうでもいいんだよ。ルミナーラを探せ」
「で、ですが……ルミナーラの特徴が分からないとどうしようもないですぬ」
それは他の兵士たちも同じだということで、何を言うでもないが、一同の視線がタウカンに集まる。
タウカンは逃げるように村へと向き直ると望遠鏡を覗き込んだ。
「うぅん……俺もちらりと見たことはあるが、ありゃあ現王の就任っつーか、争乱が終わった頃だったからまだルミナーラも赤ん坊だったし――」
「あ! タウカン少尉!」
今度は背の低い兵士が言った。「女の子がいまっす! 可愛いっす!」
「もうその女はいいっての!」
「違いまっす! たぶん手配書にはいなかった女の子っす!」
「なに!?」
タウカンをはじめ、残りの二人の兵士も慌てて望遠鏡を覗く。決して可愛い女の子が観たいわけではない。
「どこだどこだ!?」
「ほら、あの少年の後ろっす! 背が低いから隠れてるけど、さっきちらっと」
「もしかしたらそれがルミナーラかもしれん。ちい、あの男のガキ邪魔だな! さっさとどけよ、おい! 呑気に笑ってんじゃねー!」
届くわけもないヤジを飛ばしていたが、そこでふと、先ほどまでタウカンと王族について語り合っていた中肉中背の兵士が言った。
「あれ? あの……少尉?」
「なんだ? 今忙し――だぁ、くそ! 今度は小娘の方が重なりやがった」
「昨日の村人の話では、あの少年はもう一人の仲間と石碑方面に向かうという話ではなかったですか?」
「あぁ、そうだ! 何を今さら…………んえええええええええええ!?」
タウカンはひっくり返った。
「そそ、そうだ! 何故ここにいる!?」
「まだ朝早いからここにいるんじゃないですか?」
小太りの兵士が言った。
「ん? おお、そうだ。そうだ、きっとそうだ。これからだよ。はっはっは」
「でもそれなら……もう一人の女はどこにいるのでしょう? それらしい服装の者は見当たりませんが……」
度重なる追及に、タウカンは難し気に歯を食いしばっていたが、
「……よ、よい!」
ふてるように背を向け望遠鏡をのぞく。
「「「へ?」」」
「すでに旅立っているのであれば、それはそれでよい!」
「で、ですが……」
「我々は先生が戻ってきてから一緒に襲えばよいのだ。いいか、国王様のお眼鏡にかなって今でこそ護衛隊長をされているが、かつては歩兵部隊の第3師団の長でもあり、槍術師範代でもあるシセリー様なら、そんな小娘一人ならむしろあっさり倒してくれるだろう」
「「「確かに!」」」
「ぶあっくしょい!」
イサミは景気の良いくしゃみをかました。
「うわ! もうイサミさん! もう少し気を使ってくださいよ」
セイマはイサミの飛沫を気にしてか、顔を顰めた。
「ははは、わりいわりい。誰か噂でもしてるかもな」
「この世界で? 一体誰が?」
「……アイサとか? あ、いや、レニかも」
「アイサさんは人に興味がなさそうだから違うと思います……レニさんは逆に、四六時中イサミさんのこと喋ってそうですけどね」
「――悪かったですねトリヒスさん。ついてきて頂いて」
村から石碑――巨大な穴の方へと続く小道を、アイサと一人の村人が付き従う。
その人物は昨日、アイサたちと共に地下へと向かった十一人の側近の一人だった。
年のころは40代だろうか、痩せた頬はあの村人全員の共通点ではあったが、少し白髪の混じり始めた暗い青色の髪をしていた。だが目の光の鋭さと、足取りの強さに老いは感じない。
「いえ、ルミナーラ様のご命令とあれば」
寡黙な男だった。アイサと二人並ぶと必要なこと以外は話さなかった。
「おかげで助かります。石碑の意味が分からなかったものですから」
アイサは、感情の起伏のなさはいつも通りだったが、イサミとは違い、それなりの敬意を払った話し方をする。ある程度の礼儀は持ち合わせていたようだ。
しばらくは、木々の外れの音、小石が転がる音ばかりが二人の間に流れていたが、不意にトリヒスが口を開いた。
「……一つ訊ねても?」
トリヒスの声は静かに、だが先ほどまでの丸みはなく、明らかに強い意志が宿っていた。
アイサは「ええ」と特に動揺も見せず言った。
「アイサ様たちは一体、なぜ石碑の解読や『王家のあやまち』の調査を希望されるのですか」
質問への返答次第では、容赦はしない――その気配を言葉の裏に隠しているのは嫌でも伝わりアイサは足を止めた。
「おうけのあやまち?」
「……ご存知なかったのですか?」
トリヒスの重たげな瞼が開いた。
「ええ。何かしら?」
「この、巨大な窪みのことです」
石碑の手前にある巨大な窪み――それをトリヒスは『王家の過ち』と称したようだ。
たどり着き、その穴の底を見降ろしてそう言う。彼の骨ばった手が強く握りしめられた。
周りの木々から鳥たちが飛び立つ音を遮る風も吹いていなかった。
「……あの二人の考えは私には分からないわ。興味がないのか、関係ないのか。でも、私には必要ですから」
「必要?」
「ええ。私が人間であるために」
窪みの向こうに見える石碑を真っすぐに見つめる。アイサのブラウンの髪が朝陽に焼かれていた。右耳に付けた緑色のイヤリングが小さく反射する。目じりから零れた涙のようだった。
「アイサ様……」
トリヒスはアイサへと向き直り、そして――。
「御免!」
アイサの左肩に手を伸ばし、漕ぐようにその体を自分の後ろへ押し倒すと、トリヒスは腰に下げていた剣の柄を握り、そして抜いた。
金属の打ち合う甲高い音がくぼみの中で響き、音を増幅させるよう。
倒れゆくアイサは、その視界の端に銀色の穂先と、鎧、そして見たことのある紋章が映ったのだった。
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