4時間目

4時間目  体育・座学

「頼みたいこと?」

 イサミが訊き返す。洞窟の中では少しの声もよく響いていた。

「うむ。」

 ルミナーラの細い首が縦に動く。「ただし、これから話すことは内密にしてほしい」

「そ、そんな大切なことを私たちに言って大丈夫なんですか?」

 セイマが目をぱちくりと瞬かせながら訊き返す。

 ルミナーラは小さく口角を吊り上げた。

「確かに賭けではあるが、お主たちもあまり世間に顔向けはできない立場なのだろう?」

「へっ……言ってくれんじゃねえか」

 裏切れば、王国軍へと突き出す――と暗に告げているようなものであると、イサミは嘲笑を浮かべた。

「どうするんですか、イサミさん?」

「ううん……アイサがどういうかはわかんねーけど……」

 イサミは腕を組んで唸る。顔を顰めながらも頭を働かせているようだ。

「もうすでに、この子は自分が王族であることをばらしてるだろ? それくらいの覚悟っつーか、もう背に腹は代えられないって感じだろうし……」

 イサミとセイマを囲む村の人たちの顔つきも真剣だった。ちょっとした殺意さえ感じてしまうほどだ。

 イサミは横目で人数を確認する。ルミナーラを入れて12人。少女以外は素性が今一つ知れないが、きっと王族の関係者、少なくとも彼女の味方ではあるのだろう。

 ミラーロと同じく術を扱えるのか、あの謎のマントの男のように体術が扱えるかもしれないし、その実力が彼らより低いとは限らない。

 その上、頼みがあるということは、もちろん今更取って食おうという話でもないだろう――。

 イサミはふっと短く息を吐き、頭の中の靄を取り除く。

「わかった。内容次第では役に立つかわかんねーけど、とりあえず話は聞かせてもらう」

「ほ、本当か?」

 ルミナーラの瞳が一層輝いて見えたのは、蝋の光を反射させる瞳が更に潤んだからかもしれなかった。

「い、一応言っておきますけど、後でアイサさんに何か言われても私は知りませんからね……」

 セイマは小声でイサミに忠告するのだった。

「だ、大丈夫だろ。話を聞くだけだし」

 と言いつつ、ちょっとだけ声が上擦るイサミだった。

「といっても、おおよそ見当はつくけどな」

 試すように放ったイサミの言葉に、周囲のものたちが目の色を変えた。

 ルミナーラも、再びその童顔に似つかわしくない鋭い目つきに変える。

「そうか……。私の立場を考えれば、ということか」

「ルミナーラの言ってることが本当ならな」

「無礼者!」

 と割って入ってきたのは、ルミナーラの右手に控えていた老人だった。

「ルミナーラ様に対して失礼であるぞ!」

 髭に隠れた顔だったが、怒気の籠った声だけで十分に感情は伝わってくる。興奮して立ち上がったその足腰は、しっかりと体幹を維持している。

「よさぬかエッジ」

 ルミナーラは対照的に静かに抑える。「よい、この者たちはこの国の者ではないようだ。先程から光るヘルメスの涙らしき宝石がその証拠。まして今の私の処遇を踏まえれば、敬意などそう簡単には持つことは難しいだろう」

「し、しかし……」

「そうです、エッジ様」

 と向かいに座る中年の女性が窘める。「だからこそ、彼らしか頼れないのですから」

「フーリィの言う通りだ。エッジ、座らぬか」

「くっ……」

 髭の隙間から憤りを漏らしながら、エッジと呼ばれた老人姿の男は腰を乱暴に着座させた。

「…………」

 エッジと呼ばれた老人の迫力に、驚きのあまり固まったままのイサミだった。

「すまんなイサミ。驚かせてしまったようだな」

 ルミナーラが淑やかに詫びる。

「いいい、いやいやいや、べべべっべっつに~?」

 イサミは目を白黒させていた。

「無理がありますよイサミさん……」

「許せ。皆、気が立っておるのだ。なにせ……」

 ルミナーラは改めてエッジと、フーリィと目を合わせ、肯く。

 胸に手を当てて、小さく深呼吸をすると、言った。


「お主たちに、我らと共にエスポフィリア王国と戦ってほしいと考えているのだからな」


「王国と戦う……?」

 セイマはルミナーラの言葉をそのまま繰り返した。眉間に皺寄せて、ルミナーラの言葉を吟味するように噛みしめている。

「俺たちが王国への……その、反逆者とでも思ってか?」

 イサミの態度は先の驚きようとは打って変わって、静かだった。

「お主たちの真意はわからぬ。だが、お主たちのしてきたことを客観的に見れば、そうとしか言いようがないだろう。今のエスポフィリア王国内で、あの王率いる王国軍に弓を引くようなこと、それほどの覚悟でもなければできぬことだ」

 イサミは周囲の人たち――ただの寒村の村人ではなく、ルミナーラの側近と思われる人々を注意深く見渡した。

 どの人からも強い意志を宿した眼光を感じる。固く引き結んだ口元は、相当の覚悟を持っていると思わせた。

 ただ一人、端の方で控える男だけは、毛色が違った。

 神妙な面持ちではあったが、決してイサミとは目を合わせなかった。

 そのことを察してか、エッジが嗄れた声で問う。

「どうしたレイト。お主もこやつらの無礼な態度が許せぬか」

 どうやらエッジはまだご立腹だったようだ。鼻息荒く嫌味に口角を吊り上げた。

「あ、いえ、その……あまりにも展開が早すぎて……」

 レイトと呼ばれた年のころは20歳半ばといった青年は困ったように笑ってみせた。

 精悍な顔つきだったが、口元の皺が苦労を感じさせた。

「いくらそのお二人がミラーロ第2師団長を倒したとしても、それでいきなり王国を攻めるというのは……ルミナーラ様に何かがあったらと思うと……」

 レイトはおどおどと言葉をこぼす。洞窟の静寂さが手伝わなければ聞き逃すような声だった。

「確かに」

 と肯いたのは、他でもないイサミだった。

「俺たちは確かにこの国の王には用がある。けど、王国には興味がない。正直な話で言うと」

「……それでもよい。だが――」

「だけど、俺たちの力でルミナーラ……」

 ぎょろりと音が聞こえてきそうなほど、はっきりとエッジの目玉が動いた。

 イサミは取り繕うように咳ばらいを入れた。

「る、ルミナーラ様たちの役に立てるんなら……、俺は手助けするぜ」

 イサミは洞窟内の陰湿な空気を取っ払うように強く笑った。

「ほ、本当か……?」

 ルミナーラがぽかりと口を開いた。時折現れる彼女の容姿相応のあどけない表情に、イサミは胸の奥が締め付けられるようだった。

 

 誰かの為になるなら……やってやる……!


「……あぁ。……つっても、ホント、俺たちで役に立つかはわかんねーけど」

 ははは……と、誘い笑いをしてみたが、誰も乗ってこなくて、イサミは蝋に焙られたかのように一人顔を赤くした。

 一同、その眼光の鋭さを解く気配はなかった。

 セイマに至っては白けた目を向けていた。

 レイトは、そのイサミの笑顔から逃れるように、洞窟の出入り口へと目線を逃がした。

 ルミナーラだけが和かな笑みを向けてくれた。

「そんなことはない……。お主たちように力あるものがこの荒んだ地区に訪れることなどもうないかもしれぬ。あっても何年先か、何十年先か……しかし、それもまた保証はない。今しかないのだ」

「私たちは王様を相手にしているだけでもいいってことですか?」

 セイマが訊ねる。

「うむ」

 と肯いたのはエッジだった。「王都はもちろん、他の村や町にも、現王の政治に不満を持つモノは少なくない。一挙挙兵すれば、時流に乗る者たちもいるはずじゃ」

「その先は我らのことなど気にしなくともよい」

 ルミナーラは目を閉じ、肩を大きく上下させた。

「我らと共に、王都へ攻め入ってくれ」



「――ほう……そりゃまた随分大胆だな」

 タウカン少尉は、詰所に入ってきた男に向かってほくそ笑んだ。

「王都に攻め入るとは指名手配のくせに大胆…………ってえええええええ!?」

 タウカンの顔色が、それまでの酒に染まった赤色から一気に覚めたようで蒼白へと変化する。

「な、ななな……るるる、ルミナーラが生きてるってえのか!?」

 タウカンは椅子ごとひっくり返った。「ぎょえええええ!」

 周りの部下たちが慌てて駆け寄る。

「ははは、はい……!」

 タウカンの、机を挟んで正面に立つのはレイトだった。彼だけは体を緊張で強張らせたまま立ち尽くしていた。

「いつつつ……しかしこいつはとんだ幸運が舞い降りたぜぇ」

 腰をさすりながら立ち上がったタウカン少尉は笑いを抑えることができなかった。

「こんなチンケな仕事、面倒くせえだけだと思っていたが、まさかこんな……。おい貴様」

「は、はい」

 レイトはすっかり縮こまって、タウカンの一挙手一投足に体を反応させてしまっていた。

「奴らはこれからどう動く? 何か言ってなかったか。洗いざらい喋れ」

 すっかり周りの兵士たちも酒宴の気配を捨てて、レイトの左右を囲む。

「は、はい。あの、明日は二手に分かれるというか、石碑を調べに行くとかで」

「石碑ぃ? なんだってそんなもん……」

「あ、やつらは手配書の二人の他にもう一人仲間がいて……手配書の男の子とそのもう一人の仲間が石碑に向かうみたいです」

「ふむぅ……。ルミナーラはそっちにはいないのだな?」

「は、はい。ルミナーラ様は村に残るかと」

「ならば、先生にはそちらに向かって頂こう」

 俺は手薄な方を狙って、手配書の娘と……いや、ルミナーラを捕らえられるなら手配書の連中など……。

「あ、あの!」

 レイトは緊張のあまり声量を調節できなかったのか、声を張り上げた。

 タウカン少尉が痛々し気に眉間に皺寄せる。

「なんだ?」

 気だるそうにそう吐き捨てた。

「あ、あの、報酬は……」

「ん? ああ、密告の手間賃ってことか。俺が王都に戻ってからだ」

「い、いえ。そうじゃなくて……る、ルミナーラ様はお見逃し頂きたいんです」

「は?」

「る、ルミナーラ王女様は、ぼ、僕が説得しますから。王国に歯向かう様なことはせず、僕といつまでものんびりと余生を過ごしていただきたくて、その……」

 もぞもぞと妄言のようなことを悪びれもせず語り始めたレイトに、タウカンは苛立ちを覚えた。

 そして――とびきりの笑顔を向ける。

「おお、そうか! そりゃあ素晴らしいだろうな」

 賛同を得たことが嬉しくて、レイトはぱあっと明るく笑った。

「は、はい! なのであいつらのことはいくらでも話しますから。僕は一旦戻ってルミナーラ様にこのことをお伝えしてきます! タウカン少尉様はお力になってくださると」

「ほぉ~ほぉ~。そうかそうか。いや気の利いた青年だ。ま、つっても俺と十も違わないだろうが……。おい」

 とタウカンは側近の一人に顎で指図する。

 側近は剣の柄に手をかけた。

「丁重に送って差し上げろ……あの世にな」

「へ?」

「裏切者は必要ない。そしてこのご時世にお前みてぇな能天気な野郎は害悪でしかねえ」

 部下がすらりと剣を抜く。

「そ、そんな、ま、待ってください」

 腰の抜けてしまったレイトはその場に尻餅をついてしまった。

「ルミナーラにも同情するぜ。こんな無能が部下にいたなんてよ」

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