3時間目  社会・座学

 聖獣グライフは星空の向こうに消えて行った。

 イサミとセイマはなかば呆然とその勇姿を見送る。

「……俺たちもそろそろ帰るか」

「はい。って、でもあの人どうします?」

 セイマがミラーロの体へと苦い顔を向ける。

 イサミは渋面を浮かべた。

「うーん……いや、このまま置いとくのは微妙な感じするのはわかるけど、だからってなぁ――」


「そいつは私が面倒を見よう」


 聞き覚えのない声だった。

 それでもイサミとセイマは一応顔を見合わせる。もちろん自分たちの声でないと互いに首を左右に振った。

 振り返るとそこにはマント姿の人間が立っていた。

 全身を赤いマントに包んでいてその全貌は分からない。

 押し固められて整った髪型に髭のない艶やかで逞しい顎はその者の精悍さを物語る。

 琥珀色の瞳が月光を受けて輝く。

 しかしイサミたちに向けられたその目つきは、道端の虫の死骸でも観るように冷めていた。

「だ、誰だ……」

 イサミの独り言のような問いかけに答えることもなく、その人物は歩み寄ってくる。

 近づいてくるにつれその体格がぼんやりとだが分かる。

 それほど背丈は高くない。マントに隠れて体つきは分からないが骨格と先ほどの声から男だと想像する。足取りは力強かった。

 身構えるイサミと怯えるセイマだったが、その男は二人を無視して脇を通り過ぎる。

「ミラーロをこうも簡単に倒すとは、なかなか優秀なようだな」

 言葉は褒めているが感情が乗っていないことがわかる。

「お、おい……」

 イサミの呼びかけに答えることなく、男はミラーロのそばに膝をつくと、マントの隙間から手を伸ばす。手のひらから緑の光が雨の様に降り注いだ。

「だが、私の相手ではないだろう。こいつは所詮元王族だからな」

「は……?」

 助けているのにそのような批判めいたことを言うので、理解できなかった。

「い、イサミさん……!?」

 セイマの瞳孔が開き、揺れていた。口を戦慄かせ、胸に手を当てている。

「ど、どうしたんだよセイマ?」

 その問いかけにセイマはすぐに答えられず固唾を飲む。その間に、マントの男が言葉を挟んだ。

「イサミとセイマ。か。名前は覚えたぞ」

 いつの間にか光をミラーロに当てる行為は終わっていた。


「――っ!?」


 イサミたちへ振り返るや否や、マントの男は音もなく間合いを詰める。

 イサミは咄嗟に構えた木刀で、男の拳を受け止めた。

 一瞬の出来事だった。


「……ふ」

 男はそれ以上拳を重ねることはなく、数歩後ずさりほくそ笑むとマントを翻した。

 その刹那、男の前面で重なっていたマントのスキマから白い閃光が広がった。

 視界を奪う目に痛い白い光にイサミたちは咄嗟に顔を庇う。

 視界が戻った時には男の姿と、ミラーロの体がなくなっていた。




「――はっ!?」

「ミラーロ、こんなところでやられるとは。貴様には失望したよ」

「そ、そんな。お待ちくださいザンス王様!」






 イサミとセイマはその後、宿屋で体を休めようと思ったのだが、グライフの遺した爪痕で、村は混乱を生じていた。

 宿屋も3階部分があの翼で抉られており、村の中でも一番被害が大きかったかもしれない。

「じゃあ僕たちは金払ってるんでこれで……」

 と自室に引っ込むわけもなく、イサミとセイマはそれぞれ村の人たちと荒れた建物などの復旧や瓦礫の運搬などを手伝って夜明けを迎えた。

「助かったぜ旅人のにーちゃんねーちゃん!」

 復旧作業に当たっていた中年男性たちから感謝され、お礼にと沢山の食べ物を貰い、本当は眠かったが、その後開かれた小さな宴会から抜け出せず、ようやく眠りについたのはお昼を迎える頃だった。


 なので、数時間眠れたかどうかくらいですぐに起きなければ、グライフと約束していた日暮れに遅刻してしまう。どうにか目を覚ましたセイマはイサミを叩き起こして、空が黄味がかった頃、二人は村を旅立ったのである。

 シルク湖までの道のりはそう難しいものではないようで、村人たちの説明も「突き当たって右」と近所のコンビニを教えるくらいのシンプルなものだった。


 道そのものはイサミも昨日レニから教えられていたので心配していなかった。村を南に下る。

 昨夜の戦いの場にやってきた。

 グライフの爪に抉られた道は、村人たちがすでに慣らしていたようだった。

 もちろんミラーロの姿はなかった。

 やはりあの男の姿は見間違いなどではない。

 今朝、村人たちの間で、一瞬話題になっていた。マントの男と、妙な男が叫んでいたという目撃情報。

 イサミは耳にしてすぐ気になってやってきたがもちろん姿はなかった。その村人が目撃したのが夜だったという話だからだ。時間的にはイサミとセイマがその場を離れてすぐのことだった。

 あの時、光に紛れて姿を消したから、空間転移の類でミラーロの体ごと消えたのかとイサミは考えていたのだが、もしかしたらそれがフェイクだったのかもしれない。

 もしかしたら自分たちをこっそり監視していたのかも――そう思うと言い知れぬ不安から身の毛がよだつイサミだった。



 停留所をシルク湖方面に折れる。

 夕闇も手伝って、薄暗い森が続いた。

 幸い、野生の獣などに遭遇することはなかった。

「もしかしたら、昨日の騒ぎで動物さんたち、どこかに逃げ出したのかもしれませんね」

 セイマがのんびりとそう言った。

 もしかしたらそれは力ゆえの自信からくる発言だったのかもしれない。

「ていうかさ、セイマのあの力ってなんだよ?」

 昨夜から聞きたかったのだが、つい聞きそびれていた疑問だった。

 えっ、とセイマは戸惑ってみせたが、すぐにもはにかんで頬をほんのり赤くする。

「えっと、星を描く力……って、説明されました」

「星をえがく……? 操るじゃなくて?」

「私もまだわからないことが多くて。それに、私だってイサミさんのこと気になりますよ。昨日のあれはイサミさんの力なんですよね?」

「えっと、うんまぁそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……ど、どっちなんですか?」

「1割くらいは自分の力って思いたいけど……」

「1割って、剣を修行されてたのです?」

「う、うん。昔剣道を少しだけ。でも全然別物だから。スキルとしては転生時に与えられた力だよ。俺自身もあの白衣のおばさんにお願いしたことだから。それに、あのミラーロにとどめをさした瞬間のことはよくわかってない。多分この、」

 イサミは左手首の数珠を右手でつかんだ。

「宝石の力なんだと思う」

「ヘルメスの涙……最初はどんな力かと思いましたが、すごいですね」

「うん。グライフ様もご存知だったしな――あっ」

 森を抜けた先に湖が広がっていた。

 どうやらシルク湖にたどり着いたようだ。

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