第5話 いつもどうり
昨日の昼放課、僕のとある言葉を聞いた途端突然どこかへと走り去っていってしまった天王寺さんは、放課後も話しかけてくることなく昨日はそのまま話さずじまいとなってしまった。
一体なにが気に食わなかったのかは、分からないが僕が見事に彼女の地雷を踏み抜いてしまってしまったことだけはすぐに理解した。
でも、僕はそれでも別にいいと思った。この件で彼女から僕に話しかけてくることはないと思ったからだ。だがしかし、それと同時に彼女がどれほど傷ついたか多少心配でもあった。
そんなわけで昨日の夜までは僕も悶々と色々な考えを巡らしていた。
結論を言おう。そんな僕の甘い期待と曖昧な心配は杞憂に終わった。
「ねぇねぇ、蓮くん。蓮くんの家の近くに遊園地あるの知ってる? 良かったら、今度の土曜日案内してあげよっか?」
「用事あるから」
「くぅ。じゃあ、水族館ならどう?]
「用事あるって言ってるんだけど」
「はっ、野球観戦! 野球観戦ならどう? 男の子好きだよね?」
「野球観戦の前に僕と会話のキャッチボールしてくれない?」
「オッケー、私がピッチャーで蓮くんが審判ね」
「そこはせめてキャッチャーにしてよ。君の無茶苦茶なボールをジャッジし続けるだけなんて僕はごめんだよ」
「えっ、つまり蓮くんは私と夫婦になりたいってこと?」
「なんでそうなるんだよ。君の会話はどこまで一方通行なんだ」
「いやだって、野球においてピッチャーとキャッチャーって夫婦だし」
「...」
「おーい、蓮くん? 急に黙り込んでどうしたの? 無視しないでよ、おーい」
今日の朝、少し早めに登校したら彼女に捕まってしまいこの有様である。
昨日のあの姿はどこへやら彼女はすっかりいつもどうりである。
というか、よくよく考えれば彼女は自由奔放な人なんだから昨日あの後話しかけに来なかったのも落ち込んでいた、とかではなくただただ気分ではなかっただけなのかもしれない。
彼女のことを珍しくほんの少しでも心配した僕はどうやら馬鹿だったみたいだ。
「むぅ、全然反応してくれない」
だが、ここで彼女に構ってしまってはいつまで経っても距離を取ることが出来ない。
先程は彼女が普通に話しかけて来た驚きで思わず反応してしまったが、ここから先は彼女には少し悪いがダンマリを決め込み興味がなくなるのを待たせてもらうとしよう。
彼女が嫌がる僕に話しかけ続ける権利があるように、僕にも彼女の話を無視し続ける権利があるのだから。
「あっ、そうだ。蓮くん、昨日私スーパーに買い物に行ったんだけど、その時に万引きで捕まってる人がいたんだよ」
すると、僕の無反応にもめげずに次なる話題を繰り出してくる彼女。
「それでその人さ、挙げ句の果てに「「たけのこの里」の1つや2つくらい見逃してくれてもいいだろ」って店員さんに逆ギレしてたの」
「...」
普段なら「酷いね」とでも返している所だが僕は無反応を続ける。このくらいで折れていては彼女に勝つことは出来ない。
「本当酷いよね。「たけのこの里」の足元にも及ばない「キノコ山」ならまだしも「たけのこの里」は絶対ダメに決まってるのに」
「いや、どっちでもダメだよ」
と、彼女の偏った思考に思わずそう口にしたコンマ1秒後、僕は自分自身の愚かさを呪った。
案の定、顔を上げれば彼女はニヤニヤといつもの出来すぎた笑顔とはまた違った気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「いやぁ、良かった。反応してくれて。蓮くんが突然モアイにでもなっちゃたんじゃないかと心配したよ」
「誰が石像だよ」
彼女は上機嫌そうに僕の肩をポンポンと叩きながらそんなことを言う。彼女のしてやったり顔は僕に取ってかなり屈辱的でムカつくものであった。
「というか、君って本当に人嫌いなの? とてもそうは見えないんだけど」
僕は内心ため息をつきつつ、薄々感じていた疑問を彼女にぶつける。彼女のコミュ力はとても人嫌いで人との関わり避けて来た人物のものとは思えない。
「じゃあ、逆に蓮くんには私はどんな風に見えてるの?」
「うるさい人。それより僕の問いに答えてよ」
「ひどっ。まぁ、でもそこまで気になるなら教えてあげなくもないよ」
とそこまで言ったところで彼女は僕の襟元を掴み強引に彼女の元へと引き寄せる。
「そんなの蓮くんの前だからに決まってるでしょ?」
そして、彼女はあと数センチで口と口が触れてしまいそうな距離まで顔を近づけるとそう囁いた。
「どう? 今のはドキドキしたでしょ?」
かと思えばすぐに離れると、軽い口調で僕にそんなことを問いかけてくる。
「してない」
「えー、嘘だ」
そこで僕がいつものようにそう口にすると彼女は不満げに口を尖らせる。一応、断っておくが僕はやせ我慢をしているわけではなく本当に微塵もドキドキしていない。
普通、ここまで容姿の整った女子にこんなことをされたら一瞬で惚れてしまってもおかしくないが、僕は彼女になにをされても不思議と何も感じない。
ということに、何度も彼女にこういった真似をされたことで僕は気がついた。
僕は彼女のこと容姿だけで見るなら今まで会った人の中でも1番だと思っているし、性格を含めなければ可愛いとも感じている。
だから、一切ドキドキしないのは僕自身驚きなのだ。
しかも、それどころかどこか気持ち悪いと感じてしまう僕は少し異常なのかもしれない。
「どうしたの?」
「なんでもない。というか、そろそろ朝のSTだよ? 席着いたら?」
「あー、もうそんな時間かー。じゃあね」
勿論、そんなことを本人に言えるわけもないし言う気もないので、僕は軽く誤魔化し彼女に席に戻るように促すと、彼女は若干名残おしそうにしながらも自分の席へと帰っていった。
そしてようやく彼女が去ったことに安堵した僕がなんとなしに外に視線をやってみると、登校して来た時はまっさらに晴れていた空がぐずついているのだった。
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次回「傘」
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