第6話 傘


 少数派かもしれないが、僕は別に雨が嫌いではない。傘をさし、時折雨に打たれながら地面に跳ねる水の音に耳を傾けゆっくりと歩く。

 嫌いじゃない。全く、嫌いじゃない。いや、もう正直に言ってしまおう。好きだ。ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランランだ。


 そんなわけで雨の日を密かな楽しみにしている僕にとって朝の快晴からの突然の雨なんてのはアクシデントでもなんでもない。

 何故なら、常に傘を持ち歩き今か今かと待ちわびているからだ。

 その上、今日に至っては元より天気予報で午後から雨が降るのは知っていて昨日からウキウキしていたので忘れるはずもない。なにより、日本に戻って来て以来の初の雨だ。テンションが上がらないわけがない。


「フンフン」


 そんなこんなで僕にしては珍しくルンルン気分で鼻歌まじりに下駄箱へと向かって歩いていた。


「困ったなぁ」

「...」


 困った様子で雨を見上げ、入り口で立ち尽くす彼女を見るまでは。


「あっ、蓮くん丁度いい所に」


 案の定というべきか、彼女は僕を見た途端ニコニコとそれはそれは嬉しそうに駆け寄ってきた。


「人違いです」

「申し訳ないんだけど蓮くんに1つ頼みたいことがあってさ」

「...なに?」


 僕の精一杯の抵抗を彼女は一切胃に介さない。仕方ないので僕は分かりきった答えを彼女に問いかける。


「蓮くんの傘に途中まででいいから入れてってくれない?」

「ごめん、僕も実は持ってなくて...」

「じゃあ、その右手のは何?」

「これはただの折りたたみ式布団叩き」

「布団叩き持ち歩く高校生がどこにいるの?」

「君の目の前に」

「傘だよね?」

「くっ」


 当然、騙しきれるわけもなく僕は彼女に止められてしまう。ウキウキしすぎて玄関に着く前から手に持っていたばっかりに...最悪だ。


「いま、なんで嘘ついたの?」

「...」


 彼女にそう問い詰められ何も言い返せず、僕は更に追い詰められていく。


「責任」

「...コンビニまでだから」

「やったー! ありがとう、蓮くん」


 そして彼女からダメ出しと言わんばかりにボソッと漏れた言葉に屈した僕は、ため息をつきながらそう敗北宣言をするのだった。少し、雨が嫌いになりそうだ。


 *


「蓮くん、蓮くん、相合い傘って知ってる?」

「知らない」

「今、私達がやってるやつのことだよ。なんか側から見たらカップルみたいだよねぇ」

「僕は今からでもこの傘を1人で使ってもいいんだけど」

「でも、蓮くんはそんなことしないよ。それするくらいなら、最初から私のこと完全無視して帰ってるだろうし。全く、蓮くんはツンデレなんだから」

「思いっきり雨に濡れて帰るのも気持ちのいいものだよ。君もやってみたら案外楽しいと思う」

「ごめん、冗談、冗談だから」


 僕と彼女が1つの傘を2人で使い歩いていると、彼女が上機嫌そうに僕のことをからかって来るので割と本気のトーンでそんなことを言うと彼女が慌てて謝ってくる。少しは自重というものを覚えて貰いたいところだ。


「んっ、というか、よく見たら蓮くん鞄にこんなストラップつけてたんだ。意外だけど可愛いね」


 かと思えば、すぐに調子を取り戻し僕の鞄をマジマジと見ながらそんなことを言う彼女。相変わらずの切り替えの早さだ。ここまで来ると最早褒めるしかないとさえ言える。


「それは貰い物だよ」

「ふーん、誰から?」


 これ以上、相合い傘でからかわれるのは嫌なので僕が話題に乗ってあげると、彼女は途端に目を細めるとそう尋ねてくる。


「覚えてない」

「覚えてないのにつけてるの?」


 しかし、僕自身誰から貰ったのか覚えていない物なので僕が正直にそう答えると、彼女から当然の疑問が飛んでくる。


「なんとなくだよ」

「そう、それじゃあきっとよほど大事なモノなんだね」

「なんで?」

「だって誰から貰ったものなのかも分からないのに、あまりこういうのをつけるイメージがない蓮くんが理由もなくつけてるんでしょ? 覚えてないだけで大事な人から貰った大事なモノだよ。きっと」

「...そうかもね」


 否定するつもりだったのに、彼女の真剣な眼差しと言葉を受け僕は少し考えを改める。確かに、彼女の言うように僕にとって大事なモノなのかもしれない。


「あーぁ、コンビニだ」

「なんで今日1番テンションが低いの?」


 そんなことを話していると真正面から、見慣れた看板と見慣れた店舗が目に入って来た。



「因みにコンビニまでって条件だったから僕が折れることはないからね?」

「分かってるよ」


 念の為、僕がそう忠告すると彼女はつまらなさそうにしながらもコンビニへと入っていった。ようやく、この地獄相合い傘から解放されることが出来る。良かった。


 *


「で、なんで僕の刑期が伸びてるわけ? なんか、僕悪いことした?」

「刑期ってひど。まぁ、でも残念だけど傘売り切れたししょうがないじゃん。本当に残念だけど」

「その割に君は嬉しそうだね」

「そんなことないよ」


 彼女はあいも変わらず肩が触れるような至近距離で清々しいほどの笑顔を披露する。

 もし、僕に彼女に風邪をひかせることなく服を濡らすことなく水をぶっかけることが出来る力があるなら、顔面に思いっきり浴びせている所だ。

 本当に最悪である。


「私は楽しいよ。間近で蓮くんの色んな表情が見れて」


 彼女はまるで僕の心を読んだかのようにそう口にする。


「誰かさんのせいで9割ネガティブな表情だろうけどや

「いや、そうでもないよ。蓮くん、本当に素直じゃないね」


 僕は少し言い返すが彼女は余裕そうな表情だ。と、そんなやり取りをしているとついには駅まで辿り着いてしまった。ここまで送るつもりはなかったのに、何故こんなことに。

 最悪だ。


「ありがとね。蓮くんのおかげで本当に助かった」


 最悪なのに彼女のそんな言葉を聞いたらどうでも良く思えてしまった僕の心が最悪だ。ここで折れてしまっては、いつまで経っても彼女に勝てる気がしない。

 しかし、いい返す言葉も浮かばないので僕は無言で素早く立ち去ることにした。


 だからだろうか、


「んっ? というか、蓮くん鞄にさっきのストラップついてないけどどうしたの?」


 そんな彼女の言葉に気がつけなかったのは。



 *



 家に帰り着替えを済ませしばらくした頃、唐突に家のチャイムが鳴った。基本的に僕の両親は宅配を頼む事は滅多になく、祖母もあまり物を送ってくるタイプでもない為、よりにもよってこんな雨の日に珍しいと思いながらも僕はドアを開けた。


「やっほ、さっきぶり。良かった、蓮くんのことだから開けてくれないかと思った」

「どうしたの!?」


 すると、そこには何故か全身びしょ濡れの天王寺さんの姿があった。僕は驚き、彼女の元へと駆け寄るが、


「蓮くん、はいこれ。忘れ物」

「えっ、あっ、ありがとう」


 彼女は僕のそんな心配などを一切無視すると、完璧な笑顔でニコッと笑うと僕の元へとなにか小さな物を差し出した。


「これは...僕のストラップ?」


 僕が呆然としながら受け取るとなんとそれは先程彼女とのが会話で話題に上がった僕が鞄につけているストラップであった。


「いやぁ、ほら蓮くんがあまりに早く歩いていっちゃったから言えなかったんだけど蓮くんの鞄にストラップがなかったのに気がついてさ、慌てて来た道を戻って落ちてないか確かめてみたらあったの。本当、良かったよ。誰かに拾われてたり、雨で流されてたりしなくて。じゃあ、私はこれで帰るから」


 いつものように一方的に僕にそう告げると、彼女はこの場を去ろうとする。


「こんな物の為に君がここまでする必要なんてない。なのに、どうして?」


 かけるべき言葉じゃないのは分かっていた。でも、どうしてもそう問いかけずにはいられなかった。


「こんな物じゃないでしょ? 大切なモノだよ! 蓮くんもさっき頷いてたじゃん。嘘つき蓮くんが素直に頷くような代物だよ。きっと、蓮くんにとって凄く大事なモノだよ。分かったら、2度とそんなこと言わないで」

「...ごめん」


 彼女は珍しく本気で怒っているようで、僕はその迫力に負け素直に謝罪をする。


「分かってくれたならいいよ。今度こそ私はこれで」

「待ってよ。せめて、タオルだけでも...」

「大丈夫。傘はもうあるし」

「でも...」

「大丈夫って言ってるよね?」


 彼女からのこれまで見たことのない不気味な威圧感に気圧された僕は、それ以上なにも言うことが出来ず黙り込む。


「じゃあ、また明日」

「...また明日」


 それから一転今度はまた完璧な笑顔で元気に手を振って去っていく彼女を、僕は引き止めることが出来ず同じように手を振り返すのだった。


 そして、次の日彼女は学校を休んだ。



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 次回「彼女の友達」


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転校早々、会ったことも見たこともない人嫌いで有名な美少女が責任を取れと迫ってくる件 タカ 536号機 @KATAIESUOKUOK

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