第3話 一緒に帰ろ?



 僕の頬に触れたものが天王寺さんの唇だったと気がついたのは、しばらくした後だった。


「...初めてしたけど、案外恥ずかしいね。これ」


 あまりの突然の出来事に僕が黙り込んでいると彼女はそんな僕を見て、クククっと笑い声を上げながらそう呟いた。


「...びっくりさせないでください」

「あれ? 蓮くん思ったより冷静? もしかして、蓮くんは初めてじゃない? 私が知らない間に彼女でも出来た?」

「違いますよ」


 僕の態度に違和感を持ったのか彼女は怖い顔をしてそんな風に問い詰めてくるが、僕だってこんなことされたのは初めてだ。ただあまりにびっくりしすぎて、恥ずかしいとか嬉しいだとかそういう感情がないだけで。


「えー、でもその割に余裕あるよ」

「絶対に天王寺さんには言われたくないですね。というか、突然なにするんですか」


 僕は彼女の行動の真意を確かめるべくそう尋ねる。


「なにって久々に会えたねのキスだけど? あっ、もしかして口のが良かった?」


 そういうことではない。そういうことではないのだが、彼女にこれ以上聞いても無駄な気がして来たので話を変えることにした。


「というか、責任ってなんですか?」

「えー、それは蓮くんが自分で考えてよ」

「分からないし、なんか重要そうなので聞いてるんですが...」

「人に聞いたからって何でも教えて貰えるとは限らないんだよ。蓮くん、世の中のことわりが1つ分かって良かったね」


 僕は何度も真剣に尋ねるが、彼女は口笛を吹きながらそうはぐらかす。案外、彼女はいい性格をしていると思う。


「なんか蓮くん怒ってそうだね。どうしたの?」

「誰のせいですか? 誰の」

「まぁ、蓮くんが怒るのも分かるけどもっと怒ってるのは私の方だからね?」


 僕にしては珍しく相手に対しイライラを露わにすると、彼女はそんな意味深なことを口にする。そこで僕は冷静になって彼女の言葉の意味を考えたが、分からないものは分からない。


「というか、蓮くん私のことを覚えてない原因の心当たりとかないの? 例えば、事故に遭って一部記憶喪失だとか」


 すると彼女は突然そんなことを言い始め、僕に対して詰め寄って来た。


「そんな小説みたいな都合のいい話があるわけないですよね」

「それもそっかー」


 しかし、彼女も本気で口にしたわけではないのか僕の答えを聞くとあっさりと引き下がる。だが、実際の所そんな都合のいい話はあるのだ。

 僕の人生の記憶において一年の空白の期間がある。それは小学6年生の頃の記憶で、彼女が先程たまたま口にしたように事故に遭いそこだけがすっぽりと抜けてしまっているのだ。

 だから僕と彼女がもしその期間で出会い別れていたのなら、彼女の言うように僕が忘れていることにも一応は説明がつく。

 ただ、記憶が抜けているとは言えどその頃見たものや触れたものにもう一度触れたり、見たりすると僕はぼんやりとだが思い出すことが出来る。

 なのに、彼女のことは見ても触れても何も思い出したりしないのだ。ここまでの美少女なら当時の僕の記憶にも痛烈に保存されてそうなもなのだが。


 とはいえ、僕がそれを明かしてしまえば彼女に僕が忘れているだけという口実を与えてしまい、さらに付き纏われることになりそうだ。

 僕としては彼女にこれ以上付き纏われるのは望むところではない。何故なら、僕の送るべき学校生活は「普通」であって、彼女はその「普通」から最も遠い存在だからだ。


 だからこそ、僕は今後も彼女にそれを打ち明けることはないだろう。まぁ、彼女も僕に「責任」について教えてくれないし、おあいこ様といったところか。


「じゃあ、そろそろ僕は帰りますので」

「うん、そうしようか」


 流石にもういいだろうと思い僕が席を立ちそう口にすると、彼女は当然だと言わんばかりに頷きついてこようとするので思わず僕は足を止める。


「えっ、なんでそんな驚いた顔してるの? 一緒に帰ろ?」

「もし、僕が嫌だって言ったらどうします?」

「蓮くんは責任取らなきゃだからそれは無理なお願いだね」

「だから、その責任ってなんなんですか」

「本当に大切な問題は人に聞くんじゃなくて、自分で考えなきゃ」


 結局、その後僕は「責任」と一点張りの彼女に対抗するすべがなく、一緒に帰る羽目になるのだった。


 *


「幸せは歩いてこない、だーから歩いていくんだね〜」


 カフェを出てしばらく歩いていると、彼女は懐かしい歌を口ずさみ始める。


「少なくとも僕と歩いてても幸せは寄って来ませんよ」

「そうだね、だって寄って来るまでもなく既に幸せだからね」


 僕の言葉も胃に介さず彼女はどこかご満悦な様子だ。ただ、僕としては同じ学校の人に見られて変な噂を立てられないかと気が気でしょうがない。


「1日1歩...って今思ったんだけどさ、蓮くん私のこと苗字呼びに敬語だけどどっちもやめてくれない?」

「天王寺さんに情緒ってものはないんですか?」


 ほんの1秒前まで上機嫌に歌っていたはずの彼女は、突然僕の方を向いたかと思えばそんなことを口にする。

 今日彼女と過ごしていて分かったことだが学校では完璧美少女だなんだと言われてる彼女だが、その性格は自分の思うがままに行動する自由奔放なタイプだ。

 だから僕のような受けに回るタイプは彼女に対し弱くほとんど無力だ。


「だって、むずむずするし...」


 だが、とはいえこのまま彼女にやられっぱなしでいては距離を取ることが出来ないし、なんか悔しい。


「...君って色々勝手だよね」


 だから、僕は彼女の言葉に従いつつも彼女の望むであろう答えとは違う解答を導き出した。要するに名前呼びなんてしてやらない、という意思表示である。


「なるほど、そう来たか。宣戦布告ってわけだね。いいよ、絶対にしおりちゃんって呼ばせてみせる」


 だと言うのに、彼女は特にショックを受けた様子はなくそれどころかむしろ嬉しそうにそんなことをなる口にする。想定外だ。どうやら、僕はまだ彼女という「特別イレギュラー」な存在を掴めていないらしい。

 というか、僕がもし仮に名前で読んだとしてもしおり「ちゃん」はあり得ないだろ。


 そして、僕と一緒に歩いて何が楽しいのか分からないが彼女はその後も上機嫌のまま、僕の横について歩き続け遂には僕の家へと到着した。


「いや、どこまで着いて来るの? というか、君たまたま方向だからとかなんとか言ってたけど嘘ついたね? 絶対、同じ方向じゃないよね」

「まぁ、どこまでを嘘とするのは人次第ということで...。私の家はここから真反対の5キロメートルほど先に存在するということだけ教えておくね」


 すると、彼女は悪びれもせずスマホのgougleで現在地を確かめながらそんなことを言う。

 一体、わざわざ嫌がる僕について来て彼女に何の得があったのか真剣に聞いてみたい。

 少なくとも僕には彼女の気持ちが分からない。


「...しょうがないから送ってくよ。荷物だけ家に置いてくからちょっと待ってて」


 ただ、女の子をこんな時間に1人で帰すのはいくら「普通」を享受したい僕と言えど憚られる。


「えっ? あ、ありがとう。その、それじゃあよろ、しく?」


 しかし、存外僕の申し出は彼女の想定の範囲外だったらしく初めて彼女の焦ったような顔を見た。

 てっきり彼女の性格から見て「蓮くんもやっぱり私と一緒にまだ歩きたいんだ」とか抜かして来そうだと予想していたが...少し失礼だったかもしれない。

 心の中でほんの僅かに彼女に詫びを入れつつ、僕は家に入り急いで鞄を置いて来るのだった。




「いやぁ、これで蓮くん私の家を知っちゃったから、いつでも来れるね」

「僕としては金輪際ここを訪れるつもりはないけどね」


 電車なども経由し、無事1時間ほどで彼女を家へと送り届けると先程までらしくもなく申し訳なさそうに黙り込んでいた彼女も元気を取り戻し、そんな軽口を叩くので僕は少しホッとしながらそう返す。


「まぁ、でも本当にありがとね。わざわざ送り届けてくれて」


 すると彼女は今度は軽口ではなく真面目な口調で僕にそう感謝を伝える。


「蓮くんは私のこと覚えてないかもだけど、こうして貰えて私嬉しかったし今日は楽しかったよ」


 こういう時、容姿が良いというのはズルいなと僕は思った。これじゃあ、文句を言いづらいじゃないか。


「とはいえ、明日から僕に声をかけてくるのは控えてね? 特に学校では絶対に——」

「また明日!」


 しかし、僕が一番大事な要件を伝えようとした途端聞いてないと言わんばかりに彼女は家に入り勢いよく扉を閉めるのだった。

 そして、僕は案外まともな部分もあるんだなぁと思った気持ちを返して欲しいと思うだった。


 やはり彼女は僕にとって脅威な存在である。



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 次回「お昼ご飯食べるよね?」



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