第31話 街は夕暮れ、2人乗りの自転車はゆっくりと坂を下る
「……………………………」
「……………………………」
辺りはもうすっかり夕暮れ時で、人々の往来も 一層増してきた。街は都会の喧騒とビルのライトで埋め尽くされ、俺達は夕日に背を受けながら、家路を辿る。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
俺は駅付近の駐輪場から自転車を回収する。ほんの数時間だけ停めておくつもりが、結構長引いてしまった。暗くて見え辛くなった鍵穴にスマホのライトを照らしながら、自転車の鍵をゆっくりと入れる。さぁ、今日は色々ありすぎて疲れたから帰ろう。
って……、ここまで黙っていたけど! 言わせてもらうぜ!
「ちょっと、新藤さん! いつまでそうしてるつもりですか!」
そう、彼女街中で腕を組んでから一向に放そうとしないのだ。あれからここへ来るまで一度も振りほどくこともなかった。お陰で俺はたくさんの男性諸君に恨まれる羽目になったのだ。『もげろ』『滅びろ』『苛まれろ』などの意味が込められた視線をひしひしと感じた。まあ、新藤さんほどの美少女に腕を抱き締められて悪い気はしないけどね。
「今日は……、ずっとこのままがいいです。」
「でっでも……、これじゃあ俺が帰れないですよぉ」
新藤さんはいじけた子供みたいに言うことを聞いてくれない。そんな一面も愛らしいから全然許せるんだけど、流石に自転車には乗らせて欲しい。
「分かりましたよ。じゃあ……、こうしましょう」
俺は双方が納得できるような妥協案を提案するのであった。
――――――――――――――――――――――――
「やっほーい!」
苦肉の策として自転車の後ろに新藤さんを乗せて帰ることにした。2人乗りは校則で禁止されているけど、このシュチュエーション、憧れない人などいないだろう。高鳴る胸を余所に俺は自転車のペダルに足をかける。
街を抜けて俺達は見慣れた住宅街へとやってきた。新藤さんを最寄りの駅まで送って見送ろう。そう思っていたのだが……、
「新藤さん……、ちょっと近くないですか……?」
新藤さんが想像よりも俺の背中に密着してきてドキドキする。柔らかな腕を腰に回し、たわわに実った果実を遠慮なく押し付けてくる。自転車が揺れる度にその実の躍動を感じる。首元には時折、新藤さんの吐息がそよ風のように肌を撫でる。いつも以上に彼女の存在を肌身で感じ、胸の鼓動がどんどん高まる。上昇する心拍数を悟られないよう必死だった。
もしかしてこれ、腕組み以上に大変な事になっているのでは? 後悔しながら俺はペダルを強く踏みつける。すると、自転車に乗ってからはずっと静かだった新藤さんが一言、
「増田さんの背中……、あったかい」
と呟いた。
「~~~~~ッ(可愛いいいいいい)」
何だ今の? 反則、今のは反則だよ……。あの場面であのセリフ。狙っているとしか思えない。新藤さんにそう言われて悶えない男なんてこの世界にいない。断言できる。
今まで以上に心拍数が上がる。上り坂に差し掛かっているのもあるが、それだけでは説明が付かないくらい、鼓動は速い。ああ、後ろの新藤さんはどんな表情をしてるんだろうか。笑っているのかな。恥ずかしくて照れているのかな。それともしてやったりの顔かな。見れないのが悔しい。
上り坂も後半、角度もキツくなり、2人分の体重もあるので頂上まで登り切るのがかなりキツイ。というか途中で足を止めたら死ぬ。意地でも登りきらないと。
「うっ、ぐぐぐっ……」
顔が真っ赤になり、額から汗が滲み出る。全身の力を振り絞ってペダルを踏む足に全神経を注ぐ。
「増田さん?」
あまりに必死な俺を気遣ってか新藤さんが声を掛けてきた。だが、心配には及ばない。なぜなら―――――
「大丈夫、さぁもうすぐ下り坂ですよ。しっかり掴まって下さい!」
「わぁぁ~、すごい眺め……」
俺が新藤さんを自転車の後ろに乗せた理由、それは坂の頂上から一望できる景色が夕日と相まってとても美しいからだ。見渡す限り広がる住宅街、その先には駅を中心として栄えるビル群、そしてその奥に広がる夕日に染められた海の水面がキラキラと輝いていて、いつ見ても心洗われる。
子供の頃、この景色を見るためだけにわざわざ遠出したものだ。それくらい、俺はこの眺めが好きだ。
「そうでしょう……、好きなんですよ、昔からこの景色……。それに……、昔は友達とこの坂を下りながらこの歌をよく歌ってたんです」
「歌……?」
「笑わないでくださいよ? 行きます」
俺は地面を蹴り、ブレーキを握りしめてゆっくりと坂を下り始める。そして、
「駐車場のネコはアクビをしながら~ 今日も1日を過ごしてゆく~ 何も変わらなっあっあ~い 穏やかな街並み~♪」
「ふふっ、何ですかそれ」
「ちょっと~、笑わないでって言ったじゃないですか~」
「分かってますよ。幸一さん。でも、何だかちょっとおかしくて」
むぅ……。中々の景色と歌声のコンビネーションだと思ったんだけどな。でも、また下の名前で呼んでくれるくらいには心が動いたってことだけでも満足かな。
「私も一緒に歌っていいですか?」
「ええ、もちろん!」
新藤さんとのセッション。断る理由はない。
「「皆夏が来たって浮かれ気分なのに~ 君は一人さえない顔をしてるネ~ そうだ君に~ 見せたいものが、あるんだ~♪」」
「「大きな五時半の夕やけ~ 子供の頃と同じように~ 海も空も雲も 僕らでさえも 染めてゆくから~♪」」
「せ~のっ!」
「「この長い長い下り坂を~ 君を自転車の後ろに乗せて ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく~♪」」
「もう一回! 」
「ゆっくりゆっくり下ってく~♪」
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