第30話 "しかえし"

 2人の正体はもしや……!?


 解を出そうとしたまさにその時、新藤さんと櫻井さんがこちらに小走りで戻ってきた。


 新藤さんが覚束ない仕草で口を開く。


「増田さん……、あの……、実は……」


 何やら思い詰めたような、深刻そうな表情をしている。だが、男増田、騎士道精神を掲げる者として女性に語らせてはいけない。表情、仕草、雰囲気など些細な変化を察し、その人が言わんとしている事を読み取る。義務教育で習うことだぁ。これが出来なきゃ、男が廃る、てか一生モテん、そんな奴は。危機感持った方がいい、マジで。


「いや、いいよ。新藤さんが言いたいことは大体分かっている」


「え……、そっ……、そうなんですか?」


「はい、新藤さんが言いたいこと……。つまりお二人の本当の正体についてですよね」


「(ギクッ、当たってる……。)正体……、ですか?」


「(ヒソヒソッ、増田くんて案外物分かりいいのね)」


 何やら櫻井さんがブツブツ言ってるが、気にしないでおこう。それよりも早くガ●レオの頭脳で解いた俺の完璧なる解答を早く聞いて欲しい。


「お二人の正体、それは――――――



 ――神童アリサと道明ミオの熱狂的なファン同士で今話題の大会に出場中の新人歌い手仲間ですね!」


「ふぇ!?」


「え!?」


 決まった……、完全に。さて、反応や如何に?


「まっ……、はい……、ソッソーナンデスヨーー、私達、同い年の同業者ッテイウカンジなんでスヨー」


「そうね。私はミオちゃんのファン! 彼女に憧れて歌い手ドリーム掴むために上京してきたの!」


 相変わらず片言になる新藤さんと、曇りなき眼で淀みなく答える櫻井さん。


 やっぱりそうかーー。いやーー、俺って頭良すぎなのでは? まじで一回知能テスト受けてみたいわー。今ならメンサに入会出来るかも……、てな感じで自分に酔いまくっていた。あとで恥ずかしくなるやつだ、絶対。


「(ヒソヒソ、前言撤回。彼察し悪すぎない?)」


「(ヒソヒソ、それが増田さんの良いところでもあるんですよ)」


「(ヒソヒソ、私はそうは思わないけど、まああなたが受け入れてるのならいいわ)」


 何やら小声で2人が会話してる。俺の事話してるみたいだけど内容は良く聞き取れない。まあ、俺は盗み聞きなんて野暮な真似しないけどね。


「なぁ~んだ、もうそれなら最初から言ってくださいよぉ!」


「ごめんなさい、やっぱりなんか推しのこと公言するのって何か恥ずかしいじゃない……」


 櫻井さんが照れながら言う。


「いやいや、推しがいるのは良いことですよ。俺だって神童アリサ推しなんですから!」


 そう言うとなぜか新藤さんが俯き、顔が紅潮し、頭から薬缶のように湯気が吹き出した。


 その様子を見てなぜかニヤニヤ笑う櫻井さん。よく分からないが、まあ気にしないでおこう。


「ありがとう。じゃあ……、私は十分楽しませてもらったし……、ここでお暇しますか」


 櫻井さんが突然離脱宣言をしたので、俺は驚いた。


「あれ、服のショッピングはもういいんですか?」


「そういえば欲しかった服の販売日勘違いしてたからまた今度ねー、じゃ愛華ちゃんもバイバーーーイ」


 そう言い残して櫻井さんはそそくさと帰って行った。何がしたかったんだろ、彼女は一体。


 残された俺と新藤さんは遠ざかる彼女の背中が点になって見えなくなるまで見つめ続けた。


「櫻井さんって変わった人ですよね……って、新藤さん!?」


 振り向くと水族館の時みたいにほっぺをプクーと膨らませた新藤さんの姿があった。


「ムスー」


「えええ、お……、怒ってますか、何か、あの、その……」


 新藤さんは何も言わず、俺に近付き、左腕を掴んでぎゅっと抱き締めた。


「ちょっ! 新藤さん!」


 突然の出来事に驚きを隠せなかった。緊張と恥ずかしさが入り交じったような感覚に陥る。それに、二の腕辺りに何かふっくらと柔らかな感触を感じる。


 通行人の嫉妬や羨望の眼差しが、櫻井さんの時より色濃く反映される。だから、怖いって!


 そして、しばらくの間俺の左腕を抱き寄せたまま何も言わなかった新藤さんがボソッと一言、


「"しかえし"……」


 と呟いた。


「え……? 何の……」


「悔しかったから……」


 そう言って新藤さんはさらに強く俺の腕を抱き寄せた。二の腕に新藤さんの心拍数の高鳴りが確かに伝わってきた。頬を赤らめながらも、その腕は決して放さなかった。まるで、大切なものが自分の元から離れていかないように、滑らかで流麗な手を添える。


「もう少し……、このままにさせてください」


「……、分かりました」


 たまには新藤さんの我が儘に付き合うのもいいかもしれない。何気ない1日の1場面、ただし俺にとっては特別でかけがえのないものだった。

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