第29話 遂に神童アリサの正体がバレる!?

 聞き覚えのない名前に俺は戸惑う。


「アリサ……? 何を言ってるんですか……。この人は新藤愛華しんどうあいかさんですよ。それにミオちゃんっていうのも何か……。というかお二人は知り合いなんですか?」


 その質問をした瞬間、さっきまであんなに飄々としていた櫻井さんの顔が焦りの色に変わって、目があっちこっちに泳ぎ始めた。


「あ~~、えっとね、その、これはニックネームというか何というかモゴモゴモゴモゴ(ちょっ、何何何!?)」


 何か言われると不味いことでもあったのだろうか。新藤さんが水族館で戌威さんにしていたように櫻井さんの口を勢いよく押さえた。櫻井さんは苦しそうに踠いている。


「ヒソヒソ、(ちょっとこっち来て、いいから! 早く!) 増田さん、すみません、少しだけお待ち頂けませんか?」


「はぁ……、構いませんけど……」


「ありがとうございます。じゃあちょっと2人で話したいことがあるので向こうに行ってきますね」


 そう言って新藤さんは櫻井さんの手を引き、どこかへそそくさと歩いて行った。


「??? 何だろう?」


 何が起きたか理解できず、困惑するばかりであった。




 ―――――――――――――――――――




「ちょっとミオちゃん! 何言ってるの! よりにもよって増田さんの前で私の正体をバラすなんて!」


 増田さんから十分に距離を取ったことを確認した後、雑居ビルの間の路地裏で私はミオちゃんを叱責した。


「それはお互い様でしょ! 私だって変装してたのに活動名で呼ぶなんて……、しかもあんなに人通りが多い所で! それに、まさか増田くんにあなたの正体説明してないどころか気になるお相手がまさかアリサちゃんだと思わないじゃん、普通」


「え? 気になるってうう……、ええと……、その……、ミオちゃんのこと芸名で呼んじゃったのは私も悪かったです。ごめんなさい」


「何かしどろもどろになってるけど、あなた……。まぁ、うっかり活動名を言ったのは本当にごめんなさい。軽率だったわ」


 私も同じミスをしたのにその事を棚に上げてミオちゃんだけを責めるのは間違っていたと気付いた。ともかく起こってしまった事はしょうがない。お互いに謝罪を済ませた後、私達は今後の対策を話し合うことにした。しかし、1つだけどうしても避けられない事実がある。


「どうしよう……、増田さん、確実に私の正体知ってしまったかも……」


「そうだねぇ………。思ったんだけど、彼にならバレてもいいんじゃない。1人だけだし、アリサちゃんの所属事務所に口止めしてもらえば……」


「あああ、ダメなんですぅ。マネージャーさんがとっても厳しい人で……」


 口止め自体は私の中でも真っ先に浮かんだ解決策だ。しかし、増田さんに私の正体がバレたとなると峰田さんの逆鱗に触れる可能性がある。


 峰田さんは情報管理に関しては人一倍うるさく、今まで担当したタレントや歌い手ともその事でしょっちゅう揉めていた。特に自分から進んで街中で正体をバラした人には容赦なく平手打ちしたみたいで、事務所内で大問題となった。


 その後は所属タレントから峰田さんが彼らの専属マネージャーになることを拒否され続け、病んでいた所に私が入所した。私や社長さんの希望もあり、峰田さんは晴れて私の専属マネージャーとなった過去がある。


 また、峰田さんは最近まで増田さんの事を目の敵にしていたため、また何か増田さん絡みの問題を起こしたとなると、水族館の時に構築された関係性がゼロに戻るかもしれない。峰田さんが怒っている姿が容易に想像できる。とはいえ……、


「でもそうは言っても増田くんにバレるのはもう不可避だと思うよ。あんまりここで話が長引くと逆に何を話してたのか怪しまれるかも……」


「そうだよね……。うん、私言うよ。本当は歌い手の大会が終わってから言おうと思っていたけど、それが早まったって思えばいい……かな」


 ようやく私は覚悟を決めた。話がまとまったので私はミオちゃんを連れて増田さんの所へ戻ろうとした。が、行こうとする私の手をミオちゃんが引き留めた。


「そういえば1個確認しておきたいんだけど、アリサちゃんって増田くんとはまだ付き合ってないんだよね?」


「なななな何言ってるの急に! そそそれは、そのまだ……、そういう関係じゃ……、ないのは確かだけど……」


「じゃあ増田くんは今フリーってこと?」


「ええ……、ああ……、はい、そうなんじゃないかな。彼女がいるとかは聞いたことない……、かな」


 どうしてミオちゃんはこんな事を聞くんだろう。そう思っていた私は次の瞬間、衝撃の告白を聞くこととなる。


「じゃあ、私が付き合っちゃっていい? 増田くんと」




 ―――――――――――――――――――




 新藤さんと櫻井さん、全然戻って来ないなぁ。どこで何を話しているんだろう。


 待ちぼうけをくらっている男、増田。


 何かお互いをアリサ、ミオって呼んだ後から2人の様子がおかしくなったような……。櫻井さんはニックネームって言ってたけど、1文字も掠ってなくない?


 普通ニックネームとか付ける時その人の見た目の特徴とか名字とか名前を短縮したり文字ったりするものだと思うんだけど……。それにニックネームをお互い言い合っただけであんなに動揺するなんておかしいよなぁ……。


 俺は思案する。自分なりに2人の関係を考察してみることにした。


 2人はお互いにニックネーム……、すなわち愛称で呼びあっている? 新藤さんは芸能人事務所に所属する駆け出しの歌い手で、歌唱絶姫決定戦に出場中……。櫻井さんもその新藤さんと知り合いみたいだったし……。単に友達か? いや、友達だったら櫻井さんとか真尋ちゃんとか本名で呼ぶよな……。何であだ名にするにしても1文字も掠ってないミオちゃんって呼んだのかがわからない。新藤さんもアリサって……、神童アリサじゃあるまいし……。


 はっ……!


 アリサ……、ミオ……、まさか!


 てれれてれれてれれてってってー、ててってーーー♪(実に面白ーい!)


 脳内に某ドラマ(ガ●レオ)のBGMが鳴り響く。今の俺はそう、湯●学だ。


 眼鏡と白衣を装着し、お得意のポーズで頭の中で数式を解く。


『1+1=2 2×2=4 9÷3=3……、sinθ cosθ tanθ……』


 俺の脳内に新たな閃きが浮かぶ。


 アリサ=神童アリサ、ミオ=道明ミオ!?


 それなら説明が付く。


 そういえば、過去に新藤さんもちょっと様子が変な時あったなぁ……。その時は決まって神童アリサの話をした時だった……。


 それに櫻井さんの焦りよう……、あれももしや……。


 解は出た。


 2人の正体は―――――――――

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