第24話 頼みの綱峰田玉砕、逆境に立った今こそあの娘に良いとこ見せろ、燃え上がれ増田

「何アレ!?」


「あの女の人強!」


 俺達を取り囲むように傍観していた群衆が沸く。それもその筈。華奢な女性が1人で半グレの男達の攻撃全てを捌き圧倒しているからだ。


 大柄な男の拳を寸前で躱し、アッパーで顎を抉る。食らった男はよろめき、ズシンと大きな音を立てて後方に倒れた。


「兄貴! 貴様、この野郎ーー!」


 細マッチョの男も負けじと拳を出すが、腕を掴まれ、カウンターで腹に膝蹴りを入れられていた。間近で見ると凄く痛そうだ。


「フッ!」


「グホォ!」


 細マッチョの男も情けない声を上げて地面に倒れる。ザマァ見ろだ。


「こう見えて私空手で全国大会優勝してるのよ。あなた達893の割には弱いわね。多分組の中でも一番下っぱ。格闘術の心得が皆無なんでしょうね」


「クソ……、馬鹿にしやがって舐めるなよこの女」


 大柄な男が立ち上がり、突進しながらパンチを放とうとする。


「だから当たんないわよ、そんなワンパターンで大振りなパンチは……ね!」


 パンチの軌道を読み、男が向かってくるコースに合わせてマネージャーは胴回し蹴りを放った。


「ガハァッ!」


 見事それはクリーンヒットし、大柄な男は膝をついて倒れた。


「勝負アリよ……、分かったならあの子達を解放しなさい……」


「ぐぅぅ……、チクショーー!」


 半グレ男達はマネージャーに勝てず降参した。


「うおおお! あの人すげぇ!」


「素手で893に勝ったぞ!」


「何者だ、あの人? 後でサインを……」


 人々は歓喜に沸く。しかし、この状況を見て複雑な気持ちになるのであった。


「黙りなさい! この惨状を見て誰1人動こうとしなかったから私が動いたワケ。全く、この国は無能な傍観者ばかり……。恥を知れ恥を!」


 マネージャーの一喝で人々は押し黙った。そりゃそうだ。この人が来るまで皆何も出来なかったのだから。俺達を含め、皆非力だったのだから。


 何はともあれ一件落着。俺は何とか動けるようになり京田達の元へ向かおうとしたその時だった。


「そこの女ーー! コイツの姿が目に入らぬかーー!」


 イルカショー側の入り口から甲高い男の声が聞こえた。


「何? 今度は……って愛華!?」


 マネージャーはその光景を見て固まる。スキンヘッドで長身の男が新藤さんの首根っこを掴んで立っていたのだ。


「ごめんなさい……、峰田さん」


 ずぶ濡れでタオルを体に巻いたまま、新藤さんは囚われていた。新藤さんはぶるぶると震えながら、必死に泣くのを堪えながら自身のマネージャーに謝罪する。


「お前! 愛華を離せぇぇぇぇ!」


 脇目も振らずマネージャーは駆け出そうとした。しかし、それは狡猾な罠だった。


「油断したな」


 突如背後から細マッチョの男が立ち上がり、マネージャーの顔面を殴った。


 ガシャボキャァ!


 重い拳がヒットしてしまった。マネージャー口の中を切ったのか吐血しながら倒れる。衝撃でメガネが飛んで行き、お団子に束ねていた髪がほどける。


「マネージャーさん!」


「峰田さぁぁぁぁん!」


 俺と新藤さんはほぼ同時に声を上げる。しかし、その名を呼ぼうとも彼女が起き上がってくる気配はなかった。


「この野郎! 散々調子に乗りやがって!」


 細マッチョの男は今までの鬱憤を晴らすかのようにマネージャーを踏みつけて腹に蹴りを入れる。


「ぐぅぅ……、あっ……愛……華!」


 マネージャーは意識が飛びそうになりながらも、守りたい者の名前を呼ぶ。しかし、男はさらに蹴りの威力を強めた。酷い音がし、マネージャーが呻き声を上げる。


「もうやめて! やめてよーーー!」


 新藤さんが大粒の涙を流しながら叫ぶ。その悲痛な叫びが男の動きを止めた。


「やめて下さい、峰田さんは私の……大切な……」


 ーーー人なんです。そこまで言いかけて耐えられなくなったのか。下を向いて口をつぐみ、一言も発さなくなってしまった。


 その様子を疎ましく思ったスキンヘッドの男は怪訝な表情を浮かべ、拳を突き上げる。


「ピーピーうるセェな女は、一発ぶん殴って大人しく……って痛っ!」


「新藤さんと芦屋さんに手を出すな、外道!」


 気付いたらまた体が動いていた。俺はスキンヘッドの男に爪を立て、新藤さんを助けようと最大限努力した。しかし、


「この野郎、命知らずな奴め」


「グフォエ!」


 奮闘虚しく、俺は腹に蹴りをくらい、地面に転がる。


「増田さん!」


 新藤さんの声が聞こえる。ああ、悔しい。こんな不甲斐ない男で。でも、これだけは伝えなくちゃならない。


「新藤さん……ゴメン」


 そう言いながら俺は持てる力全てを振り絞って立ち上がった。


「弱くてごめんってか? 軟弱なお前にピッタリな言い訳だな」


 俺の言葉を聞いたスキンヘッドの男は高笑いする。俺は人生で一番の大声を出し、男の高笑いに被せて言う。


「違う! そういう事を言ってるんじゃない!


 新藤さん、俺は自分に勇気がなかった。弱くて、惨めで、恐れて何もできなかった。


 人に言われるがまま流されて、信念を貫き通す事なく簡単に説き伏せられもした。そんな弱い自分が嫌で、死んでしまいたくなった。


 でも、そんな俺を認めてくれて、一緒にいてくれて嬉しいと言ってくれた。それは、かけがえのない瞬間だった。


 そんな俺に勇気を与えてくれたんだ。俺はちっぽけで、喧嘩も強くない。歌も上手くないし、優柔不断だし、いつも大事な所でミスをする。情けない男だ。


 でも、そんな俺でも。例え惨めでも、俺はコイツを止める。絶対に新藤さんに手出しはさせない!」


「増田さん……」


 半グレ達は再び高笑いをし、


「ほう……面白い、やってみろ!」


 と指をポキポキ鳴らしながら俺の方に向かって歩いてきた。正直言って立っているだけで精一杯だが、新藤さんを守るという不屈の意志が俺を奮い立たせていた。


「何回でも来やがーーー」


「フーン、お前見所あんじゃん」


 俺の言葉はある人物によって遮られた。


「え? あなたは……」


 嘘だろ。何でここにいる? その姿を一目見た瞬間度肝を抜かれた。乱入者は傍観する群衆の中から飛び出し、一歩ずつ歩みを進める。そして細マッチョの男の前に立ちはだかった。


「は? 誰だよお前」


 半グレ達はまた邪魔が入ったと言わんばかりに乱入者を捲し立てる。


「はぁー、十何年活動してんのにまだアタシの事知らねーかー。まっ、しょーがねーなぁ」


「質問に答えろ、テメェは何者だ」


 半グレ達は怒りを露にする。乱入者はほくそ笑み、そしてドスの効いた声で半グレ達に語りかける。


「いいか、堅気に手を出すようじゃ人間失格なんだよ。あと、そんなにアタシの正体がしりたいか? いいだろう、冥土の土産に教えてやる。


 戌威メラ……、現在は歌い手で、元暴走族の総長だ!」

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