第8話 カラオケしようと街まで、出かけたら、財布を、落として、大ピンチ増田さん!

「ないっ……、ないっ……、どうしてだよ……、どうしてだよぉ!」


 藤原●也ばりに地面でのた打ち回る俺。


 何を隠そう男、増田、大ピンチを迎えていた。


 今日は待ちに待った新藤さんとカラオケデートの日。


 それなのに財布がない!


「嘘ぉぉぉーーっ! 来る時はちゃんとポッケに入ってたのにぃぃぃぃ!」


 待ち合わせをしているこのカラオケ屋はバーコード決済ができない。現金払いしか認められてない訳だが、その財布を道中のどこかで失くしてしまった。


「あああ~~、どうしよう……」


 こんな姿、新藤さんに見られたくないなぁ。


 せっかく誘っておきながら、財布を落としましたじゃ示しがつかない。


 新聞部の根暗三兄弟から助言を得たあの日、俺はすぐに新藤さんにLINEを入れた。案外向こうも乗り気で3日後の今日、たまたま予定が合った。


 これはキタんじゃね? ワンチャンあるんじゃね? 告白してもいいのかな? いや、会って2回目の男から告られたら流石にキモいかな?


 色々な事を考えつつ、俺は浮き足立ってニヤケが止まらなかった。そんなこんなで約束の今日を迎えた。


 しかし、


「やっべーー、このままじゃフラれるーーーー!


 約束の時間まであと20分。それまでに財布を見つけないと」


 取りあえず来た道を引き返してみることにした。


 ハァ、ハァと小刻みに息を吐きながら、止まらぬ体の動悸に耳を傾ける。ダメだなぁ、焦って思考がごちゃつく。落ち着け、俺、落ち着けぇ。


 こういう時こそ冷静でないと。男は動じず、女性を心配させてはいけない。高尚な使命感で俺は財布を探す。しかし、そんな想いとは裏腹に捜索は難航した。


 ヤバイ、時間まであと10分しかねぇ!


 しかも距離的に結構戻ってきてしまった。カラオケ屋まで戻る時間を考慮すると、あと5分以内に見つけ出さなければ間に合わないだろう。


 って、そんなの無理に決まってんじゃん!


 馬鹿じゃねーの、俺。こんな大事な日に何やってんだよ!


 ほぼ自暴自棄状態。


 ああ、もう時間がない。不快に思われるかもしれないけど、正直に話そう。せめて誠実さだけは見せよう。


 そう思って項垂れた頭を上げ、その場から立ち去ろうとした時、


「そこの男の人、すみません」


 深みのある声で、華奢な女子が話しかけてきた。


 黒淵の眼鏡を掛けその奥には翡翠色の綺麗な目、黒髪のサラリとしたロングヘアーに革ジャンとダメージジーンズというボーイッシュなファッション。地味さを気取っているつもりなんだろうけど、その美貌は全く隠れていない。


 はっ……、これからデートなのに他の女子に見惚れててはいかんいかん。


「あ、はい……。何でしょうか?」


「何か探し物してます?」


「はい……、お恥ずかしい話これからデートという所に財布を落としちゃって……」


「わぁお、それは大変ですね。ん~、まさか彼女さんに払わせようと思ってないですか?」


「いえいえ滅相もありません! てか、まだ付き合ってないですし……彼女だなんて」


「ふぅん、ま、どっちでもいいですけど。財布なくて困ってるんですよね。手伝いますよ、探すの」


 マジで! 優しすぎるこの人! それに可愛い……、えっへんうっふん、ゲホゴホ、こんな惨めな俺に救いの手を差しのべて下さるとは……!


「本当ですか! ありがとうございます! でも、あまり時間なくて……、5分以内に見つけないと遅刻しそうなんですよ!」


「5分ですか……。まあ大丈夫でしょう。こう見えて私、物を探すのは得意なんです」


「おお~、それは頼もしい!」


 二手に分かれて付近を捜索すること3分……、


「あった、これじゃないですか? 街路樹下の茂みの中にありましたよ」


「ああーーーー、まさに僕の財布です! 見つかってよかった! 本当にありがとうございます!」


「ふっふーん、どうですか? 凄いでしょ、私」


「はい、本当ですね! こんな一瞬で見つかるなんて思わなかったですよ。あ、もう行かないと! すみません、大したお礼もできずに……」


「いえ、いいですよ。このくらい。何てことないです」


「いえいえ、こちらこそ本当に助かりました。またどこかで会ったら必ずお礼させて下さい! 本当にありがとうございました! それじゃあ!」


 俺は手伝ってくれた女子にペコリと一礼し、カラオケ屋に向かって駆け出した。その足取りは軽い。理由は明白だけど。集合時間まであと1分。ギリギリセーフってことでいいかな! しかし、今日もいい日になりそうだ。あらぬ妄想をしつつ俺は走る。




――――――――――――――――――――




 増田を助けてくれたクール系女子はというと……、


「別にいいのに……、変な奴」


 と小さくなっていく増田の背中をぼんやりと見つめボソっと呟いた。


 そして、


「……って! 名前も連絡先も知らないのにどうやってまた会うつもりなんだろ」


 と同時に呆れるのであった。


 そして後に増田は気付く。今日会ったこの人物こそ、後に歌唱絶姫決定戦かしょうぜっきけっていせんに参加する実力者の1人であるということを。


 今はまだ知らぬ物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る