第5話 神童アリサはこうして歌い手となった。
私は
今はたくさんお仕事も貰って、忙しい日々を送っているけれど、1年前まではほぼ無名に等しく、鳴かず飛ばずだった。
私は歌うことが大好きだった。
そんな私が歌い手になろうと思ったのは、中学校の頃、人気歌い手『もふもふ』のライブに行ったのがきっかけだった。
『私もこんな風になりたい!』
純粋に憧れたあのステージを今でも鮮明に覚えている。
それからはお父さんにお金を工面して貰ってギターを買い、パソコンを買い、機材を買い揃え、自宅の物置小屋を改装して歌い手としての活動をスタートさせた。
最初は活動自体が楽しかった。今まで経験したことのない充足感と音楽で満たされる毎日はとても輝いていた。かけがえのない日々、私はギター片手に歌声を響かせた。
毎日学校から帰ってすぐに小屋に行き、好きな曲1つ歌い、それを適当に編集し、動画にして投稿する。
その日々の繰り返しだった。
歌い手の活動を始めて1年、私の心に変化が生じた。
再生数が伸びない! 今のままではダメだ! もっと有名にならなければいけない! そうじゃないとあのステージに立てない!
ある種の強迫観念ともいえる感情だった。
それからは過剰に活動量を増やした。
毎日1曲投稿を3曲にしたり、寝る間も惜しんで歌の練習をしたり、動画を見ながら独学でボイストレーニングをしたり。
ありとあらゆる手を尽くした。
手を変え品を変え、どんなに疲れていても1日も投稿を欠かさなかった。
でも、それは空虚のかさ増しにすぎなかった。
それから2年が過ぎ、私に限界が訪れようとしていた。
誰も私を見てくれない、誰も私を認めてくれない。
ああ、私は向いてないのかもしれない。
日に日にその想いは強くなるばかりだった。
増えない登録者。
空白のコメント欄。
―――――――もう、歌い手やめようかな
何度そう思ったかわからない。
その時は、本気で引退を考えていた。
でも、私は今もこうして活動を続けられている。
全ては1年前のあの日、絶望の淵に立たされた私を、YouTubeのチャンネル削除ボタンを押し全てを終わらせようとした私を、一通の応援コメントが救ってくれた。
私のYouTubeチャンネルに初めて送られてきたコメントだった。
あのコメントがどんなに嬉しくて……、自分の背中を押してくれたか。今でも本当に感謝してもしきれないぐらい、助けられた気がする。
それから精力的に活動を続け、芸能事務所にスカウトされ、運にも恵まれて、大手レコード会社
忙しいのは苦じゃない。こうなることを望んでいたし、仕事も全部楽しい。夢は叶ったといえるだろう。
でも、何か足りない。
レコーディングの帰り道、反対の歩道を歩いている学生達をよく見かける。男女で仲睦まじく他愛ない会話をしながら、笑顔でふざけあったり、腕を組み合ったりしていた。彼らは別に有名人でもない。でも、すっごく楽しそう。今しかない青春を謳歌しているようで、その光景がどうしても羨ましかった。
今のままでいいのかな。
いつしかそんな疑問が私の中でぐるぐると回りだした。
確かに歌い手は私が手ずから望んだ夢だ。でも、学生生活を謳歌せずに仕事にのめり込んでいいのか。
一生に一度しかない時間、友達と遊んだり、恋をしたりしなくていいのだろうか。私にはわからない。
そんな時、私はリモートカラオケにはまった。
やっぱり、歌を歌うことがストレス発散になるようだ。それに職業柄、普段は我慢しているが、好きな曲を画面の向こう側にいる人と盛り上がりながら思いっきり歌うのが楽しい。レコーディングみたいに緊張感もないし、何より青春している感じが心地良かった。
休みを貰えた日は欠かさずリモートカラオケに行っている。
貴重な休日に何してるのって皆思うかもしれないけど、私にとってこれが青春なのかもしれない。それが本当に楽しくって、皆と一体になって繋がっている感じがして心地良かった。
そんな事を続けてはや3ヶ月、今日は意外な出来事が起きた。カラオケボックスが満席のため、スタッフに相席での利用を勧められたのである。
いやいや、居酒屋じゃないんだから。もちろん相手の方にも迷惑がかかるし私は謹んでお断りしたのだが、どうやら相手が乗り気らしくスタッフの押しも強かったため、渋々相席する流れになってしまった。
でも、案外やってみたら上手く行ったもので、お相手の増田さんは本当にいい人で、ボカロの趣味も合うし本当に楽しい3時間になったなって思う。
その後、意気投合してカフェで軽く打ち上げをすることになったのだが……、ここで私は大ピンチに陥っていた。
そう……、正体がバレそうなのである。
「あっ、そういえばカラオケで新藤さんの声誰かに似てると思ったんですよ。神童アリサに似てる気がしたんですよね~」
そう言われた時、心臓が止まりかけた。
え、何で? 声もカラオケの時は別物にして神童アリサってバレないようにしているのに!
まさか私の大ファンだとは思わなかった。それはそれでとても嬉しいんだけど、正体がバレるのは本当にマズイ。
神様仏様、どうかお助けを~~~!
私はただ祈るしかなかった。
そして遂に増田さんが口を開く。
「神童アリサの大ファンですね!」
「ふぇ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます