第1話 現実

「……………………」


 大粒の雨が全身を叩きつけるように降っている。


 言葉にならない叫びが外へ出ることなく体の内側で響く。


 水溜まりを浸食するように赤い液体が流れ出ている。


 なんてことのない小さな公園。

 そこで俺は、手に握る傘の持ち手から手を離して前へその腕を伸ばした。


 守りたいと願った特別な存在

 守ると誓ったあの笑顔が、血の気もなく雨水でぬかるんだ泥に横たわっていた。


 二日前に、美紗の姿がないと言ってきたのは彼女の両親だった。


 家にも帰らず音信不通だった美紗を見つけたのは、行方をくらましてから三日後の今。


 偶然公園の横を通り過ぎようとしたときに、大雨の中横たわる美紗を発見した。

 ナイフのような鋭利なもので胸の中心を刺されている。


 俺は今、自分でも驚くほど冷静でいる。


 だから大雨が叩きつけるこの轟音の中でも、ゆっくりと俺に近づく足音に気づくことができた。


 美紗を挟んで俺の目の前にやって来たのは、大前冬子。


 傘をささず全身ずぶ濡れの状態だ。


「どうして……お前がここにいる」


「遥様を、待っていたのです」


 視界の悪い状況下でも、冬子の顔に薄ら笑みがこぼれているのが見えた。


 一つの線がまっすぐ繋がったように感じた。

 なぜ待っていた。……美紗を殺したのはお前か。

 そう問おうとした。


「私が前田美紗を殺しました。刺さっているそのナイフは私のものです」


 俺が言うより早く、冬子が自白した。


「なんで……なんで美紗を殺したんだ?美紗がお前に何かしたのかよ!?」


 冷静でいた心は突然火を吹き、抑えきれなくなった感情が溢れ出す。


「私に直接何かをしたという事ではありません」


「じゃあなんで?!───」


「私と遥様の関係の邪魔になるから、でしょうか」


 一瞬考える素振りを見せた後、付け加えたように返答した。


 言葉では言い表せない思いが胸にたまるばかり。


 再会の日から俺にくっついていた冬子。渋々承諾し付き合うことになり、それからは異常とも言える彼女の好意表現に、さほど苦しくもなく受けてきた。


 それでも冬子にとってはまだ足りなかったようだ。これだけでは満足しきれていなかった。


 少しでも弊害と感じるものを消すつもりで、美紗に手をかけたのだろう。


「遥様……今宵はこの冬子とともに、何にも邪魔されず身を隠されてはいかがですか。私はあなたを──愛しています」


 一歩、また一歩と近づいてくる冬子。


「っ………!」


 その足が、横たわる美紗の顔の真上にあがった。











「───…か。──……るか。───はるか。────遥!」


「え……?」


 ───トンッ


 斜め下に見つめていたアスファルト路面を勢いよく踏みつけたのは、高校指定の女子用の靴。艶の入った黒い表面は買ったばかりの新品を漂わせる。


「ねえ、大丈夫……?もしかして体調悪い?」


 俺のおでこに手を当てて自らの体温と比較して確かめている。


 顔を上げると、目の前には美紗がいた。


 心配そうに俺の表情をうかがうその顔を見た途端、フラッシュバックかのように泥水に横たわり血の気のなくなったあの姿が思い浮かんだ。


 あれは……夢だったのだろうか。


「なんか緊張しちゃうねー。こんな田舎じゃあ、高校に上がっても周りの人は変わらないのに」


 公園の横を通り過ぎる際に見かけたのは、満開に咲く一本の桜の木。


「ねっ、遥。私の制服姿、似合ってる?」


 こちらを向いて、ヒラリとした効果音を足したように美しく身体を一周させる。


「あ、あぁ。天使のようにキレイだよ」


「なにそれー……なんか嘘っぽい。でもありがと」


 俺の返した言葉に再び返す美紗。


 ジト目で睨まれたあとに天真爛漫な笑みでお礼を言うその姿は、あのときと全く同じだった。


 繰り返される映像のように、まるで過去に戻ったかのように思わされる。


 高校に到着するなり、校門で待ち構えるように立っていた冬子。


 そして繰り返される一連の流れ。


 その全てに既視感を覚えずにはいられない。けれどもこれが現実ならば良いに越したことはない。


 あれが夢で、これは現実。

 少し程度の悪い夢を見てしまっただけに過ぎない。


 冬子と付き合い始め、美紗と顔を合わせる頻度は激減した。


「ねえ遥様、今週末はどこへお出かけしましょうか?ショッピングモールでぶらぶらと歩き回るでも、どこかテーマパークへ行って身体を動かすでも、遥様と一緒ならどこへでも行きます」


「おぉ……そうか。一緒にいるだけでいいって言うなら、別にどこかへ行かずともいいんじゃないか?」


「……というと?」


「適当に家で過ごしてもいいってことだ。あっ、冬子がどうしてもって言うなら出かけてもいいぞ」


 極力あまり家から出ないインドア派である以上、積極的に外へ出歩こうとは考えない。


 出かける時はたいてい美紗が無理やり俺を連れ出している。


「まあ!そういう事でしたの。それでしたら、私遥様のお家に行ってみたいです。遥様が普段生活している場所がどういう所なのか見てみたいのですが……変でしょうか?」


「いや、俺は構わない。そんな所でいいのなら」


「では決まりましたね。今週末、遥様のお家にお伺いいたします」


 そうして冬子と別れ、帰宅する。


 自室に入るなりブレザーをハンガーにかけてからこの身をベッドへ放り投げる。


 スマホの画面を開き、とある人物とのトーク画面を開く。


 美紗と最後に会話したのはいつだったか、5月の頭らへん。

 スマホでやり取りすらまともにしていない。その証拠に、最後に連絡をしたのが5月21日と表記されている。


 美紗とはクラスは違うが、校内で見かける姿は仲良さげな友達と楽しそうに談笑しているものだった。


 だから特に気にはしていなかった。


 けれどあんな夢を見せられた後では、否が応でも気になる。


 入学の初めに聞いたかぎり部活には入っていないと思う。


 この時間ならおそらく家に帰っているか、友達と寄り道をしているかのどちらかだろう。


 美紗の家はすぐ隣にあるが、どうにも顔を合わせずらい。


 受話器のマークが描かれた箇所をタップすると、すぐさまコールがかかった。


 チャットでもよかったのだが、どうしても美紗の声を聞いて少しでも安心したかった。


 しかし何度コールしても、美紗が電話に出ることはなかった。











 打ちつける大粒の雨、そして赤く染る水溜まり。





 

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