第30話

【敵将アンカー視点】


「え? え? 戦うのって俺?」

「ヤリス! アリシアは酔っている! そろそろお前が戦ってくれ! 命令だ!」

「わ、分かった」


「ヤリス! 将を捕えたい! 出来れば生け捕りだ」

「生け捕り? 何を言うか! これは殺し合いだ! この先を進めるとすれば我を殺す以外の道はない!」


 ヤリスか、それが半裸の名。

 見て分かった。

 代償があるわけではない。

 ヤリスは力を隠している。


 ヤリスに斬りかかるイメージをした。

 上段、中段、下段、どんな剣技、どの方向から攻めても通じる気がしない。

 我はここで死ぬか。


 我ははっとした。

 元々死ぬ覚悟でここにいる。

 捕まるなどあり得ん。

 戦って死ぬのみだ。


「おじいちゃん、死ぬ気なの?」

「……」


 おじいちゃん、この我をおじいちゃんと呼ぶか。

 剣聖にして辺境の英雄と言われたこの我も老いた。

 剣聖アンカー・ソードマスターと聞けばこの国の者は震えあがったものが、それは昔の話のようだ。


 年老いた我は自分の事をもっと重い存在、そう思い込んでいた。

 今はただのおじいちゃんと言われるに成り下がった。

 身が引き締まる思いだ。


 我はここで死ぬ、我の兵が遠くに見えた。

 我の想いが見切られておる。

 ヤリス、やはりただものではない。


 老いて死んでいくだけの我が、皆の為に死ねるのなら、良い死にざまとなるだろう。


 だがせめて、ヤリスを倒す。

 刺し違えてもいい。

 我の命を持ってヤリスを倒す!

 

「老いて死んでいくだけの我が名乗る必要はないだろう。ヤリスよ、出来る事なら1対1の勝負を挑みたい」

「……分かった」


 ヤリスがバンパイアを降ろした。

 そして剣を抜いた。

 剣を抜く仕草だけで分かる。

 恐ろしいほどの怪力だ。

 

「所でハイン、逃げていく兵士はいいのか?」

「構わん、将の情報が大事だ」


 我とハインがお互いに剣を構えて向き合うと後ろにいた兵が将に言った。


「1対1はさすがにまずい、だって相手は」

「私語は慎んでくれ! 今は目の前に敵がいる!」

「でもハイン、相手は剣せ」

「私語は慎め!」

「お、おう」


「俺なら、僕なら大丈夫ですから」

「そうだ、相手は老いた将だ。ヤリスが捕まえて終わりだ」


 我は自分の事を高く評価し過ぎていた。

 味方にとって我はただの無能な将。

 敵にとってはただのおじいちゃんにすぎん。


「全力で行かせてもらう」

「うん、でも出来る事なら降参して欲しい」

「降参はない、この死合いは我とヤリスの命の奪い合いだ。一方が死んで初めて終わる」


 我はオーラを纏う。


 ドウン!


「ま、まずいぜ!」

「あのオーラはまずい!」

「私語は慎め!」


 空気が震え、大地が震えた。

 老いた体でどれだけ持つか分からん。

 それでも、全力でぶつかるのみ!


 剣を構えて飛び込む。

 スキがないなら作るまで!

 剣で立ち向かえば必ず隙が出来る!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 勢いをつけてヤリスに向かって走り剣を振った。

 ガキン!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 全力で斬り込んでもヤリスが岩のように感じる。

 全力で踏み込む我が押し返され、そしてヤリスは前に出る気が無い。

 我はまるで岩に斬りかかるように何度も弾かれた。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 後ろに下がり息を整えた。

 これほどに実力差があるのか!

 我の攻撃がすべて剣で押し返された。


 ヤリスは一歩も動いていない。

 我は技量の限りを尽くした連撃を放った。

 にも関わらず、ヤリスは岩のようにその場から動かん!


「あれ? やっぱりこのおじいちゃんって学園生より強い?」


 学園生より強い、我はその程度か。

 ヤリスはまるで本気を出していない。

 我の剣が全く歯が立たん。


「ヤリス、真面目にやってくれ! 老いているとは言ったが敵は将だ! 学園生よりは強いに決まっている!」


「そっか、いや、前から、普通の兵士よりも強い気がして」

「だからあれは剣せ」

「私語は慎んでくれ! ヤリス! 真面目にやれ!」

「お、おう」


 甘かった。

 切り込めば活路を見いだせると思っていた。

 我は老いている。


 我の最強を持って相手をするしかあるまい。

 老いた体でこの技はこたえる。

 だが通用する術はそれしか残されていない。

 例え最強を使い骨が折れようとも本望だ。

 我は死ぬ気でここに来た。


 骨の1本や2本、むしろ安い!


「我の最強の技を持って相手をしよう」


 ドウン!

 我の体と剣が魔力で覆われた。

 地面が揺れて音を鳴らす。


 両手で剣を横に振りかぶる構え。


 前に倒れこむように前傾姿勢。


 そして地を這うように走った。

 剣聖奥義の発動で体中が悲鳴を上げる。


「ブレイブソード!」


 今出来る最強をぶつける。

 この一線は剣も、鎧でさえも破壊し人を斬る攻撃。

 若かりし頃はこの技で常勝を誇った。

 ガキン!


 剣を横に振りぬく前に剣を止められた!

 気づけばヤリスが前に出ていた。

 我が横一線を繰り出す前にヤリスの剣が我の勢いを止めた!

 我が間合いを見誤った? いや、違う、ヤリスが我の最強を凌駕してきた。


 気づけばヤリスの拳が我を狙っていた。


 避け、られない!


 我はあごを打たれ脳を揺さぶられる。


 ヤリスが我を抱きかかえる。


 死ぬ事さえ出来ない。


 圧倒的な力の差。


 気を失う前にヤリスの声がした。


「おじいちゃんが疲れて倒れた」


 敵でありながら我に華を持たせるか。

 勝てぬ、勝てぬわ。

 もし我が全盛期であったとて、ヤリスには勝てん。


 我は意識を失った。


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