第29話

【敵将視点】


 我は息を整え馬に乗りながら前を歩く。


「疲れましたか?」


 育てた兵が心配そうに声をかけてくる。

 我の孫娘と同じほどの年、若いが優秀な兵士だ。


「息は整ったが、年には勝てん」

「……国に帰りましょう」


 我は年老いた。

 戦う事は出来る。

 そう思って突撃した。

 だがあの半裸、あの接近で我は撤退を決めた。

 

「アンカー様のおかげで無事生きて帰れそうです」

「我は老いた」

「そのような事はありません。一騎当千の戦いで皆が救われました」


 前に出て戦い兵士の撤退を助けた。

 それはよかった。

 問題は我の指揮だ。

 

「失敗したのは指揮の方だ。勝てる、そう思っていた。我は見誤った」

「私もです。あの将の指揮、そしてあのバンパイアがいなければ勝てていました」


「我が見誤ったのはその2人ではない、あの半裸だ」

「半裸、ですか? バンパイアに血を吸わせていたあの?」

「そうだ、指揮の上手いあの将とあのバンパイア、それだけなら勝てていた。我が見誤ったのはあの半裸だ」


「アンカー様のお考えが分かりません」

「バンパイアは確かに強かった、だが魔力が切れていればどうと言う事は無かった。だがあのバンパイアの魔力は尽きる事無く血を吸い続けていた。それを見誤ったのだ」


「確かに、バンパイアは血を吸い続け、回復しているように見えました」


 そうだ、無限とも思える魔力、バンパイアの魔力を支えていたのはあの半裸。

 バンパイアの吸血と魔法は確かに強力だ。

 だがそれをやれば吸われた方が消耗する。

 しかも対象が強ければ強いほど回復効果は高い。


 つまり普通の民の血を吸った所で強いバンパイアの魔力はそこまで回復しない。

 だが強い兵士から生命力を吸えばその強い兵が弱る。

 結局は吸血をしても他が弱る、都合の良い回復などあり得ない。

 過去に実績があった闘いは捕虜の兵士から吸血して回復する方法だけだった。


 だがあの半裸は違った。

 強力な雷魔法を使った分の魔力を満たすほどの生命力を持っている。

 それだけで半裸が大きな力を秘めている事が分かった。


 しかも最後に我を迫ってきた半裸のあの力、あれで我は後ろに引いた。

 意味が分からない、なぜ自分で攻めてこない?


 そこまでの力があるのなら自分で前に出て一騎当千の兵士として戦えばいい。

 だが何故かそうはしなかった。

 何か代償がある、そう思いもした。


 だが我が撤退を決め、せめて将だけでも倒そうとおとりになったあの時我は恐怖した。


 もう少しであの若き将の首を掻き切る手前で半裸が前に出たのだ。

 最初は速くはあるが特質すべき強さではない、そう思った。

 だがあの半裸は我に接近した瞬間、後3歩の所で急に加速した。

 まるで自分が速い事を隠すような動きだった。


 その速度は我を遥かに凌駕していた。

 我は思わず横に飛んで逃げた。


 軍に戻り、息切れを心配された。

 息は確かに切れてはいた。

 だがその息切れは疲れからではない。


 恐怖だった。

 今思えばあの感覚が本当だったのか、それとも老いから来る気の弱さなのか、はたまた我が見誤っただけなのか未だに分からん。


 半裸の底が見えん。

 我の老いか?

 それとも半裸には代償があるのか?

 夢と現実の区別がつかぬような感覚。

 化け物を見ている感覚に近い。


 だが1つだけ分かる事がある。

 我は今後軍の指揮を取ってはならん。

 老いて死んでいくだけの我と違い、未来ある若い命を多く死なせた。


 我の老いが200近い兵を死なせた。

 我は自らの老いを自覚できぬほどに老いていた。

 敵の力量を掴めぬ事は致命的だ。


 兵は皆若かった。

 これからだった。

 死んでいったものの中に未来の将がいたかもしれん。

 未来の武将がいたかもしれん。


 そもそもだ、若き将を育てる事が出来ていれば最初から我は前に出来た。

 そうなれば即半裸の強さに気づけたかもしれん。

 1つ1つの積み重ねが、我の力の無さが今を招いた。


 みな性格は色々だった。

 我が強い者、おとなしい者、優しい者、様々だったが若い力が育っていくのが楽しく、そして皆を孫のように思っていた。

 意味のある死ならまだいい、だが老いた無能のせいで無意味に死んでいく事はあってはならん。


「アンカー様、お気になさらず、戦場です、人は死にます」

「……そうだな」


 我は毅然とした演技をした。

 無事に皆を国に返す。

 その後に言おう、将をやめると。


 後ろから兵の悲鳴が聞こえた。


 我は無言で後ろに馬を走らせた。


 嫌な予感がする。


 半裸か!


 半裸ならば我が相手をする!


 もう死なせん、これ以上兵を死なせはせん!

 雷撃を浴びて気絶する兵がいたが息はある。


 目の前には半裸、そして半裸に背負われたバンパイア。

 その後ろに10人の兵がいた。

 我はしんがりを務める事を決めた。




「撤退だ! 気を失ったものを担いで逃げろ!」

「し、しかし!」

「俺はじいについて行く!」

「私もついて行きます!」

「俺もだ!」


「バカ者が! 撤退だ! ラック、指揮を任せる! 我の事など考えずに皆を国に送り届けろ!」

「……」


「声が聞こえん! 了解しましたはどうした!?」

「死ぬ気ではありませんか!?」

「我が負けると思っているのか!? たった12人に負けはせん!」

「……了解、しました! 必ずや皆を国まで撤退させます!!」


 皆が走って撤退する。


 これでいい。

 

「半裸よ、決着をつけるとしようか! 先に行きたくば我の屍を超えていけ!!」



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