第27話

 向こうには400の騎兵と500の歩兵が並ぶ。

 敵兵の総数900。


 味方は敗走兵と学園生合わせて300程度。

 俺とアリシアが上に乗った馬車を囲むように陣を作った。

 兵の多くが馬車で撤退した。

 こちらはすべてが歩兵だ。

 馬車を中心にして守る様な陣を構築している。

 

 俺達が負ければ後方にいる敗走兵もやられるだろう。

 逃げられない戦いだ。

 少なくとも時間を稼ぐ必要がある。


 敵兵が武器を上げてリズムよく足踏みをする。


 ガチャ!

 ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン! ザン!


 敵軍が叫ぶ。


「殺せ! 殺せ! 殺せえええええええええええええええええ!」

「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せええええええええええええええええ!」」


 敗走して逃げてきた兵士が怯える。


「ひいい! もうダメだ!」

「また、やられるのか」

「うああああ」

「くそ、手が震える」

「怖い、怖い怖い!」


 援軍が来たら事で敵兵が撤退する事を期待していたんだろう。

 でもそうじゃなかった。

 それどころか敵は戦う気満々でこちらを威圧して来る。


 敵の目的は俺達を敗走させる事だ。

 敗走させて後ろを向いた敵を追い立ててさらに消耗させる。

 そして疲れて後ろを向いた兵を安全に斬り倒し突き倒す。

 そうなれば向こうは被害が無いままこちらの兵数を減らせる。


 この闘いは心理戦だ。

 相手に『負けた』と思わせた方が勝つ。


 敵騎兵部隊が前に出た。


「騎兵部隊! スパイラル! 突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 敵将と思われる老いた指揮官が叫んだ。


 馬が円を作って前に迫る。

 その中にも騎馬兵がいる。


 馬で円陣を作って回りながら攻撃する事で兵士が攻撃と休みを繰り返す事が出来る。

 円の中にいる兵も一定間隔で交代する事で向こうの消耗を避ける狙いか。

 なるほど、俺達を消耗戦で潰せると思っているようだ。

 敗走兵を追う余裕を残して向こうは勝つ気でいる。



「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 騎兵が接近してくるとハインが叫んだ。


「アリシアはまだ撃つな! 魔法部隊用意! 撃てえええええええええええええええええ!」


 学園生を中心に魔法を放つが威力がいまいちだ。

 それでも前にいる騎兵が倒れて落馬する。


 騎馬兵はお互いの間隔を開けたままくるくると円を作りある程度の所からは接近してこない。

 密集し過ぎると前にいる騎兵が倒れた際に後ろの馬が転倒する玉突き事故状態になりかねない。

 明らかに魔法を撃たせられている。

 でも撃たないわけにはいかない。


 魔法が尽きると敵陣形がぎゅっと狭まる。

 そしてこっちに迫ってきた。


「うわあああああああ! もう終わりだあああああああああああああ!」

「また、またやられるのか!」

「も、もう無理よ、もう魔力が無いわ! 学園生だけじゃ無理よ!」


「アリシア! 撃て!」

「雷撃!」


 バチイイイイイイイイイイイン!


 バチイイイイイイイイイイイン!


 ハインの指示でアリシアが強烈な雷撃を放った。

 2発の広範囲に及ぶ雷撃で騎兵が馬もろとも何人も倒れ、その後ろにいる騎兵が倒れた。


 魔法はもう来ない、そう思っていた所にアリシアの強力な魔法攻撃で数十の騎兵が倒れる。

 その事で敵の陣形が崩れた。


「怯むな! 陣を広くしろ!」


 騎兵がまた間隔を開けて広がる。

 敵の対応が速い!

 敵は指揮官も兵士も練度が高い!

 

「アリシア! 撃ちまくれ!」


 アリシアの雷撃で騎兵2体が倒れる。


 アリシアの魔力が尽きる、そう思っているんだろう。

 でもそうはならない。


 アリシアは雷撃を撃ち続け50以上の騎兵を倒した。


「一旦下がれ! 突撃陣、ティーカップ!」


 騎馬兵が一旦下がりこちらの陣に半円の面で攻撃をする陣に組み替えた。

 敵は即座に陣を変えてきた!

 対応が速すぎる!


「歩兵部隊、騎馬部隊の後ろに付け! 総員突撃用意!」


 更に歩兵まで投入してきた!


 アリシアの異常な回復力にすぐ対応して来る。

 消耗戦を即座に失敗と認めてアリシアの魔法で対処しきれないように面で潰す突撃による総攻撃に切り替えてきたか。


「突撃開始!」

「近接部隊! 構え! 倒れた騎兵を囲んで倒せ! 」


 ハインの指示で学園生が前に出る。

 敗走兵も前には出るが士気が低すぎる、仕方がない、1度死にかけたんだ。

 向こうもそれを分かっていてプレッシャーをかけて来ている。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 騎兵が迫ってくる。

 敗走した兵士はすでに半身になっていて今にも逃げだしそうだ。


「アリシア、まだか!」

「はあ、はあ、回復したわ。雷撃!」


 バチイイイイイイイイイイイン!


「ぎゃああああああああああああああ!」


 雷撃で馬が暴れて騎兵が落ちるとハインが叫ぶ。


「アリシアが落とした騎兵を囲んで突き刺せ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「やめ、やめ、うあああああああああああああ!」


 落ちた騎兵が囲まれて攻撃を受けた。


「怯むなあああああああ! 魔法はバンパイアの雷撃のみ! 面で潰せ! 右翼! 固まりすぎるな!」


 バチイイイイイイイイイイイン!


 アリシアが固まった騎兵に範囲攻撃の雷撃を放つ。

 味方が落馬した兵士を倒し、群がる敵兵を更にアリシアが倒す。

 ハインと敵指揮官のレベルが高く、お互いが即座に指示を出して戦う。


 短い時間で敵の騎馬兵は大きく数を減らした。

 敵が強くなければハインの指揮でこっちが勝っていた。

 敵が強い。

 だがこっちは今の所犠牲はゼロだ。


「アリシアとヤリスの馬車を歩いて後退させろ! みんなは馬車を守るように歩いて後退だ!」


 ハインのやりたい事が分かった。

 だから俺とアリシアを馬車の上に乗せたのか。

 兵士は半身でゆっくりと後ろに下がる。

 俺とアリシアは馬車でゆっくりと後ろに下がる、馬は訓練を受けていて落ち着いている、この馬は訓練されている。


「敵は1度ならず2度も敗走していく! すり潰せ! 殺せ! 殺せ! 殺せえええええええええええええええええ!」

「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」


 敵の歩兵部隊が迫ってきた。


「アリシア、細かい雷撃を近くにいる敵から放て!! 総員耐えろ! 奇襲部隊が来るまで耐えろ!」


 奇襲部隊はいない。

 ハインのはったりだ。

 だが今は士気を上げる必要がある。

 アリシアが構える。


 バチイイイン!


 バチイイイン!


 バチイイイン!


 バチイイイン!


 バチイイイン!


「耐え続けろ! こちらには無限の雷撃がある! 向こうは国の深くまで進行し過ぎた! 奇襲部隊が整うまででいい! 耐えろ!」


 ハインは更にみんなを鼓舞する。


「アリシアが近づく敵から雷撃をお見舞いする! 倒れた敵を複数人で斬り、突き倒して下がるだけでいい!」


 ハインは『馬車に近づいた者から殺す』心理戦を仕掛けた。

 一番前に出た敵から感電して馬から落ちる。

 そこを剣や槍で攻撃する。

 アリシアの魔力は尽きない。


 敵兵は前に出た者から死ぬゲームを仕掛けられている。

 しかも敵はこちらの領土奥深くまで進行している。

 敵はプレッシャーを受けている。


 そして味方には『奇襲の援護があれば助かる』と希望を与えた。

 味方の軍が崩れないまま今耐えればいい。 

 そうすればアリシアの電撃で兵を倒せる。


 この闘いは相手を敗走させればいい。

 敵将が『撤退する』と言えば勝つ。



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