第26話
集合するとハイン、それに学園の3年生もいた。
兵士や戦士、魔導士だけでは足りず学園生が前に出る状況はよくない。
追い詰められているか余裕がないと言っているようなものだ。
その為学園生は皆緊張している。
すぐに馬車に乗って移動を開始する。
一緒の馬車に乗ったハインから状況を聞く。
ハインがこの部隊の指揮官だ。
「で? どういう状況なんだ?」
「敵国との戦いで敗走中の味方を助けに行く」
この国、グロース王国は隣国の軍事国家ハートブレイクと長い間戦争をしている。
と言っても戦争は泥沼状態でお互いが国境付近でとりあえず闘いお互いに撤退する儀式のようになっている。
軍事国家ハートブレイクは兵士の育成に力を入れる国だ。
北国で雪が積もる期間が長く農業を出来る期間が限られている。
でも最近状況が変わった。
今はハートブレイクの攻めが激しいらしい。
いつもなら国境を大きく前に出て攻めてくる事は無かった。
だが今は国境を大きく超えて村から食料を略奪して撤退する行動を重ねている。
去年グロース王国は寒くて作物が不作だった。
北国のハートブレイクは寒冷地帯だ、グロース王国より作物が取れなかったのかもしれない。
ハートブレイクとしては味方の兵が多少死んででも食料を確保したい、そういう状況だろう。
元々戦争はしていた。
そして戦争は貧困や国の危機で起きる。
ハートブレイクが強気で攻めてくるのは分からなくはない。
攻めなければ国民が飢えて死ぬか、ひもじい思いをする。
「まず結論から言おう。こちらの軍が敗走中だ、助けに行く。経緯としては敵国ハートブレイクは2つの軍を分散させこの国を攻めていた。その隙を突くように3つ目の軍、1000の敵兵が隙間を縫うように攻めこんできた。敵はほぼ男で近接戦闘がメイン、魔法をものともせず接近されて一気に劣勢に追い込まれた。どうやら向こうは豊富に回復アイテムを用意していたらしい。兵数も向こうの方が多かったようだ」
陽動でこちらの軍の準備が整う前に攻めてきた。
当然対応する側は後手に回る。
ただでさえ味方が不利な状況だ、だが放置すれば街や村から食べ物を奪われ続ける。
応戦するしかない状況に追い込まれていた。
「味方の軍は魔法タイプと近接の兵をバランスよく組み入れていた。だが向こうは損害を無視して突撃してきた。元々数が劣勢で準備不足だった味方の軍は犠牲を恐れぬ突撃で敗走した。これが今までの流れだ」
「うわあ、陽動に虚を突いた近接兵士だけでの突撃、きついな」
通常の軍は魔法を使う女性、そして前に出て戦う男性で構成される。
だが敵は近接戦闘を行う兵士で構成し、味方の損害を恐れず突撃してきた。
普通はそんな戦い方はしない、普通なら最初は遠くから魔法を打ち合い、その上で軍がぶつかるように戦いを進める。
味方の軍は2つの軍を対処している内に第三の軍が現れる陽動攻撃で虚を突かれた。
更に普通はしない脳筋部隊による犠牲をものともしない突撃攻撃。
味方は2重に不利な状況に陥り敗走した。
嫌な予感がする。
「敵の指揮官、敵将って誰なんだ?」
「時間が無い、敵軍はこの国の領土深くまで攻め込んでいる。アリシア、眠いか? 今すぐにヤリスから血を貰ってくれ」
ハインの言葉に違和感を感じた。
今まで経緯を説明して来て急に時間が無いと言った。
今時間が無くなった?
ハインには何かが見えた?
どちらにしろハインは無駄な事はしない。
アリシアはハインの事をよく思っていない。
ハインに話しかけられてすぐにアリシアの顔が曇った。
俺はアリシアを抱き寄せた。
「アリシア、ハインが時間が無いと言ったんだ。今は血を吸って、アリシアの力が必要なんだ」
2人で見つめ合う。
「……分かったわよ」
アリシアが俺のYシャツのボタンを外す。
そして首筋に噛みついて血を吸う。
「テスター先生の指導はうまくいっているようだな。はっははははははははははははははは!」
「ちゅぱ! はあ、はあ、その笑い方が頭に来るのよ」
「アリシア、話すのやめて、もっと吸って」
俺はアリシアを引き寄せて血を吸って貰った。
ハインはテンションが高すぎる所がある。
「ハイン、今は黙っていて欲しい」
「そのようだな」
「悪気が無いのは分かるけど、相性はあるからね」
「……」
ハインがコクリと頷いた。
吸血が終わるとハインはアリシアに回復魔法を使って欲しい点、その他のメンバーは水や食料を配る点を話した。
そして敵が接近した場合の対応も話していく。
ハインの指示は的確だと思うけど他の馬車にいる学園生に伝わらないのがネックだ。
その為にハインはやるべき事をみんなに伝えて話をみんなと共有してもらうよう促した。
ハインが外を見ると暗くなった道を兵士が歩いてくる。
「馬車を止めろ! 今すぐだ! 後ろも止まれ! アリシア! 外に雷撃を撃って光らせろ!」
明らかに準備不足なまま物事が進んでいく。
敵兵に光が見えてしまうリスクを冒してでも後ろにいる馬車を止めていく。
馬車の馬はもう疲れている。
救援に間に合わせる為に早く走りすぎた。
「ああ、味方、味方だあああああ、助けが来たああああ」
「やっと、助け、死ぬ、所だった」
「水を、くれ、それと、仲間を助けてくれ!」
「アリシア! 血を止めるだけでいい! すぐに治療をしてくれ!」
「すぐに癒すわ」
俺はYシャツを脱いで半裸のままアリシアと一緒に外に出る。
アリシアが近くに来た兵士から魔法で癒していく。
アリシアのスキルはバンパイアで回復魔法ではない。
でも初級魔法もなら覚える事が出来る。
俺は半裸のままアリシアの吸血を受ける。
「……俺も回復魔法を覚えようかな」
「はふん、ちゅぱ! はあ、はあ、男は覚えなくていいわ」
アリシアが吸血を中断して言った。
イメージ的にアリシアは昔のドラマに出てくる『男は厨房に立たないで』と似た感じの事を言っている。
アリシアが皆を癒していく。
兵士がお礼を言った。
「あ、ありがとう、本当に助かった」
「はあ、はあ、楽に、楽に、なった」
「はあ、はあ、血が、止まった、命を救ってくれて本当に、うううう、うあああ!」
安心して泣きだす兵士もいた。
アリシアが吸血し回復魔法を使い続けると次第にみんなが俺を心配し始める。
「だ、大丈夫か? 流石に吸われ過ぎだ」
「倒れてしまう、もうみんなの血は止まった! もういいんだ!」
「命を捨てるように血を吸われるのはやめてくれ! もう俺達は助かった!」
「いえ、アリシア、もっとだ、もっと吸ってくれ!」
「分かっているわ!」
俺はアリシアに血を吸ってもらう。
指揮を取っていたハインが前に出た。
「この男はヤリス!! 不遇と言われる治癒力アップのスキルを持ち、学園にいながらにして王から新たな称号『戦士見習い』を得るに至った!」
ハイン、黙ってくれ。
「なんだって! 学園で学んでいる身でありながら新しい称号を貰ったのか!」
「凄い、凄すぎるわ! 私達が戦場に行っている間にそんな事があったのね!?」
「だ、だが、失った血は簡単には戻らない、無理なものは無理だ。回復が間に合わない」
「ヤリスは治癒力アップの力で失った血ですら素早く回復する! ヤリスはクマのボスをたった1人で倒した! ヤリスのスキル成長率は天才的だ!」
やめろ。
「そ、そうだったのか! ヤリス、名前を覚えたぜ!」
「後でお礼をしに行くわね」
「ヤリス君、ありがとう、本当にありがとう、半裸で血を差し出すその姿、英雄エムスマイルのような立派な英雄になるだろう」
「ハイン、今は皆を助けよう」
「ヤリスは至るだろう! 治癒力アップの向こう側に!」
「「ヤリスううううううううううううううう! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
「ちょ、やめ、それよりも帰ろう」
「飛ばしてきた、馬が疲れている、それに聞き取りをした結果分かった。後ろから追手が来る。ここで迎え撃つしかない」
「なん、だって」
「血が足りない者と魔力切れの兵士はすぐに馬車に乗れ! 学園生は前へ! 陣形を整える!」
ハインが撤退する兵と前に出る兵を分ける。
準備不足のまま時間が過ぎていった。
地面が揺れる。
ドドドドドドドドドドドドドドドド!
5人の騎兵が距離を取って止まった。
そして1人が上に何かを投げた。
パアン!
花火のような轟音と光、間違いない、仲間を呼んでいる。
斥候に状況がバレた、いや、もっと前からバレていただろう。
「ヤリス、奴らは敗走した味方を後ろから追って敗走兵を消耗させた。一方で向こうの本隊は休息を取り息を整えた上で迫ってくる。私達をついでに倒すつもりだろう」
夜の道、その奥から騎兵と馬車の足音が聞こえる。
最も楽な戦いは戦意を喪失して逃げる敵を後ろから斬る事だ。
敵は敗走した兵を後ろから追いかけて消耗させた。
そしてくたくたになった所で後ろから斬りかかる。
一方で敵は交代しながら休憩を取り馬を休ませつつ進軍する。
敵国がやる手口だ。
戦意を失い、追い回され疲れ切った敵を後ろから斬る事で安全に兵の数を減らす事が出来るし奴隷にする事も出来る。
敵は戦いの疲れを回復し勢いに乗っている、向こうは勝っているのだ。
一方でこちらはボロボロで恐怖に支配された敗走兵。
例え敗走兵がパンや水と回復魔法、休息により少しだけ回復したとしても1度負け、死にかけた恐怖は消えない。
敵兵が止まり、そして隊列を組む。
「こちらも隊列を組め! ヤリスとアリシア! 馬車の上に乗れ!」
俺とアリシアは馬車の上に上がった。
「あ、上がったけど俺半裸だから」
「いい! ヤリス、アイシアの力を存分に引き出してくれ」
「吸血してたくさん雷撃を撃てばいいのね?」
「そうだ! 頼む! ヤリス、もし必要だと判断すれば前に出て戦ってくれ!」
「……分かった」
もし劣勢になれば味方が死ぬ。
人の命がかかっているのに力を隠す事は出来ない。
その時は前に出よう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。