第13話

 馬車の中で話をすると女性兵士と距離が近くなってくる。


「Yシャツだけで寒くない?」

「大丈夫です、いつもなので」

「そうやって鍛えてるんだね。偉い偉い」


 女性兵士が俺の頭を撫でるとアイシアが俺を引っ張った。

 そしてそしてヘッドロックをするようにして俺を撫でる。


「そうなんですよ、ヤリスは本当に偉くて」


 アリシアは女性兵士と俺が話そうとすると巧みにガードする。

 これが3回続いた。


「あと少しで罠を蒔いた地点だ。肉団子に引っかかってくれればいいが」


 モンスターを狩る前にくず肉と酒を混ぜてモンスターを呼び寄せる。

 カブトムシを取りに行く時と同じようなやり方だ。


「オオカミがいるわね。私が倒してもいいですか?」

「魔法を撃てるなら最初にやってくれ」


 馬車を止めるとアリシアが前に出た。

 戦士と兵士は様子見をするように見学している。

 そして話を始めた。


「30体、ちょっと数が多くないか?」

「討ちもらしは俺達で倒せばいい」

「不安になってくるわ」


「「グルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」」


 オオカミのモンスターがアリシアを包囲した。

 アリシアは無言で電撃を放つ。


 バチバチバチバチ!

 アリシアがモンスターすべてを全滅させた。


「ほえええ、これが学園のエースかよ」

「魔導士になれるんじゃない?」

「魔力切れしないのか、すげえな」

「絶対私よりも強いよ」


「ふう、少し疲れました。ヤリス、血をもらうわ」

「分かった」


 アリシアは俺のYシャツボタンを外して首筋に噛みつく。

 吸血をしている内に馬車にモンスターを積み込み、輸送の為に3人が帰っていった。

 アリシアに抱き着いてもらってただ血を吸われるだけ、サボっている気になってくる。


「アリシアは強いで有名だが、ヤリス、だったか? そんなに血を吸わせて大丈夫か?」

「大丈夫です」

「このペースなら最速でモンスター狩りが終わっちまうぞ」


 この後、次もその次の地点もアリシアだけでモンスターを全滅させた。

 その度に俺の血を吸う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ヤリスの吸血はもう3回目だ。無理しなくていい! もう終わりだ!」

「いえ、大丈夫です。俺、治癒力アップのスキルを授かっているので、大丈夫です」


 アリシアの吸血が終わり帰りの移動が始めると馬車の中でみんなに心配された。


「大丈夫? 治癒力アップにも限界はあるよ? みんないるから、ね? 無理しないで」

「無理はしないでくれ。ここで倒れられたら厄介なんだからな」

「あまり頑張りすぎなくていいわ。ゆっくりやっていけばいいの」


「ヤリス、しばらく寝ておけ」

「お前何が俺はやってないだよ! 無理をし過ぎだ! 俺達は協力して戦っている、そんなに1人で無理をしすぎて全部を背負いこまなくていいんだ!」


「い、いえ、大丈夫です、本当に大丈夫なんです」


 それでも俺は信じて貰えずアリシアを膝枕にして寝ている。

 モブでいたいけどこうやって心配されすぎると罪悪感を感じる。

 余裕なんだよなあ。


 余裕じゃないのは朝から反応する俺のアレだ。

 性欲を押さえる為に顔を歪める俺の姿が皆から見ると余裕が無いように見えるようだ。


「よーしよし、良く出来ました」


 アリシアの手が俺の顔と頭、体をまさぐるように撫で回す。

 こっちの方がきつい。

 耐えろ、俺!


「モーブ君、どうしたの?」

「僕、ヤリスさんの言ったことを分かっていませんでした! ヤリスさんのようになるには冬でもYシャツ1枚で過ごさなければいけないんですね!」

「い、いや、これは自分に合っていただけな感じで」


 アリシアが吸血しやすいようにこうしているだけだ。


「それにヤリスさんは決してアリシアさんに負担をかけようとしません。意地でも吸血をさせて苦しさのすべてを自分が引き受けるその行動はまさに英雄エムスマイルです! 流石です。僕もヤリスさんの抱える苦しい思いを少しでも真似しようと思います!」


 吸血は余裕だ。

 アリシアの完成された美に抗う方がきつい。

 

「おい! クマのモンスターが100体以上、こっちに走ってくるぞ!」

「逃げられないか!」

「無理だ! あっちの方が速い、馬が疲れている!」


「くそ、迎え撃つ!」

「アリシア、最初に全魔力をぶっ放してくれ!」

「分かりました」


 馬車を止めて前に出る。


 クマが4足歩行で走ってくる。


 アリシアが雷を撃ち尽くし後ろにいた兵士が魔法でクマを倒していく。 

 そして近接の兵士が前に出てクマを倒す。

 戦士は出来るだけ戦わず皆に戦闘経験を積ませるようにあまり前に出ない。

 クマが全滅する。


 犠牲者はゼロ、そして大量のクマ肉が手に入った。


「ヤリス、また吸血するわ」

「さすがに、倒れるだろ?」

「い、いえ、大丈夫です」

「……マジかよ。これが学園生のエリートか」

「い、いえ、僕はエリートじゃないです」


 俺はモブだ。

 戦って力を示してはいけない。

 俺は目立たず結婚もせず楽に生きるのだ。

 両親のようにはならない。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 足音で大地が震える。


 森の奥から木をの枝を折る音が聞こえる。


 森から出たそれはクマの何倍も大きく立ち上がると威圧感がさらに増した。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


「あ、あああああ、何でこんなところに!」

「ボスだ、ただのクマじゃない! ボスクラスだ!」


 戦士が前に出て剣を構えた。

 戦士がいる、大丈夫だ。

 戦士は強い。


「くそ! 俺が引きつける! もし駄目そうなら俺を置いて馬車で逃げろ!」


 戦士が走って行った。


「……」


 ざわざわ!

 心がざわつく。

 戦士を見ると顔が引きつっていた。

 命を賭けている?

 気のせいならいい。

 でももしも気のせいじゃなければ?


 俺はモブでいたい。

 でも、死を前にして何もしないわけにはいかない!

 俺は戦士の所に走って行く。


 ドッガア!


 戦士がクマの攻撃を受けて大木に吹き飛ばされた。

 大木がみしみしと音を立てて戦士を止める。

 戦士はふらつきながらも立ち上がった。

 後ろから声が聞こえる。


「ヤリス戻れ! 戻ってこい!」


 俺は無視して走る。


「加勢します!! 今行きます!」

「へ、へへ、む、無理すんな! に、逃げろおおお!!」


 遠くに見えた戦士の顔は引きつり、握る剣はカタカタと震えていた。

 俺は失敗した。

 すぐに前に出れば良かった。

 それだけで良かった。


 戦士がまた攻撃を受けて吹き飛ばされると俺は剣を抜いてクマに投げる。


 ブオン! バアン! ドウン!

 音速を超えた剣が一瞬でクマの肩を捉えた。


「グギャアアアアアアアアアアア!」


 戦士にとどめを刺そうとしたクマがバランスを崩す。

 俺は戦士を庇うように前に出た。

 そしてクマの腹を殴る。


 ドッゴオオ!


 クマがくの字に曲がり吹き飛んで血を吐きながら倒れた。


 戦士は大丈夫だ。

 助ける事が出来た。

 危なかった。

 判断の遅れで、人を死なせる所だった。


 兵士が走ってきて言った。


「ヤリス、お前、何者だ?」

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