第8話

 窓が明るくなるまでアリシアとシタ。

 でも俺は失敗していた。

 アリシアの言った『ねえ、一緒に寝ないの?』は1つになるの意味ではなかったらしい。

 一緒のベッドでただ眠る意味だったようだ。


 俺の性欲は認識すら歪めてしまうのか?


 いや、でも、


 アリシアが毛布を上に広げて、


 裸で、


 あの声で言われたら、


 無理だって。


 勘違いする。


 ただ、収穫はあった。

 俺は結婚に向かない。

 それがよく分かった。


 阿吽の呼吸が幼馴染とすら噛み合わない。

 俺は自分が結婚したイメージを思い浮かべた。


『人に気を使えずブチ切れさせる』


 うん、結婚無理。

 1人で気楽に生きていく、それがベターだ。


 でも、良かった。

 アリシアがかなり良かった。

 ……理性よ、欲望に負けるな。


 いつもと同じように吸血していつもと同じように学園に向かって2人で歩く。


 1度生まれたままのアリシアを見た事で服を脱いだ姿を今までよりも明確にイメージできるようになっしまった。

 く、またアレが元気になってきた。


 治癒力アップは俺のすべてを癒してしまった。

 性欲だけは静まらない。

 クラスメードの男子が話しかけてきた。


「アリシア先輩、ついでにヤリスもおはよう」

「おはよう」

「ついで言うな、おはよう」

「おはよう、……あれ、アリシア先輩が、いつもより更にきれいって言うか、肌がプルプルしてるって言うか。なんだろう?」


「……気のせいよ」

「そ、そうですか、でも、何かが、うーん、いつもよりきれいなような」

「いつも通りよ。学園に行くわ」

「あ、足を止めてすいません」

「いいわ」


 アリシアがいつもよりも速足で歩きだす。

 アリシアの横顔はいつもより赤かった。



 ◇



 教室に入るとアリシアもついてきた。

 横に座るヨウコと距離が近い。

 ヨウコが匂いを嗅ごうとしてくる。


「ヤリスと距離が近すぎるわね」


 アリシアは笑顔だ、でも怒っている。


「喉が渇いたわ」


 アリシアは唐突に俺のYシャツのボタンを外していく。

 そして左肩を露出させて俺に前から抱き着くようにして血を吸っていく。


 いつもより吸う時間が長い。

 いつもより密着度が高い。

 俺は限界まで顔を傾けてアリシアの顔を何とか見た。

 アリシアがヨウコを見ている。


「……」


 ヨウコが真顔で見てくるのは分かる。

 でもアリシアは何でヨウコを見続けているんだ?


 まさか嫉妬!

 俺とアリシアはシタ。

 でも俺が強引にシテしまった。

 アリシアは自分が俺のお姉さんでいる事にこだわりがある。

 いや、でも、アリシアは気持ちよさそうに見えた。


 いつもの妄想なのか?

 自分の都合のいいように考えて……ん?

 ヨウコが俺とアリシアの近くでクンクンと鼻を鳴らした。


 まさか、昨日のアレがバレている!

 でも朝2人でシャワーを浴びた!

 でも、バレていないと言い切れるか!?


 今アリシアの機嫌が悪い状況なのに体が反応する!

 こんな状況でも俺は性欲が抑えられないのか!

 静まれ!

 静まりたまえ!


 アリシアが俺に抱き着いたまま吸血を終えて首筋を拭く。


「はあ、はあ、はあ、はあ、ヤリス、ありがとう。見て分かると思うけど私はたくさんの血を必要とするわ。朝も、学校に来てからも、昼も、放課後も、帰ってからもたくさんの血液が必要なのよ」

「あ、アリシア、俺の血を飲みすぎると酔うって言ってたけど」


「はあ、はあ、ヤリスは黙って」

 

 アリシアが俺の口を塞ぐ。

 アリシアの体温が上がって俺の太ももに乗りながら口を抑えられるとまた元気になってしまう。

 まずい、まずいまずい!

 俺は追い詰められている。


「ヤリスは私だけで容量オーバーなの。私は毎日吸血をして回復した魔力で皆を癒しているわ。ヤリスはもう余裕が無いの」


 15才になって覚える固有スキルの他に努力で初級の魔法や剣技などのスキルは習得可能だ。

 アリシアはケガをした学園生だけじゃなく、街のみんなから兵士に至るまで魔力が尽きるまでみんなを癒している。

 そして俺から吸血して魔力を回復する。


 正直言ってアリシアからどんなに血を吸われてもまだまだ余裕で回復出来る。

 失った血はいくらでも回復出来る。

 いや、むしろそれが問題でもある。


 俺のアレは少しの事で元気になってしまう。

 血の気が無くなり性欲を押さえられるならまだ良かった。

 でも余裕で体は回復してしまう。


 欲望を押さえる為にいつも自分と戦っている。

 強すぎる負の感情は状態異常で回復出来る。

 だが性欲アップは状態異常ではなく体の活性化、つまり強化扱いだ。

 これだけは治癒力アップで治せない。

 

 感度を上げるのは感覚強化。


 血流をアップさせて体を熱くするのは体の活性化。


 全部バフなのだ。


 俺は今アレの血流と、そして欲望に向き合い戦っている。


 俺は目を閉じて瞑想を始めた。


 アリシアの色っぽい吐息、今は思考せず頭を空っぽにする。


 アリシアの熱くなった体のぬくもり、今は思考せず頭を空っぽにする。


 アリシアの撫でる様な手の感触、今は思考せず頭を空っぽにする。


「……よね」


 瞑想を続ける。


「ヤリス、そうよね?」

「え? ごめん、聞いてなかった」

「もお、私とヤリスのペアでもういっぱいいっぱいよね?」


 く!

 『いっぱいいっぱい』が『おっぱいおっぱい』に聞こえてしまう。


 耳元で吐息を荒くしながら色っぽい声で言うのをやめて欲しい。

 酔ったように顔を赤くして目をウルウルさせながら上目遣いで見つめるその目をやめて欲しい。


 俺の体を撫でる繊細なその指使いをやめて欲しい。

 瞑想を解除し、一気に防御力が下がる俺。

 対してどんどんきれいになり美の極みに達しているアリシアはどんどん攻撃力を上げている。


「はあ、はあ、あ、あんまり抱きつかれると、ドキドキしてしまう」

「……」


 アリシアが俺の両頬に手を当てた。

 顔を逸らそうとする俺の顔をぐっと自分の顔に傾ける。


「ねえ、何て言ったの?」

「はあ、はあ、やめ」

「何て言ったの? もう一回言って?」

「はあ、はあ、はあ、はあ、やめ、てくれ」


 理性の限界が見えた。

 俺の防御を圧倒的な美が打ち砕こうとしてくる。

 ……諦めるな、俺はまだ頑張れるはずだ!


 ガラガラ!


「後5分でホームルームだ。早めに席に着け」

「学園が終わったら、また聞くから」


 アリシアが立ち上がる。


 ギリギリだった。

 俺は、何とか耐えた。

 耐え抜いたんだ。


 俺は限界の向こう側にいた。

 限界だと思っていた自分の壁を打ち破り更なる盾を手に入れた。

 だがその盾すら打ち砕かれる寸前だった。


 耐えた自分を褒めてあげたい。


 頑張った自分を褒めてあげたい。


 ハインが近づいてきた。


「確認がまだだった。ヨウコ、ヤリスとキスをする事についてどう思う?」

「はあ、はあ、ハイン、やめ、てくれ」

「肝になる話だ」


 ぐるん!


 教室から出て行こうとしたアリシアが戻ってきた。


「アリシア、自分の教室にもどれ」


 アリシアは先生の言葉を無視した。


 ヨウコが俺を見る。


 そしてヨウコは真顔のまま腰を浮かせて俺の近くに座った。

 油断した隙に更なる危機が訪れた。

 

 ありえないほどに整った顔。


 そして制服の上からでも分かるプロポーションの良さ。


 そして反則級のケモミミと尻尾!


 ヨウコの顔が俺に近づいてクンクンと匂いを嗅いだ。


 ガ!


 アリシアが間に入ってヨウコのおでこを押さえた。

 だがヨウコはおでこで押し返そうとする。

 ヨウコの事が本当に分からない。


「何でヤリスに近づいたの? なんでヤリスの匂いを嗅いだの? 距離が近いわよね、そうよね? 何か思うと所があるなら無言で動かずにその前に口で言いなさい! 前かがみになって胸元をヤリスに見せるのはやめなさい! 体をくねらせてくびれを強調するのもやめなさい!」


 アリシアの言葉を聞いた瞬間に『アリシアがそれを言う!?』とは思ったけどそれは言わない。


「ヨウコの行動を見るに、キスをしても大丈夫だ」


 ヨウコがコクリと頷いた。


「違うわ、私が額を押さえてガクンと首が動いただけよ」

「どう見ても頷きだ」


 バチン!

 ハインがいた場所に雷が光った。


「危ない。あと少しで当たる所だった。学園に通う者として規律ある行動とは言えないな」

「やめろ、ハイン! これ以上アリシアを挑発するな」

「ヨウコ! 後ろに下がりなさい」

「んん!」


 ヨウコはアリシアに抵抗するように俺に近づこうとする。


 アリシアの後ろに美人のサキュバスがいた。

 名前はテスター先生だ。


「ストップです」


 ヨウコがすっと前を向いた。


「アリシアさん、教室に戻りましょう」

「今は大事な話があります!」

「教室に戻りましょう」

「今はそれどころじゃありません!」

「戻ってください」


「アリシア、戻ろう、テスター先生は怖いから」

「そうですよ、も・ど・って」

「今日はここで監視を」

「ダメです」


 テスター先生(サキュバス先生)がアリシアの唇を奪った。

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