第4話
2時限目が終わり、3時限目の座学が終わるとクラスメートがヨウコの周りに人が集まってくる。
実技訓練は移動などで時間がかかり10分の休憩はすぐに終わる。
「ヨウコちゃん、きつね耳触っていい?」
「尻尾可愛いね。触っていい?」
答えないヨウコだが女子生徒は構わず尻尾やキツネ耳を触る。
ハインが大きな声で言った。
「ヤリス、戦士の称号を目指してみないか?」
戦士の称号を得ればハーレム婚が可能だ。
魔法系は魔導士の称号を得る。
戦士や魔導士はこの国で騎士のような立ち位置で色々と優遇がある。
「お、俺はありふれたスキルだし、いいや」
「そんな事は無い、ヤリスの成長率は普通ではない。アリシアから血を吸われてもぴんぴんしているだろう? スキルがありえない速度で伸びている証拠だ」
「治癒力アップのおかげで何とかなっている程度だ」
「何とかなっている程度とは思わない。答えなくてもいいがヤリスは上にYシャツ1枚しか着ていない。寒さを回復させスキルを磨く為にも見えはする。だが違うな。アリシアと学園以外でも吸血をする為の服なのだろう? Yシャツ1枚なら脱ぎやすく、吸血した後ボタンをかけるだけでいい」
クラスメートが騒ぎ出す。
「ま、まさか、家でもアリシアさんに吸血をして貰っているのか!」
「そうだよ、ぜったいそう、だってそうじゃないとアリシア先輩があそこまで強くなるわけないよ。何度も吸血して、何度も魔法を使っているのよ」
「も、もしかして先生がヤリス君の隣にヨウコちゃんを座らせたのってヤリス君の生命力を吸わせる為?」
「だ、誰も見ていない中でアリシアさんがヤリスの血を! エロすぎる!」
「アリシアさんに一回でいいから吸われたい」
「諦めろ、アリシアさんはヤリス以外からは吸わないから」
「そう言えばホームルームの時も実技の時も先生の様子がいつもと違ったような気がするわ」
「先生は裏で話し合っていた。ヤリスと亜人スキル持ちを仲良くさせて生命力を吸ってもらうために仕組んでいたんだろう」
「ヤリスならいくら生命力を吸われても回復出来る、そうかもしれない」
「私も皆と同じ意見だ。学園は共通の意思を持ってヤリスの隣にヨウコを座らせた、そう考えるのが自然だろう」
「え、でも、キス、だよね?」
「そうだ! ヨウコとヤリスの気持ちは大事だぜ」
「そ、そうよね、いくら効率がいいからって、2人の気持ちは大事よ」
「ヤリス、どう思う?」
ハインが俺の目を見ながら言った。
ハインは見切りのスキルを持っている。
嘘はつけない。
ヨウコを見るとその唇に吸い込まれそうになった。
「俺はしてみたいけど、色々ある」
「「おおおおおおおお!」」
「で、でも! 色々と、問題がありそうで、ちょっとな」
欲望に従うならキスをしたい。
でも、今後の人生を考えるとモブで結婚しない生活の方がいい。
欲望に負けてはいけない。
理性大事。
「アリシアか、私から話そう」
「その前にヨウコちゃん、ヤリス君にキスをしても大丈夫?」
ヨウコが俺を見た。
真顔でじっと俺を見る。
そして顔が近づいてくる。
キスか!
まさか無言のまま、キスが始まるのか!
お、俺はしてみたいとそう言った。
く、来るのか!
キスが来るのか!
ヨウコのプルンとした唇が……近づいて、こない!
キス、じゃない。
ヨウコの顔が俺の顔ではなく体に近づく。
俺の胸に抱きついてくる?
距離がどんどん近づいてくる。
まさか抱き合いながらのキスなのか!
ヨウコの両手が俺の背中に触れる。
そして距離が近づく。
ヨウコの顔が俺の胸、じゃなくて脇に近づく?
どういう事!?
意味が分からない!
クンクン!
ヨウコが俺の匂いを嗅いだ。
本当に動物のように匂いを嗅いでいる。
何何?
どういう事?
本当にどういう事!
キスかと思えばキスじゃない。
抱きつくかと思えば抱きつかない。
でも距離感が近すぎてバグっている。
至近距離からヨウコが俺を見上げる。
じーー!
なんで匂いを嗅いだの?
ヨウコが無表情でよく分からない。
集まってきたクラスメートが散っていく。
嫌な予感がした。
後ろを振り向くと満面の笑みを浮かべたアリシアがいた。
「転入生がいるって聞いたけど、ずいぶん仲がいいのねえ? ねえ、ヤ・リ・ス」
体中から汗が噴き出す。
みんなが去る中1人だけ勇者のようにアリシアの前に立つ男がいた。
ハインだ。
「丁度いい、アリシア、話がある」
アリシアはハインを見た瞬間に一瞬だけ表情が曇った。
アリシアはハインを良く思っていない。
ハインはいつも正しい。
でもお構いなしに正しいと思ったことを言う。
「今はヤリスと食事に行くわ。ヤリス、行きましょう」
アリシアがグイっと俺の腕を引っ張る。
ハインが俺の腕を掴んでそれを止める。
「話があると言っている」
「……なに? 早くして欲しいわね」
「分かった。ヨウコとヤリスでキスをする事でヤリスの生命力をヨウコに分けて欲しい」
言った!
ハインが直球すぎる。
アリシアから攻撃を受ける覚悟でそれでも言っている!
ハイン、漢だな。
ざわざわざわざわ!
教室からひそひそと話が聞こえる。
クラスのみんなが注目する。
そしてみんな俺達から距離を取りつつも決して教室を出ない。
横目で俺達の動きを見続けている。
「意味が分からないわ」
「ヨウコとヤリスでキスをする事でヤリスの生命力をヨウコに分けて貰う」
「ああ、そう、冗談よね? ヤリス、ハインは冗談を言っているのよね?」
「アリシア、私が冗談を言うと思うか? 私はいつでも本気だ」
バチン!
ハインのいた場所に雷が光る。
ハインはそれよりもわずかに早く後ろに下がって雷撃を回避した。
「ち!」
「落ち着け、私が見切りのスキルを持っていなければ当たっていた。教室で攻撃魔法を使うのは良くない。それに今は争いではなくヤリスとヨウコの話をしている」
アリシアの言葉をハインは理詰めで潰してくる。
ハインとアリシアは相性が悪い。
そしてどっちも引かないから言い合いになる。
アリシアの怒りゲージが更に上がっていく。
このままでは教室を吹き飛ばしかねない!
アリシアが両手をハインにかざした、まずい、それ攻撃する時のやつ!
やったらダメなやつ!
俺は動いた。
アリシアの両手を掴んで万歳をするように上に上げた。
そして後ろの壁まで下がらせた。
アリシアを壁に張り付けるようにしながら説得する。
「アリシア、落ち着こう」
「私は落ち着いているわ。ただハインがおかしなことを言うから黙らせようと思っただけよ」
「雷魔法はやめて、本当にやめて。ハインも一旦黙ろう」
「私はいいと思える事なら何でも言う。恨まれようと一向にかまわん。私は国民すべてを愛している。はっははははははははははははは!」
「ハイン! 黙ってくれ!」
ハインは一歩も引かないし強い。
みんなが下がる場面でも下がらない。
「やめ、アリシア、ダメだ!」
「ヤリス、拘束が優しすぎる。私の言葉を聞かない、そんな事は分かっていたはずだ」
「じゃあ何で言った! ハインは頼むから黙っていてくれ!」
「私は自分自身が正しいと思えた事を行う」
「ふっふっふっふ、ハインはおふざけが過ぎているわね」
アリシアが本気で俺の拘束を突破しようとしてくる。
俺はアリシアの手を上から背中に回すようにして抱き着いた。
「ふ! ちょっと」
「アリシア、落ち着こう。一旦冷静になろう」
アリシアの力がへなへなと抜けていく。
「ヤリス、そんなに、人が見ているわ。そんなに強く抱きしめられたら、私」
「……ごめん、食事、食事に行こう!」
まずい、俺のアレが朝のように元気になってきた。
「それがいい。私とヨウコも交えてじっくりと話をする必要があるだろう」
「はあ! ハインと一緒に?」
「い、いや、お互いわだかまりがあるから一緒に行って仲直り、せめて喧嘩だけでもしないようにしよう」
俺はアリシアの両手をがっちりと掴んで食堂に向かった。
俺達4人が教室を出た瞬間、教室が騒がしくなった。
食堂はビュッフェ形式になっている。
みんなの顔を伺う。
アリシアはハインの事を嫌っていて見ただけで怒りが伝わってくる。
ハインはその視線を気にせず笑顔だ。
ヨウコは真顔で何を考えているのか分からない。
プレートに山盛りの食事を盛る。
「ヨウコ、残すと駄目だから食べられる分だけ盛ってもっと食べられると思ったらまた並んで食事を取ろう。残すと怒られるからね」
ヨウコはコクリと頷いた。
そして更に山盛りの食事を盛りつける。
言った事と逆をやってる。
真顔だけど食事を盛りつけるヨウコは不思議と楽しそうに見えた。
みんな俺達に近づいてこない。
ビュッフェが取り放題で並ばなくていいけど不安しかない。
「あそこにしよう」
ハインが4人座れる丸いテーブルを指差した。
「アリシアは席の並びについて色々思う所があるだろう」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。アリシア、どこに誰を座らせたい?」
アリシアはいつもならハインを対面に座らせて距離を取るだろう。
「……ハインはそこ、ヤリスはそこでヨウコはそこ」
思った通りだ。
俺の左にアリシア、右にハイン、そして俺の目の前にヨウコだ。
「やはりヨウコとヤリスを離したか」
「ハインが決めさせたんじゃない」
「その通りだ」
「まずは食べよう」
「食事を楽しもう、はっははははははは!」
アリシアはハインを警戒している。
ヨウコは何を考えているか分からない。
ハインの食事は一般的な量だ。
俺は食べなくても回復出来るけど一般的な食事を盛って来ている。
目立つ気はない。
アリシアはサンドイッチとスープだけ、吸血さえ出来れば食べなくても大丈夫なのだ。
吸血を週に1回だけするだけでも余裕で持つらしい。
休めば魔力も回復する。
でも連続で魔法を使用するためには頻繁に吸血をする必要がある。
問題はヨウコだ。
ビュッフェの全種類を山のように盛って食べている。
食べ方に品はあるけど常に口をもぐもぐと動かしている。
「ヤリス、どうしてヨウコの方ばかりを向いているの? そんなにヨウコが気になるのかしら?」
「い、いやあ、よく食べるなあと思って」
「……本当に全部食べられるのかしら?」
「食べられるんじゃない?」
そう言いながらヨウコ以外の3人が食事を終えた。
ヨウコは一定のペースで口をもぐもぐさせ続けている。
「で?」
アリシアが短く言った。
アリシアの機嫌はとても悪い。
「まずはヨウコの境遇から語ろう」
「ヨウコが言えばいいじゃない」
「ヨウコは話すのが苦手なんだ」
「ヨウコは東方の国で生まれ……」
ハインが饒舌に話を続ける。
15才になって妖怪扱いをされてこの国で引き取ったと、そう言う事か。
「……と、言うわけだ」
「話が長いのよ」
アリシアはハインへの当たりが強い。
「結論だけを言えば怒る。丁寧に話せば文句が出る。どう話せば納得する?」
「納得は無いわ。大変だったのは分かるけど納得はしない」
アリシアとハインの話は終わらない。
ヨウコを見ると黙々と真顔で食事を続ける。
ヨウコが動きを止めて俺を見た。
目が合う。
「「……」」
肉をフォークに刺す。
そして俺にフォークを伸ばす。
あーんをしているのか?
「自分の分は自分で食べなさい!」
「……」
ヨウコは伸ばした手をすっと引っ込めて食事を続けた。
ハインは一歩も引かない。
アリシアは機嫌が悪い。
ヨウコは何を考えているか分からない。
何も実りが無いままハインとアリシアは1歩も譲らぬまま食事が終わった。
4時限目が終わったらすぐに帰ろう。
今日は日が悪い。
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