第2話 ゴーストの森からの脱出

おそらく俺は転生術に失敗して人間に転生してしまった。

しかし今はその事を考えている場合ではない。


この体からは魔力をほぼ感じない。

魔王だった頃を100とすると0を何個並べた後に1をおけば良いのかわからないくらいだ。


魔法はイメージできる事象であれば、なんでも具現化できる。

魔力はイメージを具現化するためのエネルギーだ。

なので少ないと、発動しなかったりスケールが小さいものが生成される。


なのでこの体は魔王時代に使っていた魔力の消費が大きい強力な魔法が使うことができない。


幸いにも若い体でよく鍛えているからなのか、俊敏な動きができる。

これなら俺の華麗な剣捌きも披露することができるだろう。


だが、この森にいる何かは20人程度の武装した人間の集団を倒しているのだ、油断はできない。


今、死んでしまったら今度こそ終わりだ。


「申し訳ないが、使えそうな物があったら貰っていくか。」


なんだか盗賊みたいだが転がっている死体から使えそうな物がないか物色する。

ちょっと前まで威厳ある魔王様だったのになんだか泣けてくる。


「こいつらはなにものだ?人間の国の正規兵か?。」


松明や食料、強そうな酒などが見つかったので拝借しておいた。


野宿の準備でもしていたのだろうか、火の跡がいくつもある。少し煙臭い。

さらに物色していると1人だけ、他の者よりも上等な武具を装備している死体を見つけた。


「隊長か?

はめている指輪はマジックアイテムのようだな何かに使えるかもしれないから、いただいておこう。」


指輪を取ると彼の脇に手帳が開いて落ちていることに気付く。


『魔術師に騙された』と書かれているページが開かれている日記かな?


そういえば、この集団には魔術師がいないな。


「…ぅううぅぅ」


後ろからうめき声が聞こえた。

全員死んでいたと思っていたが、だれか生きていたのか?

振り返ってみるとそこには黒いボロボロの布を纏った魔物が空中にゆらゆらと漂いながらこちらに向かって来ている。


「ゴースト…

なるほどゴーストに魂を吸い取られたから死体に外傷がなかったのか。」


ゴーストはガス状なので物理攻撃をして来ない代わりに物理攻撃が効かない。

獲物の全身をガス状の体で包み込んで魂を吸引していく魔物だ。


確か、火が弱点のはずだ、炎魔法で葬ってくれるわ。


俺は炎魔法を放つ。

マッチよりは火力がありそうな炎が放出されて俺とゴーストの間で消えた。

魔力が少なすぎて魔法の威力が弱すぎる。


「なんだこの体!魔力少なすぎるだろ!」


思わず叫んでしまったがゴーストはそんなことはお構いなしに近づいて来る。

少ない魔力をこんなところで使い切るわけにはいかない。

全速力で逃げることにしよう!


ゴーストには斬撃や打撃といった直接攻撃は効かない。

有効な攻撃手段が少なすぎるのだ!


「悪く思うなよゴースト!

こういう時は逃げるが勝ちなのだ!

ワハハハハ…」


反転して逃げ出そうとしたが後ろにもゴーストがいた。


「腹を括って戦うしかないか。」


死体から拝借していた松明に火を付ける。

これなら多少のダメージは入るだろう。


まずは目の前のゴーストを松明で殴り、反転して後ろのゴーストも殴る。


「ギャァ!」


ゴーストは悲鳴をあげて後退して距離を取る。

効いているようだ2体ならなんとか倒せるかもしれない!


「キャアアアアアア!」


ゴーストが金属同士が擦れるような不快な声で突然叫び出した。


仲間を呼んだのだ。

この人間達はゴーストに囲まれて全滅したに違いない。


俺はもう一本残っていた松明にも火を付けて先ほど拝借した指輪に魔力を込めると反応して細い光線が出る。

どこかへの道標か?

戦いには使えそうにはない。


「さっさとこの2体を倒して、逃げないと死んじまうな。」


緊張感のある戦いは好きだが、死ぬのはごめんだ。


まずは一体に集中してする、一気に踏み込み懐に入り松明を双剣の様に扱いゴーストを何度も殴る。


もう一体のゴーストを近寄らせない様、牽制しながら戦う。


「うおおぉぉぉ!」


会心の一撃が入った。

みたか俺の剣捌き!ならぬ松明捌き!

これに懲りたらもう2度と俺に歯向かうじゃない!

目の前のゴーストが消滅していく。


「さあ次だ!」


だが俺の勢いはここで止まった。

先ほど呼ばれたゴーストの仲間達が続々と集まって来ている。

囲まれているようだ。

死の恐怖が徐々に込み上げてくる。


「落ちるけ、焦るな、冷静になれ!

何度も死線は潜り抜けて来た、生き抜いて勝ってきたから魔王まで上り詰めたんだ!

こんなところで死んでたまるか!」


よく見ると1方向だけゴーストの数が少ない、そこを突破しよう。

向こう側にオレンジ色の光が見える、導かれているに違いない!


煙の匂いが鼻につく、松明が燃え切る前に突破しないとな。


「あああぁぁ!」


俺は気合を入れてゴーストが少ない方向へ突っ込んだ。

手当たり次第、松明でゴーストを殴って退ける、倒さなくてもいい!

とにかく前に進む!


ゴーストに捕捉されて魂を吸われてしまったら終わりだ!


しばらく、松明をぶん回して進んでいるとゴーストの群を抜ける事ができた。

このまま走れば逃げ切れる!


しかし、そう上手くはいかない。

先ほどいた地点から見えていたオレンジ色の光は炎だった。

あたり一面が燃えている。


「山火事か…

どおりでこっち側はゴーストが少なかったわけだ。」


火の勢いが強すぎる、この中を突き進むのは無理だろう。


後ろからはゴースト達が追いかけてきている。

前方に山火事、後方にはゴーストの群れ逃げ場がない。


燃え尽きそうな松明を見ながら、俺は呆然としてしまった。


「せっかく転生したのに、ここまでか。

勇者シルバにもう一度会ってぶん殴りたかったぜ…」


指輪が悲しげにキラキラ光っているように見える、俺のために泣いてくれてるのか?

短い付き合いだがありがとよ。


少し悲観的になってしまったが、よく考えてみる。


この指輪は最初から一貫してどこかを示しているように、光線が出ていた。


俺には祈る神も、縋る相手もいない。

指輪が示す方向に賭けてみる事にしよう。


しかし、そこにはゴーストがいる。

俺は拝借していた酒を体にかけて自分に火を付けた。

全身に火が付く。

火だるまになってゴーストが触れられないようにしてやった。


「俺の豪運に幸あれ!」


ゴーストを蹴散らし一心不乱に走った、どれだけ走ったかわからない、身体中が痛い、熱い!

火傷はしているだろがこれで生き残れたら、安いものだ。


「あっ」


情けない声が出た、走る事に集中しすぎて前をよく見ていなかった。

俺は崖から落ちた。


バシャーン!!!!!


大きな水飛沫をあげて俺は川の中に落ちた。

重い鎧を水中で脱ぎ捨て水面に上がる。

下が水で本当に良かった。


浮いている丸太にしがみつき、流れに身を任せる。


見上げると炎が轟々と燃え広がり、ゴースト達の悲鳴が聞こえて来た。

先ほどは不快に感じた悲鳴も生き延びた今では歓喜の声に聞こえる。

指輪の光はいつの間にか消えていた。


「絶対生き残って、魔王に返り咲いてやる。」


俺はそう呟いてそのまま気を失った。


「おーい、大丈夫ですか?」

 

どこかで聞いた事がある声が聞こえる。

目を開けると歪んだ空間の中に寝っ転がっていた。

俺は見覚えのある魔王ネロスの体に戻っているが、自分の体から魔力は一切感じない。


「こっちですよ。」


声が聞こえる方向を見ると、霧のようなモヤモヤした白くて丸い物体が浮いている。

こいつは確か、俺が転生した時に散々俺の魂を引っ張り回して、最終的にこの体の中に魂をぶち込んでくれたやつだ。

森での出来事を考えると徐々に怒りが湧いてきた。


「へぼい体に俺の魂を入れやがって、危うく死にかけたぞ!

だいたい、何者なんだお前は!ここはどこなんだ!」


つい乱してしまった。

クールで知的な魔王様キャラで貫いて来たんだが台無しだ。

だが、魔法を満足に使えない体に転生させられたんだ文句の一つぐらい言ってもいいだろう。


「僕はグラディウス・エルドランドだ。

この場所の説明は難しいな、生死の狭間とでも言えばいいかな?」


そいつは約5000年前に原始の魔王を倒し人間共に神と崇め奉られている初代勇者『グラディウス』だとほざいてやがる。


「じゃあなんだ、神格化された伝説の勇者様直々に俺のトドメを刺しに来たのか?光栄なことだ。」


グラディウスは真面目な口調で言った。


「違うよ、ネロス君に頼みたいことがあるんだ。

人間を救って欲しい。」


何言ってんだこいつ俺は魔王だぞ?

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