第32話 奪還

「———見た目に反して、随分とキモチワル場所だな」


 俺が転移した先は、教会の聖堂だった。

 明らかにあの廃病院の中ではない。

 太陽の光が天井のステンドグラスを彩り、正面に見える5メートルくらいあるだろう女性の像は光に照らされて何処か神秘的な印象を受ける。


 ただ、神秘的なのはあくまで見た目だけ。

 この教会内は全て、邪神の魔力の影響でむせ返る程の死臭が蔓延している。

 普通の人ならあまりの不快な臭いに、吐くか、気絶しているだろう。


「…………一旦崩壊しない程度に教会ブッ壊すか?」


 あまりの不快感に1度空気の入れ替えをしようかと真面目に考える俺の下に、続々と狂信者達が現れる。

 狂信者達は各々武器を持っており……完全に此方を殺す気満々だった。

 視点の合っていない血走った瞳に深い憎悪を宿し、殺気を放ちながらゾロゾロとやってくる狂信者達の姿に、俺は本気で顔を顰めてげんなりする。


「背信者を滅ぼせー!! 教祖様の下へ行かせるなーーッッ!!」

「「「「「「「背信者を滅ぼせ!!」」」」」」」」

「もう怖えよ。まぁ大元を辿ればこうした教祖様とか言う奴が悪いんだろうけど……こっちも友達のために引けないんでな」


 俺は小さく息を吐き———駆ける。

 小細工なしの正面突破だ。


「く、来るぞ———うっ!?」


 警戒の声を上げる男へと、駆け抜けざまにサバイバルナイフを振るう。

 刃はなぞる様に男の頸動脈を断った。


 飛び散る鮮血。

 男は首を押さえるも止まらぬ血に、瞳に恐怖を宿し……光を失った。

 あっという間に命を散らした身体は、骨を抜き取られたかの様に崩れ落ちる。


 ……チッ。


 俺は、僅かな罪悪感を呑み込む。

 とは言え、相手は敵だ。

 例え向こうにどんな事情があろう知ったこっちゃないし……情けをかけるなんて愚者の選択としか言いようがない。

 そもそも、レイを連れ去り生贄にしようとしている時点で、俺がコイツらを殺す理由付けとしては十分だった。


「———ふぅ……よし」


 深呼吸をして鬱屈とした気持ちを吐き出す。

 ゆっくり瞑目し———開眼と共に背後に立つ狂信者の女の頭部に裏拳を当てた。

 

 ———パァァァンッッ!!


 風船の様に破裂する頭部。

 頭部の消えた女の首元からは大量の鮮血が降り注ぎ、真っ白な床を赤く染めた。

 しかし俺は、直ぐに視線を切って次々と敵の頸動脈を正確に斬り裂いていく。


「う、うぁぁぁぁぁ!!」

「ダークサイド様ぁぁぁぁぁぁ!!」

「教祖様ぁぁぁぁぁぁ!!」


 神聖な聖堂に断末魔がこだまする。

 僅か数秒の間に3分の1を殺された狂信者側は、絶えず響き渡る断末魔と相まって、僅かに怯み、後退った。

 そんな時———何やら少し他と違う司祭的立ち位置らしき男が叫ぶ。


「信者達よ! 首を護るのです!! 背信者は頸動脈を———」

「———わざわざ自分から指揮官だって伝えてくれてありがとな」

「なっ!?」


 突如真横に現れた俺に、黒の修道服に金のチェーンを付けた巨漢が顔を驚愕に染める。

 何やら反射的に手に持ったモーニングスターを振ろうとしていたが、あまりにも遅い。

 その時既に、サバイバルナイフの刃は巨漢の頸動脈を斬り裂いていた。

 

 驚愕に染まった表情———それが、彼の最後の顔だった。

 

「し、司祭様が殺られた……!?」

「嘘だ……ダークサイド様の加護を受けた司祭様が……」

「だ、ダークサイド様ァァァァァ!!」


 教祖とかいう奴は司祭以上は死なないとかでも言ってたのか?

 

 信じられないといった表情で地に伏した巨漢を眺める狂信者達の様子を見れば、俺の推測も強ち間違っていないのかもしれない。

 ただ、これで先に進める。


「大分時間が掛かった……急がねぇと」


 俺の中に込み上がる焦燥を抑え、奥へと駆けた。









「———レイ!!」


 女性の像の横にあった通路を奥に進むこと数十秒。

 俺は遂にレイを見つけた。


 レイが居たのは、西洋の祭壇の様な見た目の部屋だった。

 ただ、祭壇の床にはこの世界の文字とは思えぬ幾何学的な文字で綴られた円形の魔法陣が刻まれている。

 その魔法陣は膨大な魔力を取り込んで淡く光り輝いており、レイはそんな魔法陣の中心で不自然に浮遊しながら魔力を吸い取られていた。


「レイ……!!」

「…………」


 俺の呼び掛けに大切な友達である白髪の少女は応じない。

 意識が無いのかぐったりしており……魔力が限界以上に抜かれ続けているせいで霊体が透け始め、朧げに後ろの光景が見えるようになっていた。


「今助けるからな……!!」


 レイの下に駆けながら、俺はサバイバルナイフに魔力を籠める。

 青白い魔力がサバイバルナイフの刃を形取り、刃を伸ばした。


 先ずは魔法陣とレイとの魔力の繋がりを断ち切らねぇと……。


 魔力の性質を変え、瞳に魔力を宿す。 

 すると、視界がフィルターを介したかの様に色を無くした。

 しかし、これで普段は見ることの出来ない魔力まで見ることが出来る。


 そんな俺の瞳に映ったのは———魔法陣から伸びる幾数もの不可視の鎖がレイをキツく締め付けている様子だった。


「っ!?」

 

 爆発しそうな怒りを抑えようと血が出るほどに唇を噛む。

 サバイバルナイフを握る手に力が籠もる。


 俺はレイを縛る鎖を斬り裂———。


 レイの姿に動揺していたからだろうか。

 俺は、禍々しい濃い紫色の銃を構えた女に気付かなかった。

 

 ———バンッ!!


 発砲音と共に、邪神の魔力を纏う弾丸が空を切り裂いて飛翔。

 俺の脳天を撃ち抜こうという意志の籠もった弾丸が迫る。


「くそッ……」


 咄嗟に空中で身体を捻り、弾丸を両断。

 再度レイを縛る鎖を断ち切ろうとするも———連続で弾丸が迫る。


 修道服に身を包み、禍々しい銃を構えた紫色の髪をした女が俺が対処することを見込んで既にもう5発撃っていたのだ。

 だが———。


「その攻撃はもう見切ったぞ……!」


 俺は全身を強化後、分解の性質を持った魔力で外側を覆う。

 同時に弾丸が身体に直撃。

 弾丸は俺の魔力の膜を貫くことが出来ずに力を失い、地面に落ちる。


「!?!?」


 流石の女も驚きに瞠目し、焦った様子で再び発砲する。

 しかし俺は気にすること無く———。



「———だ、ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 女の絶叫を無視してサバイバルナイフを振るった。


 刹那の内に鎖を斬り刻む。

 斬り刻まれ、バラバラとなった鎖は光の粒子となって消失。

 鎖が消えた事でレイへの束縛も消え、レイの身体が支えを失い落下。



「———レイッッ!!」



 俺はスライディングしながら落ちるレイの身体を受け止めた。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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