第31話 狂信者

 ———時間は遡って10分前。


「ここか……」


 俺は眼前に広がる光景を眺めながら小さく零した。


 昼にも関わらずここら一帯は何故か人が少なく、何なら手入れもされていないのか、雑草が無作為に生え、木も縦横無尽に枝を張り巡らせていた。

 そして、半ば無法地帯とかしている一帯の中でも最も目に付くのは———不気味な雰囲気の廃病院だ。

 まぁ廃病院と言ってもアトラクションの1つなのだが。

 

 しかし、透を追ってこの廃病院に来たのだが……どうやらこの廃病院、開園から2ヶ月程度で運行停止となったらしい。

 何でも、遊園地側が用意していない修道士姿の幽霊が見えたから、とのことだ。

 

「……奴らは数年前からこの場所を拠点にしてたわけだ」

 

 何でここまで皆んな放っておいたのか知らないが……まぁ今はなんでも良い。


「達、お手柄だな」

「お、我が盟友よ! 奴らはここに入って行ったぞ! ふっ、我の全てを見通す魔眼を前にあらゆる隠し事は通用しない!」


 少し離れた場所から廃病院を眺めていた透がホッと安堵のため息を吐くと同時に駆け寄ってくる。


「ごめん……剣人。俺じゃあレイちゃんが連れ去られるのを黙って見ていることしかできなかった……」


 何処か悔やむ様に唇を噛む透。

 だが、透を責めるつもりは毛頭ない。

 寧ろ感謝まだしている。


「気にすんなよ、透。お前のお陰でこうして俺が直ぐに駆け付けられたんだから、お前は十分に頑張ったじゃないか」

「……ありがとう。それと、気を付けてな、親友」

「お前もな、親友」


 そう言ってお互いに拳をコツンっとぶつけ合った。










「———なるほど。こりゃバレないわけだ」


 太陽の光が一切入らない暗闇。

 目に飛びこむ数々の病院の器具と仕掛け。

 そして———魔力の溜まりやすい病院だというのに他の場所と魔力濃度が同率。


 廃病院に入った俺は、進行順路の表示に従って駆け抜けながら……一見何の変哲もないこの場所に、僅かに感嘆の声を上げた。


 理由は至ってシンプル。

 この場所に張られた結界が、彼方の世界の熟練の結界術師と比べても遜色ない程の隠密性を誇っていたからだ。


「俺でも中に入るまで気付かない結界か。他の奴らが気付かないのも無理はない」


 ただ、こうなって来ると少しマズい。

 術を使えなくなる不思議な力といい、この結界といい……敵が相当な腕を持っていることになる。

 

「少し急がないとマズそうだな……」


 俺は更に速度を上げようと魔力を———。



「…………ん?」



 ほんの一瞬だけだが、僅かに感じた小さな違和感に首を傾げた。


 因みに今俺がいるここは、メスやクーパー剪刀が手術台の横に置かれ……手術台の上には結構リアルな患者の人形が置いてある、手術室がコンセプトの様な部屋だ。

 不気味だが、おかしなところは何も……。



「———見つけました、我が神よ」



 俺は咄嗟に回避行動に出る。

 刹那———俺がいた場所にドロっとした気持ちの悪い魔力の塊が通り過ぎた。

 気持ちの悪い魔力は壁に当たった途端に壁をドロドロに溶かす。


「……いきなりとは、随分と物騒なお出迎えじゃねぇか」


 俺は、突如何もない壁から現れた黒色の修道服姿の男を見据える。

 対する男は、俺が死ななかったことに落胆の声を漏らした。


「避けました、か……いけません。こんな神のお心に背く行為……赦されません! 神のお力を避けるなど万死に値します!! この背信者め!!」

「おぉ……避けただけで背信者認定されんのかよ。ヤバ過ぎるだろ……まぁでも何か逆に安心するわ」


 やはりどの世界でも、狂信者がヤバいってのは通説らしいってな。

 ただ、これで罪悪感なく殺れる。


 俺は血走った目で此方を睨み付け、怒りで息が荒くなった男を見据える。

 刹那———手刀で首を刈り取った。

 

 ———ブシャァァァァァァッッ。


 頭が宙を舞う。

 切断面から血が噴き出し、頭を失った胴体が力なく倒れる。

 首が地面に落ち、男が首だけの状態で間抜けた表情を浮かべた。


「…………え?」

「お前らと話が通じないのは痛いほど分かってるんでな。悪いな」


 それにそもそも尋問している時間もない。

 

 俺は男の死体から視線を切り、男が現れた壁に目をやる。

 一見何の変哲もない壁だが……男が現れてくれたお陰で魔力反応が起き、此処が一種の転移陣である事が分かった。

 恐らくここに入れば敵の巣窟へと行けるだろう。


「さて、それじゃあ行こ———おいおいマジかよ……」


 俺は辟易とした声を漏らす。


 大して広くもないこの空間に、続々と先程殺した男と同じ修道服の者達が現れる。

 性別など関係なく、皆が皆、死体が腐ったみたいな臭いの気持ちの悪い魔力を纏っているため……あまりの臭さに鼻を押さえて顔を顰めた。


 ……臭ぇ……邪神の気持ち悪い魔力の臭いがプンプン臭ってきやがるな。

 これだから邪神崇拝者は嫌いなんだ。


 俺が面倒臭さに大きくため息を吐いていると……1人の女が首無しの死体を見つけた。

 途端に死体へとしだれがかり……唐突に涙を流し始めた。


「あぁ!? 何ということでしょう!? きっとこの気持ちの悪い気配をした男に殺されたに違いないです! あぁ、神のお心に背く賤しい背信者め! 神の使徒たる我らの仲間を殺すなんて許しません!!」

「「「「「下賤な背信者め!!」」」」」


 ……何か酷い言われようだな。

 まぁ狂信者こそ仲間への執着が強いからこうなるのも予想してたけど……。




「———巫山戯んな」




 流石にこうも一方的に言われると、少しイラっとくる。


「俺の大切な人を奪っておいて……他人にとって大切なモノを奪っておいて何被害者ぶってんだ」

 

 俺の言葉に呼応する様に、可視化された青白い魔力が渦巻く。

 ポケットから取り出したサバイバルナイフに魔力を纏わせれば、魔力が徐々に凝固し始め……最終的に刃渡り50センチ程の短刀へと変化した。

 俺は短刀を構えながら、冷めた瞳を奴らに向ける。




「いいかお前ら。———相手から理不尽に奪うなら……逆に自分達が理不尽に奪われる覚悟をしておけ、腐れ外道共が」




 俺は短刀を握る手に力を込める。

 同時に———全てを斬り裂いた。


 幾重もの閃光が迸る。


 悲鳴はない。

 音もない。

 魔力も揺れ動かない。

 風も立つこともなく、凪いだ海の様に穏やかな時が訪れる。


「……行くか」


 後に残るは、斬り刻まれた死体の山。

 徐々に黒ずむ血溜まり。



 そして———何処までも続く静寂だった。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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