第26話 闘いと呼べないナニカ(レイside)

 ———先ほどの剣人の言葉で思い出したが……剣人の心は、2つある。


 正確に言えば……剣人の心は1つだが、心象世界が2つあるということだ。

 そんな事、普通はあり得ない。

 人間の命が1つのように、心象世界も普通は1つだけと決まっている。


 因みに心象世界は、謂わばその人の心の有り様を正確に表す擬似世界。

 よって心象世界は人それぞれである。


 私———レイは、相手の心象世界に侵入できる力がある。

 それも侵入しても何もしなければ決してバレない。

 この力は幽霊になった時に手に入れたモノで、それを私はこれまで三条悠真を倒せる素質を持った人間を探すために使っていた。


 だから私は相手を判断する時、見た目や性格からではなく……心象世界で判断する。

 心象世界は決して嘘は付けないし、自らの意思で変えることも出来ない。

 これほど確実な判断材料はないと思っている。


 そうして学校にいる間に何十何百何千何万という人の心象世界を見る中で———剣人と出会った。

 

 見た目も性格も普通そのもの。

 透は多少面白い心象世界を持っていたがそれまで。

 だから私は半ば期待せずに、いつも通り彼の心象世界を覗き込もうとした。

 すると、直ぐに見れた。


 正午過ぎの青空。

 地面には蝶の舞う花畑があり、様々な動物が暮らし、真ん中には一軒の家と家族の姿。


 そこそこありがちな心象世界だ。

 普通に良い人だと思うが……三条悠真を倒すのは不可能である。

 そうして諦めかけたその時———。



 突如———今までの心象世界が塗り替えられ始めた。



 ボロボロと空が崩れ落ち、花畑が枯れる。

 動物達がドロっと液体のように溶け、一軒家が崩れる。

 

 そして塗り変わった私が見たのは———。





 ———空には暗雲の隙間から微かに見える月夜。地面には黒ずんだ大量の血の海。そして数百万の死体の山の頂上に刺さった、月光に輝くの漆黒と白銀の剣。





 その心象世界を見た時、私は今まで感じたことの無い殺気に、背筋が凍った。

 同時に———彼に決めた。



「———俺の心に入ろうとしてきたのは、この槍の特性か?」



 剣人の声で、過去のことを思い出していた私の意識が現実に戻る。

 剣人が、吐血しながら忌々しげな視線を剣人に向ける三芳銀牙を無視して……壁に突き刺さった鋼色の槍を引き抜いた。

 照明の光を反射して、鈍く輝く。


 途端、禍々しい闇が槍から噴き出す。

 闇はどろりとした液体の様に剣人の腕に纏わり付いた。


「嘘……何で自ら触れに行くの……!? 朝山君、触れたらダメよ! それは———」

「あー、別に大丈夫。2度と同じヘマはしねぇよ」


 焦った様子で叫ぶ渚沙の言葉に、剣人が膨大な霊力を内側から爆発させて闇を吹き飛ばした。

 そして腕をプラプラ振りながら言う。


「何なんだこの槍は……この世界より水準の高いあっちの世界でも中々ないくらい強力な武器じゃねぇか。お前程度の使い手じゃあこの槍が泣くぞ」


 槍を地面に突き刺し、呆れた様に三芳銀牙へ視線を向ける。

 対する三芳銀牙は、自らに治癒術を施しながら殺気の籠もった瞳で剣人を睨み付けていた。


「グッ……テメェ……一体俺に何をしたァッッ!!」

「見たら分かるだろ。お前の槍を弾いただけだ。あまりに軽くてびっくりしたぞ」

「テメェぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 激昂した三芳銀牙が全身に強化術を施し、突き刺さった槍を抜きながら流れるように刺突。

 誰が見ても完璧な一撃だ。

 相手が剣人でなければ、の話だが。


 ———ガキィィィィィィィ!!

 

 空間に甲高い金属音が響き渡った。

 槍の穂先と木刀の刃が火花を散らし、せめぎ合う。


「ば、馬鹿な……今の一撃を受け止めただと……!?」


 私の隣では、腰に日本刀を差し、磨き上げられた武人の気配を纏った老人———二条歳三が驚愕に目を見開いていた。

 彼は渚沙に聞いた話によると、二条家の当主で退魔連盟一の剣の使い手らしい。

 そんな彼が驚愕するのだから、よほど剣人が凄いことをしたのだろう。


「……流石、私が見込んだ人」


 私は小さく笑みを浮かべ、剣人を眺める。

 剣人は何か思い付いた様で、剣を肩に担いで言った。



「———決めた。今から、俺は魔力を一切使わずお前と戦う。勿論お前は何でもアリだ。これで俺が勝てば、お前のプライドも傲慢も自信も木っ端微塵だろ」



 その言葉に、私達観戦組がどよめく。

 口々に『なんと愚かなことを……』と言った類の言葉を言い合い、剣人に冷めた目を向けていた。


「……素晴らしいのぅ……!! 儂に見せてくれ……お主の剣を。儂も必ずお主の領域に到達してみせるのでな……!!」


 前言撤回。

 二条歳三だけは子供の様にワクワクしていた。

 目もキラキラと輝かせている。


 そして、当人たる三芳銀牙はと言うと……。



「———クククッ……やっぱり馬鹿だなァテメェはよォ!! この俺に霊力による強化も無しに勝てるわけ無いだろうがッ!!」



 槍を握り締め、心底馬鹿にしたような目で剣人を見ていた。 

 同時に全身に強化術を更に施し、槍に霊力を供給する。

 槍が怪しげに光り、ドロリとした纏わり付く様な闇が生まれた。


「死んであの世で後悔するんだなァ!!」


 全身を淡く光らせた三芳銀牙が地を蹴る。


 ———ドンッッ!!


 地面が陥没し、三芳銀牙の身体がかき消える。

 少し遅れて身体に響く様な重低音が発生。

 その時既に、三芳銀牙は剣人の眼前に居た。


「死ねぇぇぇぇぇぇッッ!!」


 放たれる刺突。

 音を置き去りにした一撃。

 ドロリとした闇の瘴気が呑み込まんと剣人に手を伸ばす。



 ———閃光が疾走る。



 瞬きの間に、剣の様に鋭い閃光が網目状に幾重にも。

 そして———。

 

 ———スパパパパパパパァァァァン!!


 閃光が走った部分の闇の瘴気が斬り刻まれ、消滅。

 更には、いつの間にか木刀の切っ先を三芳銀牙の首筋に添えていた。


「これで、1キル。次だ」

「ぐっ……クソがァァァァァ!!」


 屈辱に顔を歪ませた三芳銀牙が、目にも止まらぬ刺突の雨を降らせる。

 しかし、その全てが剣人には届かない。


「遅いし、無駄が多い」


 剣人はそう言うと、刺突の雨の隙を縫って———再び木刀を三芳銀牙の首筋に添えた。

 三芳銀牙の動きが止まる。

 

「2キル目。さぁ、どんどん来い」

「ウォォォォォォォォッッ!!」


 三芳銀牙が吠える。

 怒りと屈辱と絶望を綯交ぜにした表情で、槍を振るう、振るう、振るう。

 風切音が爆発音に変わり、衝撃波がここまでやって来る。


 対する剣人は、その場から一歩も動かずに全ての槍撃を木刀で弾く、弾く、弾く。

 涼しい顔で、片手間の様に。

 

 もはや私には光の残像しか見えないが……剣人側から発生する光の残像が、三芳銀牙側の光の残像を遥かに圧倒していた。


「何故だ……何故だ何故だ何故だ何故だァああああああ!!」

「簡単なことだ。俺が上で、お前が下———ただそれだけのことだよ」

「ァァァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 絶叫を上げる三芳銀牙。

 その表情は絶望と失意に打ちひしがれていた。


 刹那———剣人の身体がブレる。


 予備動作は勿論、音すら無い。

 誰もが知覚出来ず、三芳銀牙さえも突然目の前にいたはずの者が居なくなって驚愕に目を見開いた。


 

「ど、何処に行っ———」

「———此処だよ」



 気付けば。

 さも初めからそこに居たかのように、三芳銀牙の真隣に剣人が立っている。

 そして———。




「いいか、次に何かあれば———斬る」




 その言葉と同時に、木刀を薙ぐ。

 煌めく剣閃。

 一瞬より短い時間で目標三芳銀牙に到達した木刀が横腹に直撃。

 軽々と三芳銀牙を弾き飛ばした。


 闘いとも呼べないナニカが、今———終わりを告げた。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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