第23話 名家の弊害
俺とレイが通されたのは、和風な屋敷には異質な洋風の部屋。
アニメやドラマ度々登場する社長室の様な洋室———『当主執務室』には、これまたこの部屋に似合わぬ着物姿の女性がいた。
「———初めまして、朝山剣人君。私の名前は三条静香、三条家当主です。先日はウチの娘がごめんなさい」
———当主、三条静香。
肩まである渚沙と同じ黒曜石のような漆黒の髪と漆黒の瞳。
渚沙を少し成長させたような容姿に……渚沙とは比べのもにならない超巨大な胸部装甲が着物越しにも関わらず激しく主張している。
芯がありながらも妖艶な気配を纏った大人の女性たる彼女は、俺に抱擁力を感じさせる柔らかで優しげな笑みを浮かべている。
だが———その笑顔は貼り付けられたモノだ、と確信していた。
謂わば、外面。
俺に警戒心を抱かせない様に優しそうで妖艶な女性を演じているに過ぎない。
あちらの世界によく居た———屑と良く似ていた。
……反吐が出る。
俺が過去を思い出して心の中にドロッとした何かが生まれると同時に、三条静香が僅かに瞠目。
一瞬焦りを見せるも、直ぐに薄っぺらい笑みを消す。
そして雰囲気を一変させ……隠していたらしい上に立つ者の風格を醸し出した。
「———そんな険しい顔はやめてくれないかしら? ごめんなさい、どうやら貴方は私のこの感じが嫌な様ね」
「……初対面で悪いが、出来れば2度としないで欲しいくらいには嫌いだ」
俺が顔を顰めて吐き捨てると、今度こそ三条静香が驚愕に目を見開いた。
彼女は、僅かに震えた声を発する。
「貴方……いえ、深くは聞かないでおくわ」
「そうしてくれ。それで……どうして俺達は此処に通されたんだ? 俺もレイ……おい、お前はマジで何をしているんだ」
俺は夢中で和菓子を貪り食うレイを見下ろす。
レイは『やべっ、バレちった』みたいな表情を浮かべた後……再び和菓子に手を伸ばし、首を傾げながら俺の口に近付けてくる。
「……美味い、よ? 剣人も、食べる」
「……後で貰うわ。それと、話は俺がしておくからレイは好きなだけ食っとけ」
「やった。流石、剣人」
ぱぁぁぁぁと目を輝かせたレイが僅かに目を細めながら再び和菓子を頬張る。
好きなことをさせてやると約束した手前、此処で止めさせることは出来なかった。
「優しいのね、剣人君は。流石玲奈様のお眼鏡に叶うだけあるわね。それと……私が此処に呼んだのは、貴方に少し質問したかったから。答えてくれるかしら?」
「答えられる範囲ならな」
「———藤木総司、三条悠真を斃したのは剣人君で間違いないわね?」
……いきなりぶっ込んでくるな。
ただ、俺には好対応だ。
俺は此方を値踏みするような視線で見つめてくる三条静香を見つめ返し、僅かに口角を上げた。
「———正解だ。それと、昨日酒呑童子を斃した。その際に大穴を開けてしまったんだが……何とかならないか?」
「……………………はい?」
三条静香が唖然とした様子で零す。
しかし徐々に俺の言葉を理解し出したのか、どんどん眉間に皺が寄り……最後には眉間に手を当て信じられないと言わんばかりに首を横に振った。
「……昨日のアレも、貴方の仕業だったのね……分かったわ。大穴については此方で何とかするから、剣人君は気にしなくて良いわよ。あと……少し準備があるから席を外してくれないかしら?」
「……あぁ分かった。それと、悪かった。ほら行くぞ、レイ」
「……分かった」
俺とレイは、襖を開き、部屋を出た。
「……超級最上位の酒呑童子を撃破、ね。必ず私の陣営に取り込まないと……」
「———おーい、渚沙ー! 何処だー?」
「なぎさー、和菓子くれー」
「レイ……お前まだ食うのか? 太るぞ」
確実に厄介払いとして部屋を追い出された俺達は、馬鹿広い屋敷の中で渚沙を探していた。
しかし俺があまりにも食い意地の張るレイに言った言葉に、ピクッと眉を動かしたレイがジト目を向けてくる。
「……剣人。女の子には、言ってはいけない言葉がある」
「そ、そうか……悪かった。でもあんまり食ってると……」
「———幽霊は、太らない」
「マジか。全世界の女子が欲しがりそうな能力だな」
それなら別に気にせず食べれば良いのか。
まぁ太ったらダイエットすれば良———。
「———渚沙ァ、良い加減俺のモノになったらどうだァ?」
「やめて、ください……! 此処は三条の本家ですよ……それに今日は来客も———」
「そんなの関係ねェよ。俺は三条家の次期当主候補だからなァ!」
何処からともなく聞こえてきた声に、俺の思考が遮られる。
高圧的で支配欲を隠そうともしない声。
こういう輩は、どの世界にもいるらしい。
そんな輩と対する渚沙は……酷く怯えた様に声が震えている。
俺が手加減しているとは言え、彼女に剣を向けた時すら怯えた様子を見せなかった渚沙が、だ。
「……こんな馬鹿広い家に住めて羨ましいとか思ってたが、前言撤回だ。やっぱり一般家庭が1番だな」
「……どうする?」
レイが俺を覗き込む。
さらりと白髪が靡き、光を反射してキラキラと輝いた。
透き通る淡い碧眼は期待と信頼の光で満ち溢れており、この後の俺の行動などお見通しの様だった。
「……はぁ、まぁ聞いてしまったからには無視出来ないよな」
「ん、ボコボコにしよ。それで、渚沙に和菓子を、要求する」
「あいよ。仰せのままに、お転婆姫様」
俺はレイへとわざとらしく畏まった口調と礼をした後、声のした方に駆ける。
どうもこの屋敷の中では気配が感じ取り辛いので、声だけが頼りであり……声の大きさ的に、それほど離れてはいないはずだ。
そう推測した俺の考えを肯定する様に、和室の大広間に着物姿の渚沙と如何にもオラオラ系と言った感じの金髪の青年が居た。
他にも十数人の人間がおり……どれも渚沙や金髪の青年には劣るものの、それなりの魔力を持っている。
「なァ……渚沙ァ?」
「……っ、な、何ですか……」
「あんまり拒否ってると……またお仕置きするぞォ?」
そう言って壁まで追い詰められた渚沙の顔の横に金髪の青年が手を付き———。
「———へぇ、それは死ぬほど
俺は金髪の青年の腕を掴み、獰猛な笑みを浮かべた。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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