第22話 三条家②

「———なぁ、三条。結局のところ……退魔連盟ってのは一体何なんだ?」


 俺はあまりの乗り心地の良さに爆睡するレイの図太さにドン引きしながら、前座席の三条渚沙に問い掛ける。

 すると、三条渚沙がルームミラー越しに此方を見ながら言った。


「渚沙で良いわ」

「は?」


 予想外で脈絡のない三条渚沙の言葉に、反射的に困惑の声が漏れていた。

 多分今の俺の表情は、きっと『何急に変なこと言ってんだコイツ……』みたいな感じになっていると思う。


「名前よ」

「いや、それは分かる。でも何で大して仲良くない奴を下の名前……」


 俺がそう答えると、ルームミラー越しに三条渚沙の眉がピクリと動く。


「……分かってるから一々言わないでくれる? それと、これから行く所は私の家族と親族がいる所よ? 三条呼びだと皆んな振り向くけれど」

「それで渚沙。退魔連盟って一体どんな組織なんだ?」


 俺は速攻で呼び方を変える。

 渚沙が一瞬で手のひらを返した俺に『マジかコイツ……』見たいな引き気味な視線を向けてくるが……女子を名前で呼ぶ羞恥心など、気まずさの前には意味をなさないのである。


 1回全く知らん奴らが一斉にこっちを向くのを想像してみろよ。

 普通にホラーより怖くてクソほど気まずいから。


 渚沙は視線から逃げるように目を逸らした俺に小さくため息を吐いた。


「……一言で言えば、秘密組織ね。人に危害を加える怪奇や他国の裏社会の人間などなど、一般人の知らない所の危険を対処する組織よ」

「何それカッコいい」


 俺ですらカッコいいって思うんだから、絶対透が聞いたら興奮で発狂するぞ。

 良かったな、渚沙。

 ここに透が居なくて。


 何て思いながら俺が若干前のめりになって聞いていると……渚沙が悲しげにため息を吐き、運転している片目に剣で斬られた様な傷のある60代の男性が何かを飲み込むように1度目を閉じた。


「———っていうのは、あくまで建前。実情は、お金を積まれればどんな悪人でも護るし、基本的に誰かに依頼されないと怪奇の対処もしないのよ。他国の裏社会の人間との取引も頻繁に行われてるらしいわ」

「何だ、やっぱりちゃんとヤバイ組織じゃないか」


 一瞬でもカッコいいと思ってしまった俺の子供心を返せ。

 でもそうなると……。


 俺はチラリと俺に寄り掛かって規則正しい寝息を立てるレイを見る。

 顔に半ば掛かった絹糸の様に艶のある白髪をそっと耳に掛けてやり、殆ど生きている人間と変わらぬその姿を眺めた。


「……レイは連れて来ない方が良かったか?」

「いえ、私の家なら玲奈様は神の如き御方だから誰も手出しはしないわ」

「そうか……ところで、レイって結構昔の人みたいだけど、名前が今っぽいのは何でだ?」


 俺はずっと気になっていたことを尋ねてみる。


 俺の中で昔の人って『お清』とか『お菊』とかの名前のイメージなんだよな。

 だから玲奈って名前に違和感があるんだが……。


「あぁ、そのことね。理由は私にもあまり分からないのだけれど……玲奈様の名前、どの書物にも書かれてないのよ」

「は? でもレイは次期最強の退魔師だって」

「ええ、その記録はあるし、玲奈様と思われることも記述されてる。でも肝心な玲奈様と三条悠真……悪霊となった彼の名前は不明で、後から先代の当主様が付けた名前らしいわ」


 ……何か釈然としないな。


 俺がそう顔を顰めた時、車が停車する。

 そして運転手の男性が口を開いた。


「———到着致しました」









「———これが、1個人の家か……」


 俺は眼前に広がる庭園の様な庭と巨大な御屋敷———渚沙の家を眺めながら零す。

 明らかに俺のような一般庶民には場違いな場所に思えた。

 しかしそんな俺の横で、ぼーっと御屋敷と庭を眺めていたレイが言う。


「何か、懐かしい」

「え?」

「玲奈様の時代から土地自体は変わっていませんので、既視感があるのも無理はありません。勿論、建物は定期的に建て替えられていますが」


 レイが生きてた時代って……200年くらい前だが?

 てか昔から土地が変わってないって今の世の中からしたら中々凄いよな。


 古風な御屋敷を眺める俺へ、レイがぼーっとした淡い碧眼を向けながら俺の制服の袖を引っ張る。


「剣人、早く行こ」

「……そうだな。緊張するけど入るか」

「ふふっ、あれほどの強さを持つ朝山君でも緊張とかするのね」


 良いことを知ったと言わんばかりにクスクス笑う渚沙に、俺は苦虫を噛み潰した様な表情を向けた。

 露骨に嫌そうな態度を取る俺を見て、渚沙が更に目を細めて笑う。

 笑みで身体が揺れるたび、黒曜石のような漆黒の髪が太陽の光を反射して輝く。

 超絶美人なのも相まって、俺を見惚れさせるには十分だった。


 俺はそんな自分への羞恥から更に不機嫌になってそっぽを向きながら口を尖らせる。


「……おい渚沙。そんなに嫌がる俺が面白いか? さてはお前、ドSだろ」

「ふふふっ……ご、ごめんなさい……私にそんな顔をする人は少ないから」

「そりゃあそうだろうな。お前、超美人だし。俺だって初手で攻撃されてなかったら惚れてたかもしれん」

「っ!?」


 何気なく俺がそう言うと……笑っていた渚沙がピシリと固まる。 

 まるで時が止まったかの様に動かない姿とは裏腹に、徐々に頬が赤く染まっていく。

 そして突如、意識を取り戻したかの様に口をパクパクし始めた。

 

「な、なな、ななな……っ!? あ、朝山君、急に何言ってるのかしら!?」

「いや動揺し過ぎだろ。壊れたロボットかよ」

「貴方が変なことを言うからでしょ!?」

「告白を50人連続で振ったお前ならこの程度言われ慣れてるだろ。まぁでも……何かやり返せたらしいし何でも良いけど」


 俺がニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、悔しそうに顔を歪める渚沙。

 さっき俺を笑った罰だ……何て思っていた俺の脇腹が突然強襲される。


「いっ!? ……レイさん? 何で俺の脇腹を突くのか訊いてもいいか?」

「……ふん」


 俺は無表情のまま脇腹を連続で突いてくるレイに尋ねるも、レイは鼻を鳴らして片目に切り傷が残った壮年の男性と共に屋敷の中に入っていく。

 渚沙はそんなレイを追いかける。

 

「……何だったんだ、一体?」


 客のはずなのに取り残された俺は、突如不機嫌になったレイの後ろ姿を眺めながら首を傾げる。

 すると玄関と思わしき場所の前で立ち止まり此方を振り返ったレイが、ぶっきらぼうに言った。


「早く来る」

「あ、あぁ……」


 やっぱり女子はよく分からないな。

 だから彼女も出来ないしモテないのか。


 俺はどっち付かずの返事をした後、少し沈んだ気持ちで歩みを進めた。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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