第21話 三条家①

「———はぁぁぁぁぁ……眠たい」


 透の神隠しの次の日。

 太陽が窓から俺の机を燦々と照り付けるさなか、俺は机に身体を預けて半ば無意識の内に目を瞑っていた。


 透は今この場に居いない。

 大事をとって休む様、レイにそれはもうキツく言われたために学校を休んでいる。

 まぁキツく言われなくとも透なら喜んで学校を休むだろうが。


 透のいないお陰で普段より静かな中、俺の頭上から責める様な感情の篭った透き通る声色で告げる者がいた。


「剣人は寝過ぎ」


 足元まで伸びる綺麗な白髪に淡い碧眼と言う日本人では珍しい容姿をしたレイだ。

 今日は巫女装束でも初めて会った時の全く見た事ない制服でもなく……俺達と同じ制服を着ていた。

 まぁジト目だが。


 いやぁ……ほんと、息を呑むほどの美少女だよな。

 もし後数年成長して出会っていたら、うっかり惚れていたかもな。


「いやぁ、こればかりはしょうがないと思うんだよ」


 そう、全ては———。



「———あの快適過ぎるベッドがいけない」



 俺が体を起き上がらせ、逆さに浮遊するレイへと至極真面目な顔で告げる。

 すると……軽蔑するかの如き冷たい視線が突き刺さった。


「圧倒的、馬鹿」

「酷っ。いやでもマジでこの世界のベッドは快適過ぎるからな」


 あんなの一度味わったらもう戻れない。

 あっちの世界のベッドは硬くて全然安眠出来なかったし。


「はぁ、早く帰って寝た———」

「———忘れてないわよね?」


 俺が再び机に突っ伏そうとした瞬間。

 今度はレイとは違う何処か威圧感の篭った言葉を浴びせられる。


 ……何でここにいるんですかね、三条渚沙さん?


 言葉の主を直様判別した俺は、顰めた顔を腕で隠し、このまま寝たふりを続けようか真剣に迷う。

 しかし……それは周りが許してくれない。


「おい、朝山の奴また三条さんに話し掛けられてるぞ!」

「何だよ何なんだよ! 俺達にも話し掛けてくれよ! クソォオオオオオオ!!」

「いや無いだろ。接点全くないし。でも……朝山の奴何で話し掛けられてるのに返事しないんだ?」

「アイツ三条さんにこのクラスで……いや学年でもほぼ唯一話し掛けられる男子だからって何か調子乗ってるくね?」


 調子に乗ってるわけないだろ。

 こちとら話しかけられた時のお前らの嫉妬の視線が嫌で寝たふりしてんだよ。

 察しろ馬鹿男子。

 

「ねぇ、ちょっと朝山君? 私、聞いてるんだけれど。寝てないのは分かってるから返事しなさいよ! 玲奈様もおはようございます」

「ん、おはよう」

「……何だよ、三条」


 俺は仕方なく、本当に仕方なく嫌々顔を上げ……眉間に皺を寄せて此方を睨む三条渚沙に目を向けた。

 

「貴方、今日の約束覚えてるわよね? 放課後、正門前に集合よ。お願いだからちゃんと来て。後でどやされるの、私なんだから」

「……お前も何かと苦労してんだなぁ」


 どやされる自分を想像したのか、今までの経験なのかは知らないが、露骨に嫌そうに顔を顰める三条渚沙。

 

 そんな彼女を見て、流石に可哀想になったので……バックレるのはやめた。



「今聞いたか!? 朝山の奴、三条さんと一緒に帰る約束してたぞ!?」

「あぁ、俺も聞いてた。許すまじ、朝山。お前の命、明日にはないと思っておけよ。本当に羨ましい……!!」



 ……やっぱりバックレようかな。


 俺は結構本気でそう思った。

 







 ———放課後。

 俺とレイは結局嫌々ながら正門の前にやって来たのだが……。 


「……これで行くのか?」

「……剣人の家の車と、違う」

「比べるな。これは間違いなくウチのファミリーカーとは比べ物にならないくらい高い超高級車だから」


 正門に停車した———車に疎い俺でも知っている海外の車メーカーのエンブレムの付いた黒塗りのセダンを見つめ、2人してその場に固まった。

 そんな硬直した俺達の下に、走って来たのか肩で息をする三条渚沙がやって来る。


「ごめんなさい、委員会で少し遅れ……どうしたの?」


 いやどうしたのって……これに疑問を抱かない高校生はいないだろ。


 三条渚沙が不思議そうに首を傾げる傍ら、俺はそんなツッコミを心の中しながら問い掛ける。


「いや……この車に乗るのか?」

「?? えぇ、そうよ。別におかしな所はどこにもないでしょう? それに貴方に対して危害を加えるなんてこともしないわ。したらこっちが死ぬもの」


 左様ですか。

 お前らの中で俺は触れたら爆発する爆弾か何かなのかな。


「ん、あながち間違いじゃない」

「言ってくれるなおい」


 俺達はそんな子供みたいな言い合いをしながら車の中に入って座った瞬間———再び言葉を失う。


 ……ヤバい、超座り心地良い。

 イケナイ、非常にイケナイ。

 これを体験したらマジで戻れなくなる。

 てかもう既に学校の椅子とか椅子じゃないとか思い始めてきたし。


「…………なぁ、レイ。ちょっと俺の頬を1度ぶっ叩い———「バチンッ!!」……なるほど、これは夢じゃないのか」


 俺は、意外とヒリヒリ痛む頬を押さえて呟いた。

 そんな俺達から少し遅れて車に乗って来た三条渚沙が、俺とレイに告げる。

 



「じゃあ行きましょうか———我が家へ」




 俺は、改めて自分のやらかしたことの大きさを痛感した気がした。

 そして、後で報告する酒呑童子と大穴の件のことを考え、胃が痛くなった。


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 ジャンル別日間2位、週間4位感謝!!


 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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