第20話 終幕(大幅改稿済み)

「———透、大丈夫……じゃないよな、ごめん。良く耐えたな」

「クククッ……わ、我が盟友よ……遅かったな……あ、後少しで我が倒す所だったぞ」

「もう喋るな。話すだけで痛いだろう?」


 俺は鬼を無視して一瞬で移動すると、全身に切り傷を受けて血を流しながらも精一杯の虚勢を張る透の肩を支えた。

 鬼は俺達の様子を眺めるだけで手を出してこようとはしない。


 ……随分と余裕そうだな、おい。

 後で必ずその余裕そうな表情を恐怖で埋め尽くさせてやるよ。


 俺は鬼から視線を外し、透の傷の状態を確認する。

 遠目からでは分からなかったが……1つ1つの傷が中々に深く、相当血も流れているので、ここまで生きているのは勿論、意識を保っていられるのは奇跡と言っていいだろう。

 流石漆黒の堕天者を自称しているだけある。


「ふっ……我は剣人が必ず来てくれると確信してたぞ。何せ、我の瞳は未来を見通す魔眼———ゴホッゴホッ!!」

「透、もう話すなって言ってんだろ。ちょっと待ってろ……レイ、お前なら治せるよな?」

「ん。付きっきりで30分ってところ。ただ、血が流れすぎてる。もっと時間が掛かるかも」

「いや、治せるなら何でも良い。頼んだぞ」


 力強く頷いて断言したレイに俺は透を預けることにし、透をお姫様抱っこしながら離れた場所に移動。

 俺は緊張の糸が解けたのか安堵した表情で気絶した透をそっと地面に寝かせる。

 

「俺の不注意ですまなかったな、透。……絶対、俺がお前の痛みを100倍にして返してやるからな。———じゃあ、後は頼んだぞ……レイ」

「ん。剣人も、気を付けて」


 両手に御札を持ったレイが神妙な面持ちで言う。

 俺はそんなレイに、安心させるように笑みを浮かべた。


「ああ、無傷でちゃっちゃと倒してくる」


 






 



「———……来タ、カ。逃ゲタカト思ッテイタガ……」

「逃げるわけないだろ。貴様は俺の手で殺すと誓ったからな」

「生意気ナ人ノ子ダ……一体何者ダ、貴様」


 レイに透を預けて戻ってきた俺に、戦国武将のような鎧を着た鬼が訝しげな視線を向けながら問い掛けてくる。

 俺はそんな鬼の眼前まで、青白い膨大な魔力を周りに伴いながら歩いていく。


「今の今までお前が玩具みたいにして遊んでた奴の親友だよ、クソ野郎。そういう貴様は何者だ?」

「我ノ名ハ酒呑童子。此処ハ———我ノ住処ナリ」


 酒呑童子と名乗った鬼は———俺に対抗する様に、漆黒の魔力を放出した。

 表情を険しくした酒呑童子が俺を見下ろし、怒りで表情を消した俺が酒呑童子を見上げる。

 お互いから立ち昇る漆黒と青白い魔力がぶつかり、辺りに衝撃波が発生する。


「へぇ……貴様がかの有名な酒呑童子なのか。てっきり肌は俺達と同じ色だと思ってたぞ」

「コレハ、我ガ霊力ヲ纏ッテイルカラニ過ギナイ。貴様コソ、人間デハ有リ得ヌ霊力量ダナ」

「それは貴様が井の中の蛙なだけだろ。所詮日本という小さな島国で有名なだけの怪異だからな」

「フッ、十数年シカ生キテイナイ人ノ子ガ、ヨクホザクナ」


 酒呑童子がケラケラと俺を馬鹿にする様に笑う。

 俺はそんな酒呑童子の煽りには乗らず、酒呑童子を睨め付けながら問い掛ける。


「……どうして透を弄んだ?」

「理由ナド無イ。タダノ一興ダ。食スツイデニ遊ンダニ過ギナイ」


 酒呑童子の全く罪の意識の無い物言いに、俺は顔を歪める。

 そんな下らないことに透が巻き込まれたのか、と怒りに腸が煮えくり返る。


「……下衆が。お前ら怪異は皆んなこんなゴミクズしか居ないのか? どいつもこいつも人間を食料みたいに扱いやがって」

「人間ハ我ラニトッテ単ナル強クナル糧デシカ無イ。タダ、女ハ柔ラカクテ美味ダ」

「……そうか。これで、はっきりと分かった」


 俺は小さくため息を吐き、立ち昇る魔力を一瞬にして己の身の中に収束させて全細胞を活性化。

 全身を圧倒的な全能感が包み込み、全ての感覚が冴え渡る。

 更に俺は虚空に手を翳し———。



「———貴様とは絶対に分かり合えないことが、な」



 瞬間———何もなかったはずの虚空が煌めいたかと思えば、小さな白銀の魔力が宙で揺蕩う。

 俺はそんな小さな白銀の魔力を掴み、語り掛けた。



「出番だぞ———【魂白剣】」


 

 刹那———俺の手の中の小さな白銀の魔力が膨れ上がる。

 眩い聖光を放ち、可視化された膨大な白銀の魔力が竜巻の様に渦巻く。

 そんな魔力の渦の中で宙に浮いたまま停止した、穢れを知らぬ白銀の輝きを放つ一振りのロングソード———【魂白剣】が全ての魔力を吸い込み、その姿を現す。


「……ナ、何ダソノ剣ハ!? マサカ……神剣カ!? 何故我ノ知ラヌ神具ガコンナ人ノ子ノ手ニ……」


 魂白剣の柄を握った俺に、酒呑童子が驚愕に染まった瞳を向けながら目に見えて狼狽える。

 しかし、流石有名な妖怪なだけあり、酒呑童子は直ぐに冷静さを取り戻し、肩に担いでいた大剣と言うより刀を超巨大にした様な武器を構える。


「神具ヲ持ッタ所デ、所詮人ノ子。コノ我ニハ———勝テヌ!!」

「本当にそうなのかどうか、己の身を持って試してみろ。ただ———」


 魂白剣を構える。

 そう酒呑童子は認識したであろう。

 しかしその時既に、俺は酒呑童子の懐へと入っていた。



「今回は———全力で貴様を殺しに行く」


 

 俺は渾身の力を持って魂白剣を薙ぐ。

 煌めく剣閃。

 確実に両断出来———。

 

 ———ガキィィィィィィィ!!


「っ!?」

「グッ……人ノ子如キガァァァァアアアアアア!!」


 絶対に反応できないと思っていた斬撃を弾かれ、俺は少なからず驚く。

 更に、怒号を上げた酒呑童子が力任せに俺を跳ね除けた。


 ……へぇ……流石酒呑童子。

 あれに反応するどころか跳ね返すとは……善人なら良き友になれただろうに。


 俺は空中で体勢を整え、着地。

 刹那———眼前に迫った刃を回避。

 風切音が耳朶に触れ、髪が数本舞う。

 

 ———ダンッ!!

 

 俺は地面を蹴り、後退。

 しかし酒呑童子が巨体に見合わぬ速度で追い付く。

 薙ぎ払われた巨大な刀。


 ———ギャリリリリリリリッッ!!


 俺は刀に剣を合わせ、全身を使って受け流す。

 力の方向を変えられた酒呑童子が体制を崩す。

 その隙を狙い、全力で酒呑童子の巨体を蹴り飛ばした。


「はぁあああああああ!!」

「グオッッ!?」

 

 今度は酒呑童子が宙を舞う。

 しかし相手も達人。

 直ぐに体勢を立て直し、音もなく着地した。


「ガハハハハッ! イイゾ! モット遊ボウデハナイカ!!」

「……悪いな、ソレは出来ん」


 ……これしかない、か……。


 俺は小さくため息を吐いた。

 そして魂白剣を魔力で出来た鞘に納め、腰に付ける。


「ナ、何ヲスル気ダ……? ———マ、マサカ!?」

「そのまさか、だ」

 

 酒呑童子は直ぐに俺の意図を把握した様だ。

 顔を真っ青にし、焦燥に駆られた様子で俺に襲い掛かってくる。


 だが———もう遅い。


 俺は心の中でレイに謝った後、腰を落とし———。




「【クルーエル剣術第一式:斬魔一閃】」




 ———一筋の剣閃が煌めいた。



 剣閃は酒呑童子の上半身と下半身を両断する様に駆ける。

 俺は後方の酒呑童子を見ること無くゆっくりと魂白剣を鞘に納め……。



 ———……チンッ。



 一瞬の静寂と停止の後。

 酒呑童子の身体がズレ落ちた。


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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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