第10話 馬鹿
「———旧校舎の例のトイレって……女子トイレだったんだな」
浄化から1時間強もの間本の整理をした後……旧校舎に移動した俺達。
しかし俺はいざ到着すると目に入ってきた、どこでも見る女子トイレのロゴマークに足を止めて小さく呟く。
先に女子トイレに入ったレイは、入口で止まった俺を淡い碧眼で見つめ……不思議そうに首を傾げた。
「言ってなかった?」
「言ってねぇよ」
「でも、別に誰も居ない」
「誰も居ないからと言って入るのは、俺の常識が許さない」
もしかしたら防犯カメラとか付いてるかもしれないだろ。
仮に映ってたら俺は即退学が停学の未来しか見えない。
「……剣人、めんどうくさい」
「これが普通なんだよ。てか、そもそもの話なんだけどさ。何でわざわざ5大怪奇を順番に回るんだ?」
さっきの図書室での一件。
正直の話……俺は別に要らなかった気がするんだよな。
「お前はあの悪霊の分体が邪魔で無理とか言ってたけど……レイ、お前ならあの程度1人でどうにでもなるだろ」
「……」
俺は動きを止めたレイに疑惑の目を向ける。
レイはそれに対し、反論するわけでも肯定するわけでもなく……ただ、俺を見据えてだんまりを決め込んでいた。
その様子で、何となく意図は掴めた。
そもそも、本当にヤバいなら詠唱の途中で雑談とか出来ないはずだ。
更に言えば、詠唱なんてレイには必要ないのではないだろうか。
そう仮定すると———とある1つの解が出てくる。
「———あそこに連れて行ったのは……品定めのためか? 俺が本当に悪霊を倒せるのかどうかを見極めるために」
俺は俺なりの仮説を、無言で俺の話に耳を傾けるレイぶつけた。
訪れる静寂。
しかしその静寂を破ったのは、レイだった。
「……正解だけど、間違い」
「何じゃそりゃ」
「剣人の腕を確かめたかったのは、本当。でも、分体を倒せば本体も弱まる。だからそう言う意味では、間違い」
……なるほど、な。
相手を弱体化出来るなら弱体化させた方がいい……至極当然のことだな。
それも悪霊の力を知るレイからすれば尚更だろう。
だが———。
「———弱体化させなくても勝てる……って言ったらどうする?」
「!?」
レイが俺の言葉に目を見開く。
そして見開かれた淡い碧眼に映るのは……恐らく、自身の力に過信した哀れな男と言った感じだろう。
ただ、それでもいい。
「実はな、レイ」
「? なに?」
「さっき会った分体、倒してないんだよ」
「!? どういうこと……? 何で、そんな馬鹿なこと」
レイからの非難の視線が突き刺さる中、俺は己を小馬鹿にするように鼻を鳴らして肩を竦める。
「……だろうな。傍から見れば馬鹿だろうよ」
だが俺は、剣聖と融合した時……2つの想いを引き継いだのだ。
1つは、家族を大切にしたい……という想い。
そして、もう1つは———。
———強い奴と思う存分闘いたい、という想い。
それは、剣聖がいつしか忘れてしまっていた想いで、自身の命の灯火が消える最後の最後に思い出した想い。
実に戦闘狂らしい馬鹿みたいな想いだ。
だが……だからこそ。
「———俺は……俺達は、馬鹿なんだ。だからレイ、案内してくれ。俺は、全力の奴と闘いたい」
俺は、
———階段を上がった先にある、屋上へと続く扉の前。
コンクリート特有のひんやりとした空気が、音と明かりがないのも相まって、より冷たく、より無機質に感じた。
そしてこの扉を開けば、悪霊の待つであろう屋上だ。
そんな場所に、俺とレイは居た。
「……本当に、1人で戦うの?」
「勿論。てか、レイは透を護って欲しい。俺と悪霊の攻撃に巻き込まれたら余裕で死ぬぞ、アイツ」
だってアイツ、厨二病なだけで何の力も無いし。
ただこんな俺と友達になってくれた普通に良い奴だし、流石にリアルフレンドリーファイアーはしたくないからな。
「……どうなっても、私は知らない」
心底不機嫌そうな雰囲気を出して目を合わせようとしないレイ。
心做しか口調もぶっきらぼうになっていて、俺は、子供みたいに……それこそ年相応に不貞腐れるレイの様子に苦笑する。
「ああ、それでいい。馬鹿な1人の人間が死んだとでも思ってくれればいいよ」
「……」
「な、何だよその目……」
今度は何か言いたげに無言でジト目を向けてくるレイ。
それだけでなく、わざわざ浮遊して俺と目線の高さを合わせ……覗き込む様に睨んでくるではないか。
俺は意味不明なレイの行動に首を傾げざるを得なかった。
やべぇ……レイが何思ってんのかさっぱり分からん……。
こんなんだから合わせて47年間彼女が居ないのか。
改めて非リアな理由を思い知らされた俺が若干落ち込んでいると……レイが小さくため息を吐いた。
「……剣人のこと、ちょっと分かった気がする」
「それは俺が非リアだって言いたいのか?」
「ひりあ……?」
「そう言えば200年前にそんな言葉ないよな……何でもない」
「そう。何でもないなら、いい」
それだけ言うと、レイが黙る。
無表情ながら何処か葛藤している様子で、スカートをギュッと皺が残りそうなほどキツく握っていた。
そんな様子のレイに俺は何と声を掛ければいいか分からずレイから目を逸らして口を噤んでしまう。
やはり、俺は人と関わるのが苦手だ。
剣聖の俺も、剣人の俺も。
そう俺が独白めいたことを思っていた時。
「———頑張って。そして、死なないで」
俺はその言葉に、目を見開く。
そしてその声の主———レイを見た。
レイは何かを呑み込むように目を閉じる。
しかし直ぐに瞼を開くと、俺に透き通るような淡い碧眼を向けながら口角を僅かに上げて、親指を立てる。
俺はそんなレイに……。
「———あぁ、任せろ。それに、絶対死なない」
余裕の笑みを浮かべて、同じ様に親指を立てた後———ドアノブを捻った。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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