第9話 本が自我を持って飛び回る図書室

「———そう言えば……結局のところ、悪霊が流した噂ってどれのことなんだ?」


 俺は隣を歩く……いや浮遊する白髪碧眼の少女———レイに尋ねる。


 現在俺達は、グラウンドから校舎の中へと移動していた。

 普段から使っている校舎だが、やはり夜になると雰囲気が大分違う。

 元々この学校がそこそこ古く、壁の塗料が剥がれていたり廊下が所々ひび割れているのだが……それらが余計に不気味な雰囲気を醸し出していた。


 こんな所に透が来てたら発狂してたんじゃないか……?

 アイツそう言えばお化け屋敷とかホラー映画苦手だったし。 

 ……ならアイツは何で行こうなんて言ったんだろう?

 謎すぎる……まぁアイツのことだから考えるだけ無駄か。


 俺がグラウンドでレイの結界に護られながら絶賛気絶中の透について考えていると……レイが逆さまになって髪を垂らしながら俺の眼前に現れる。

 顔と顔が一気に接近し、俺は思わず仰け反った。


「お、おい、突然前に現れるのは止めろよ」

「やだ。剣人、反応が面白い」


 こ、コイツ……年下のくせにこの俺を揶揄うとはいい度胸じゃないか。

 幾ら超絶美少女だからと言ってあまり調子に乗っていると痛い目に遭うぞ。


「はぁ……それで、悪霊が流した噂は?」

「———0時に屋上に現れる神社。悪霊の正体は、かつてこの地にあった神社に祀られてた偽神。神主に生贄を毎年要求して、10代から20代の女性を喰らってた。偽神だから、当然村への恩恵も与えなかった」

「なるほど、生粋の屑だな」


 良かった、お陰で何の罪悪感も抱くことなく心置きなくぶっ殺せる。

 まぁもう幽霊だから殺せはしないけど。


 そんな話をしていると……第1の目的地、図書室に着いた。

 ただ、そこで俺は1つ、大事なことを思い出した。


「そう言えば図書室……だけじゃない。全部の部屋に鍵が掛かってるはずだが……それはどうするんだ?」


 当たり前だが、防犯対策で学校の部屋には鍵が掛かっている。

 それにしては校舎に入る扉には鍵が掛かっていなかった所を見るに、教師の怠慢が窺えるが。


「ん、こうする」


 レイがそう言うと同時に、躊躇なくズッ……と身体が呑み込まれていく様に扉をすり抜ける。

 そしてガチャッと扉が開く音が聞こえたと思えば、ひょこっと扉から顔を出す。


「———開いた」

「お前……便利だな」


 俺は幽霊の特性を有効的に使うレイを見ながら、少し幽霊もいいな……何て不謹慎な考えを振り払って、スライド式の扉の引き手に手を掛けた。







 ———図書室。

 学生時代必ず1度は使うことになるが、特に思い入れはなく、その内図書室の中の様子など完全に忘れってしまう、記憶に残りにくい場所。

 

 しかし我が校の図書室は、他とは一線を画す規模を誇る。

 まず図書室は本校舎の3階にあるのだが、3階の半分以上が図書室で、広さは裕にバスケコート2つ分くらいある。

 そこに何千、何万もの様々なジャンルの本が本屋の本棚より大きな本棚に分類分けされて綺麗に整頓されていた。

 そのため、図書室に入ると仄かに紙とインクの独特な匂いが鼻を抜けるのだ。

 俺はそれが中々嫌いじゃない。


「———……こりゃあ凄い」


 俺はそんな中々良い図書室に入った瞬間、そう零した。

 そう零さざるを得なかった。


 

 ———数百を越える本が、まるで自我を持っているかの如く空中を自由自在に飛び回っているのだ。


 

「こ、これは……どういう状況なんだ?」

「本の中に閉じ込められた魂が、逃げようともがいてる」


 つまり……この数百を超える本と同じ分だけ人の魂が籠ってるってことか?

 仮にそうならとんでもないな……。


「で、俺にどうして欲しいんだ?」

「出来れば、助けてあげて欲しい」

「そうは言われてもな……俺は斬ることしか出来ないんだが」


 俺は飛び回る本達を眺める。

 確かにどれもが天に還ろうと上へ上へと目指している様な気がした。

 そんな本達に、レイがその淡い碧眼の瞳に哀愁や同情を篭めて見つめながら呟く。


「……方法がないわけじゃ、ない」

「と言うと?」

「この部屋に、悪霊の分体がいるはず……アレは慎重だから。剣人は分体の足止め、お願い。私は、囚われた魂を天に還す」


 その様子だと、その悪霊の分体とやらがレイの邪魔をするのか。

 それはそうと……。



「———倒しても、良いんだよな?」



 俺の言葉にレイが僅かに目を見開く。

 しかし直ぐに元の無表情に戻ると、小さく頷いた。


「ん。そうしてくれると、ありがたい」

「了解だ。それじゃあ……ちゃっちゃと始めますか」


 俺は腰にさした木刀の柄を左手で握り、ゆっくりと引き抜く。

 魔力を篭めれば、木刀に僅かに薄らと青白いオーラが可視化する。

 

「……すごい。ただの木刀に霊力を篭める何て、超高等技術」

「あ、そうなのか? あまりに当たり前過ぎて何とも思ってなかったな……てかこの世界では魔力のことを霊力って言うんだな」


 まぁイメージで言えば、彼方の世界では魔物が蔓延っていたから魔力、此方の世界では魔物の代わりに幽霊などが蔓延っているから霊力、と言った感じだろうか。

 知らんけど。


「さてと……準備いいぞ」

「ん、分かった。———迷える魂に天への導きを———」


 レイが目を閉じて詠唱を始める。

 彼女の周りに膨大な魔力が渦巻き、足元まである白髪が靡く。


 しかし———それと同時。

 図書室の天井から、悍ましい姿の人型の幽霊が現れる。

 人の身体が腐食して変色し、かろうじて人の原型を留めている様な醜い化け物。


「ォォォォォォォォ……!!」

「なるほどな。アイツが悪霊の分体か。ホラーってよりはグロテスクだな」


 悪霊の分体は、詠唱を行うレイに気色悪い細い手を伸ばす。

 俺を無視する辺り、実に気に入らない。


「おい、化け物! お前の相手は俺だ」

「ォォォォァァァァァ……!?」


 俺はレイに伸びた腕を斬り飛ばし、剣先を分体に向ける。

 分体はいつの間にか腕を斬り飛ばされたことに酷く動揺している様子だった。


「お、痛みに慣れてないんか、お前。最低でも200年は生きてんのに」


 何か一気に萎えたなぁ。

 もう終わらせるか。

 

 呼吸を整え、木刀を構える。

 魔力を更に篭めれば、木刀が更に青白い光に覆われる。

 

「ォォォォォォォォ……!!」


 分体の腐り切った赤い目には、隠し切れない恐怖が刻まれていた。

 それは、レイにも同様のことが言えた。


「剣人、異常」

「それは俺が良く分かってるよ」


 俺は肩をすくめ、小さくため息を吐く。

 そして天井にへばりついている化け物を見据え———剣を振るった。


 ———ゴォオオオオオオオオオ!!


 青白い斬撃が煌めく。

 斬撃が化け物を呑み込む。

 消滅、そして一瞬の静寂。

 俺は魔力を霧散させて木刀を腰に戻し、振り返る。


「いいぞ」

「ん、丁度終わった。———【浄化術】」


 レイの暖かな魔力が図書室を包み込む。

 すると本の中から小さな魔力が次々と抜けていき……地面にボトボトと本が落ちる。

 数秒もすれば全ての本が地に落ち、図書室内がシンと静まり返る。

 レイが少し疲労の見える様子で小さく息を吐いた。


「……終わった」

「お疲れさん。とりま……本片付けるか」

「……ん」


 俺達はお互いに一言も話さず……もう動かなくなった本を本棚に返したのだった。

 

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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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