第8話 謎の少女のお願い

「———あー、アンタは話せるのか?」


 俺は肩に使えないビビり厨二病患者透を担ぎ、一応警戒しながら謎の制服姿の少女に話し掛ける。

 

 日本人にしては珍しい白の足元まである長髪。

 春の青空の様に淡く透き通った碧色の瞳。

 しかし表情は完全に無で、整った顔立ちも相まって本物の人形の様だった。

 身長は150前後、全体的に細身で幼い印象を受ける。

 そして———ウチの学校の物ではない初めて見る制服に身を包んでいる。


「…………」


 白髪の少女は、相変わらずその淡い碧眼でジッと俺を見るだけ。

 話すこともさることながら頷くことすらしない。

 何なら声が聞こえているのかも怪しい。


 おーけーおーけー把握した。

 何もしてこないけど話せない、と。

 ならお前は何のためにそこにいる??


 気になることは沢山あるが……話が通じないとなるともう俺に出来ることは何もない。

 しかも今回の立案者である透は先程と変わらず白目剥いて絶賛気絶中ときた。

 もう何も見なかったことにして帰るというのも1つの案かもしれない。


 俺は透の家へのルートを頭の中で思い出しながら正門へと歩みを進める。

 しかし、いざ正門を開けようとすると……。


「…………開かない」


 いや、開かないというより触れられない。

 まるで見えない障壁に阻まれているかの様に手が正門の前でぶつかる。

 

 ……これは一体どういうことだ?

 結界にしては、見えないというのは中々に高度な技術なんだが……。

 

 そこで俺は気付いた。

 

「……やけに静かだな……」


 透が五月蝿かったせいで気付かなかったが———全く音がしない。

 風の音も、動物や虫の鳴き声も、車の音もしない。

 ただひたすらに不気味なほどの静寂に包まれていた。


 

 そう、まるで———世界から隔離された様に。

 


「はぁ……面倒だな……」


 俺は顔を顰めながらガシガシ後頭部をかいて深いため息を吐く。

 そして透を地面に一旦下ろすと、木刀を手に取り———。



「———待って」

「……何だよ。話せるのかよお前……」


 

 この不気味な学校から脱出しようとした俺を、白髪の少女が止めた。

 俺の目でさえ一瞬に見える速度で俺の眼の前に立ち、両手を広げた。

 少し子供っぽい言い方をすれば……『とうせんぼ』をしてくる。

 俺に向けられた淡い碧眼は、相変わらず何を考えているのか全く分からない。

 

「待って。お願いが、ある」

「待つから教えてくれ。何で出れないんだ?」


 俺は何も無い様に見える空間をノックする。

 確かな跳ね返る感触があり……叩くと硬質な音も鳴る。


「これは、封印」

「封印?」

「そう。私が張った」

「は?」


 俺は思わず耳を疑い、白髪の少女へと疑惑の視線を向ける。


 こんな高校生……いや中学生にしか見えない少女が、これほどまでの強力な封印を張った?

 この俺が近くに行かないと気付かないレベルの封印を、こんな少女が?


 そんな疑問が籠もった視線を受けた白髪の少女は、俺から目を離すこともピクリとも表情を変えることもなかったが……胸を張って少し誇らしげに言った。


「りきさく」

「……因みに何を封印しているんだ?」

「悪霊。私でも、倒せない。強い」

「そりゃまた面倒な……」


 このレベルの封印を張れる少女に倒せないとなると……異世界でも中々お目にかかれない強敵かもしれないな。

 …………久し振りに、楽しい闘いが体験できるかもしれない、か……。


 強敵を想像し、少し身体が疼いた。

 無意識に頬が緩むのを自覚する。

 俺の顔を見て、白髪の少女は無表情のまま首を傾げた。


「……喜んでる?」

「…………そうかもしれない。いや、間違いなくそうだな」


 やはり剣聖は、何処まで行っても根っからの戦闘狂なのだろう。

 こんな面倒な状況でさえ、少し楽しみと思う俺が何処かにいる。


 そうなれば———彼女の言うお願いを聞かない選択肢はない。

 

「じゃあ纏めると……お前は悪霊を倒して欲しいのか?」

「ん。ついでに、悪霊に殺されて成仏出来ない霊も助けて欲しい」

「?? あぁ……学校で話題になってる5大怪奇のことか?」


 俺の問いに白髪の少女が頷く。


「そう。アレは、私が流した」


 まさかの噂の発生源が目の前に居たよ。


 俺が少なからず驚きの表情を浮かべていると……「ただ」と前置きを置いた白髪の少女が初めて表情を崩す。

 眉を潜めて目を細め、心底忌々しげに唇を噛んだ。



「———私が流したのは、4つだけ」



 ……それは、おかしいな。

 確か噂は……グラウンドの真ん中に立つ謎の少女、異界へ続く体育館倉庫の扉、本が自我を持って飛び回る図書室、旧校舎3階トイレの呻き声、0時に屋上に現れる神社の5つのはず……。


「……なら、後1つは誰が流したんだ?」

「多分、悪霊。200年も経てば、封印も弱まる」

「なるほ———ちょっと待て。今200年って言ったか?」


 俺は白髪の少女を眺める。


 ……こんな少女みたいな見た目で、既に200歳を超えているとでも言うのか。

 ロリババアって、本当に実在したんだな……。


 何て俺が思っていると……白髪の少女がムッとした雰囲気を醸し出して否定してくる。


「私は、霊。恒久の時間を、生きられる。それに、死んだのは14歳。そして、目覚めたのは数年前。だから、ロリババアではない」

「心が読めるのかよお前!?」

「これでも、過去では『次期最強の退魔師』って言われてた」

「ならどうして霊なんかに———あぁ、そう言うことか」


 俺はやっと、この少女が霊になった理由と、この年齢に似合わぬ異常な練度と高度な技術を要する封印を発動できたわけを理解した。



「———お前、命と引き換えに封印したんだな?」



 次期最強がどれくらいなのか知らないが、そう謳われる程の天才が命を捧げたのであれば、確かにコレほどの封印を張ることだって可能だろう。

 しかし、彼女の言葉が真実なら生前は14歳と俺より若い。

 そんな若い少女が命を捧げるというのを、止める人間は居なかったのだろうか。


「気にしなくて、いい。私は、自分の意志で命を捧げた。後悔はない。ただ、剣人が気にすると言うなら、お願いを引き受けて」

「……そうかよ」


 真っ直ぐな瞳で言われると、俺はもう何も言うことは出来ない。

 ただ、この喉に小骨が引っ掛かった様な気持ちの悪さを我慢できずに、俺は小さく舌打ちをした。


「チッ……はぁ……分かった。お前のお願いを引き受ける」

「ありがと」

「……っ、どういたしまして……」


 俺は不意打ち気味に真っ直ぐな感謝を告げられ、慣れていないこともあって何だか小っ恥ずかしくなって顔を背ける。

 ただこのままでは何も進まないので、1度咳払いをした後……白髪の少女に向き直る。


「んんっ! ……改めて、よろしく。名前は……」

「レイ。それが、私の名前」

「……そうか。じゃあ……レイ。……道案内頼めるか?」

「ん。もちろん」


 そう言った白髪の少女———レイは、如何にも幽霊らしく少し身体を宙に浮かせて足を動かさずに先行した。




 これが、今後長い付き合いとなる過去の退魔師の幽霊———レイとの出会いだった。




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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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