第4話 継承

「———いざ幽霊を追っかけてみたはいいものの……見失うし迷うしでホント散々だな」


 鬱蒼と茂る丈の長い草や背の低い木の枝を薙ぎ払いながら、俺は己の不運さに思わずため息を零した。

 

 幽霊を追い掛けて既に30分以上。

 家から数キロ離れた山森までは追跡出来たが……いざ森に入ると地面が見えない程落ち葉や丈の長い草に覆われていて、想像以上に視界が悪かった。

 更にいつの間にかスマホは圏外で、何度も言うが幾ら周りを見渡せど木と草オンリー。

 些かこの2つの主張が強過ぎる。

 そのせいで幽霊を完全に見失った。

 

 おのれぇ……許さんぞ、草木め。


「まぁ唯一の救いは【身体強化】だな……」


 俺は昼間同様の視界の中呟く。

 これも身体強化のお陰で、光源がなくとも真っ暗な森の中が鮮明に見えていた。

 無かったら、今頃100%崖に落ちていると断言してもいい。


 まぁピンチなのは変わんないけどね。

 てかもう俺がどっちに進んでんのか分かんねぇよ。

 スマホは安定の圏外だしさ。


「はぁぁぁぁぁぁ……好奇心で飛び出すんじゃなかっなかなぁ……」


 何て、太い幹にもたれ掛かって大きなため息を吐いたその時。



「———ゴォオオオオオオオオオ!!」

「!?」


 

 突如、この世のモノとは思えない不気味な音が深夜の森の中にこだまする。

 ソレが叫び声なのかすら判別出来ない気色の悪い音。

 思わず耳を塞ぎたくなるね。


 ただ、耳を塞がなかったお陰で、その音がした方角が分かった。

 場所が分かったとなれば……。


「まぁ、行くっきゃないだろ」

 

 俺は近くの木の棒を手に取り、行く手を阻む雑草達を薙ぎ払って步を進めた。

 











 ———人間、人生において後悔が絶えないとはよく言ったものだ。

 実際今日の昼には鉄板でやらかしたし。



 だが———どうやら今回は取り返しのつかないやらかしだったらしい。



「ゴォオオオオオオオオオ!!」

「いやぁーまさかこんなバケモンがいるとはねぇ……流石幽霊って感じか」


 俺は周りに一切木々がなく、雑草すら生えていない場所で化け物を見上げて零す。


 体長7、8メートル程の、牛の頭に蜘蛛みたいな身体の化け物。

 手足は蜘蛛の様な足が6本と、2本の鋭い刀の様な前足があり、頭には禍々しい2本のツノが生えている。

 体色はあまり分からないが……恐らく濃い茶色っぽい色。

 巨大な2つの瞳は爛々と輝き、俺を獲物だと認識している様だ。


 うーん……これは参った。

 結局あの頬が痩せこけた幽霊は見当たらないし、めちゃくちゃ強そうな妖怪みたいな奴に出くわすしで踏んだり蹴ったりだ。

 好奇心で着いて行った過去の俺をぶん殴ってやりたい気分だぜ。


「ゴォオオオオオオオオオ!!」

「まぁ取り敢えず……落ち着いて話し合いをしようぜ? 喋れるか知らんけど」


 咆哮を上げる化け物に距離を取りながらダメ元で話し掛けてみるも……全く聞いた様子はなく、返事とばかりに一瞬で距離を詰められ、鋭い前足が振り下ろされた。


 

 ———あ、やべっ、死ぬ。



 直感で分かった。

 今の俺では化け物の前足に斬り刻まれる前に身体強化を発動することは出来ない。



 つまり———死が目前に迫っていた。



 ……あぁ、調子に乗ってこんなのに首をツッコむんじゃなかったな……。

 それと……ごめん、剣聖。

 家族を大切にするって話、結局俺も守れそうにないよ……。


 俺はゆっくり目を閉じ……。





『———諦めるな、俺』

 


 


 ———ガキンッッ!!


 何処からか声が聞こえたかと思えば、硬質な物同士のぶつかる音が耳朶に触れる。

 何事かと目を開くと……化け物の前足を俺の木の棒が受け止め、その巨体を弾き飛ばした音だった。


「ゴォア!?!?」


 驚愕に目を見開く化け物。

 しかし、既に俺には化け物の姿など眼中に無い。


 俺は、隣に立つ、記憶の中にある姿をした半透明の男に目を向ける。


 イケオジと言った感じの精悍な顔付き。

 ふくらはぎと同じくらいの筋肉質な腕。

 服の上からでも分かる厚い胸板に、バキバキに割れたシックスパック。

 太ももは木の幹の様に太い。


 しかし、そんな見惚れる様な身体とは違って、服装は見窄みすぼらしい布切れの様な灰色の半袖シャツに粗末な黒ズボンのみ。

 靴は履いていなかった。


 

 そして———手には白銀に輝く一振りのロングソードが握られている。

 

 

「……剣聖

『初めましてだな、剣人


 ———剣聖。

 異世界最強であり、前世の俺。

 家族を大切にしたい、と言う言葉を最後に命を散らした男。


「……今のはお前がやったのか?」

『まぁな。俺はお前であり、お前は俺だ。身体を動かずなど造作もない。そして……お前が俺の記憶を取り戻したことで、やっと魂に刻まれた剣聖の人格が目覚めたんだ。まぁ人格と言っても、残り滓の様なモノだがな』


 そう苦笑する剣聖。

 しかし何かを気にする様な素振りを見せた後、剣を肩に担ぎ、俺に手を差し伸べた。

 俺は差し出された手をジッと見つめる。


「……何だよ、この手は」

『すまん、時間がないんだ。この身体の主人格ではない俺は、その内完全に消滅する。今顕現しているせいでその時間を著しく消費してしまった。だからその前に、お前に俺の全ての力と記憶を渡しておきたいんだ』

「……消滅っていうのは、俺の人格と融合するってわけじゃないのか?」


 疑問をぶつけた俺に、剣聖が首を横に振った。


『違う。文字通り消滅だ。俺が消えればお前のその力も剣聖の記憶も消える。そもそも魂は完全にまっさらになって新たな人間へと生まれ変わる。だから今のこの状態は異常なんだ』

「……まぁそうでもしないとこの世に転生者で溢れかえるわな」

『そう言うことだ。そこで、俺が消えてしまう前に、お前に全ての力と記憶を継承しようと思っている。だが、人1人分の人生を継承すると言うことは———確実に人格に変化が生じる。それでも良いと思ってくれるのならば———この手を取ってくれないか?』

「…………」

 

 俺は差し出された手を、今一度眺める。


 この手を取らなければ……このスーパーパワーも剣聖の記憶もなくなる。

 だが、この手を取れば……どの程度か分からないが、俺の人格に変化が生じるってわけか……。

 ……なら、考えるまでもない。

 もう既に、答えは決まっている。




「———剣聖、俺がお前の代わりにお前の果たせなかった未練を果たすと誓う。だから改めて言うぞ。———俺にお前の全てをくれ」




 俺は差し出された手を握る。

 剣聖は、そんな俺の言葉を聞いて———嬉しそうにニカッと笑った。







『ふっ、流石は俺だ。良いだろう———お前に俺の……異世界で最も恐れられた剣聖の全てをくれてやろう』







 そう言って、剣聖は俺の手を握り返す。





 その瞬間———命を象徴する様な眩くも暖かい光が、俺達を包み込んだ。





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 また、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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