第3話 始まり

「———次は剣術だけど……」


 無事鉄板を飛ばした犯人が俺だとバレなかった放課後。

 家に帰った俺は、普通に鉄板曲げれば良かったなぁ……などと考えながら剣となるモノを探した結果———。



「…………プラスチックのおもちゃかよ」



 良くお祭りのくじか何かで貰えるプラスチックのおもちゃの剣しか出て来なかった。

 刃渡り60センチとプラスチックの剣にしては長いが……所詮プラスチック。

 耐久性など皆無である。


 因みに県外の爺ちゃんの家に行けば竹刀や木刀があるが……わざわざ行くのは面倒なので却下。


 えぇ……家に木刀とかなかったか?

 ……あ、黒歴史の塊過ぎて捨てたんだわ。


 流石に刀身に『邪神闇炎剣』とか書いてある黒塗りの木刀は恥ずかしくて振れない。

 捨てておいて正解である。

 過去の俺、良くやった。


「まぁさっきのことがあったし、被害なんて生まれなさそうなこれにするか」


 流石に家の物もぶち壊したともなれば、母さんの怒号が飛ぶのは間違いないからな。


 怒り状態の母さんを想像して身震いしながら、俺は庭の真ん中に立つ。

 自慢ではないが、俺の家の庭は広い。

 また、四方を壁と家が囲むような作りとなっているので、外から見られる心配はなく、殺風景なのは今回に限っては最高の環境であった。


「ふぅ……ふぅ……」


 深呼吸を繰り返して息を整え、心臓の横にある魔力を全身に流す。

 一度動かしたからか、結構スムーズに全身に魔力が回った。



「———【身体強化】」



 身体の内側から生まれた燃える様な熱さが全身を駆け巡る。

 昼と同じ感覚。

 右腕だけだと分からなかったが、心なしか身体が軽い気がする。


「ふぅぅぅぅ……」


 大きく息を吐き、両手で剣を握って半身を後ろに下げる。

 切先は前方を向く顔とは逆の後ろ。

 

「———ふッ」


 柄を握る両手に力を込め、短く息を吐く。

 流れる様に斜め上への斬り上げを繰り出す。


 ———ヒュッッッッッ!!


 風切音と共に巻き上がる突風。

 風圧で地面が軽く抉れ、砂埃が舞う。

 ビシッと停止する剣。


「……す、すげぇ……」


 思わず零す。

 数手先の動きが手に取る様に分かる感覚に心が踊った。


 そこからは身体が勝手に動いていた。


 まるで踊り子の様に。

 まるで流麗な水の如く。

 身体の感覚に身を任せ、何処までも自由に剣を振るう。


 目にも止まらぬ猛攻。

 絶えず唸る風切音。

 途切れを見せぬ斬撃は、巻き上げた砂埃を切り裂いていく。

 

「は、ははっ……楽しい……ッ」


 気付けば。

 目まぐるしく舞う最中、俺は知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。


 俺はそのまま日が暮れるまで、止まることなく剣を振り続けた。











「———もう2階上がっちゃうのぉ? かなと遊んでよーっ!」

「悪いな、佳奈。今日は課題がめちゃくちゃあって難しそうなんだ」

「ぶぅぅぅぅ……なら明日は?」

「おう、幾らでも遊んでやろう!」

「やったー! 約束だからねっ!」


 夜。

 俺は嬉しそうにバンザイする佳奈の頭を撫でた後、2階に上がる。

 勿論課題など嘘で、今日だけは1人で考える時間が欲しかったのだ。


「ぁぁぁぁぁ……とんでもない誕生日だったなぁ……」


 自室に戻った俺はベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げながら呟いた。

 部屋の勉強机には、根本から折れたプラスチックの剣が置いてある。

 

 おもちゃの剣は、途中魔力で耐久力を強化したにも関わらず……あまりの風圧に剣が耐えられ無くなって折れてしまった。

 まぁプラスチックにしては良く耐えた方だろう。


 因みに剣が折れた後は、身体強化を色々と試していた。

 足を強化して石を思いっ切り投げて壁に当たる前にキャッチしたり、視力を強化して部屋の窓から遠くを眺めてみたり。

 思った以上に身体強化が万能でテンションが上がりまくったのは言うまでもない。


 ただ何より凄かったのは……。


 

「———第6感、エグすぎだろ」



 そう、第6感とか言う人外級の危機察知と気配察知能力である。

 原理は知らないが……見ていないのに、何となく相手の場所や動きが分かったり、突然物凄く嫌な予感がしたりするのだ。

 これのお陰で妹に剣を振るっている姿をギリギリ見られずに済んだ。


 あんな姿みられたら一生厨二病判定受けそうだもんな……マジで良かった。

 考えただけで鳥肌が立つわ。

 …………それにしても……。


「……俺、本当に剣聖の生まれ変わりなんだなぁ……」


 たった1日だが、俺は自身が元剣聖であると思い知らされた。

 特に剣を振るっている時は、それが顕著に現れていたと思う。


 自分が自分じゃない様な感覚。

 剣を振るうたびに心が高揚した。

 しかし同時に、心にポッカリと穴が空いた様な喪失感と酷い自己嫌悪を感じた。


 まぁ……剣聖は逃げの一環で剣を極めた部分もあったからそう感じるのかもな。

 ずっと家族を気にしてたみたいだし。


「…………」


 しんみりとした気持ちが、俺の心の中に渦巻く。

 だが俺は、しんみりとした気持ちを吹き飛ばす様にパチンッと頬を叩き、ベッドから飛び起きた。

 窓を開け、星空を眺めながら、報われなかった前世の俺に誓った。





「———安心しろ、剣聖。俺がお前の代わりに、必ず家族を大切にするから」

 




 まぁその代わりと言っては何だけど……お前の力も使わせてもらうな。

 

 何て剣聖の人生を思い出しながら俺が黄昏ていた時。



「……何だ、アレ?」



 俺は、向かいの家の屋根で立っている人型のナニカを見つけた。

 外が暗くて全体像が詳しく見えないが、その人型のナニカがジッと此方を見ていることだけは分かった。


 人か……?

 でも仮に人なら何でこんな時間に屋根なんか登ってんだ……?


 今の時刻は21時過ぎ。

 更に今日は新月のため月光がなく、いつもよりも外は暗いので、今屋根に登るのは危険過ぎる。

 

 そこまで考えた所で……俺は気付いた。


「ちょ、ちょっと待て……何で気配が全くないんだ……?」


 そう、屋根の上のナニカに一切気配がないのだ。

 同時に、剣聖の記憶の中でそう言った類いのモノがいるのも知っていた。



 ———ゴースト系の魔物。



 実体を持たない彼らは、俺の気配察知に引っかからない。

 そんな奴らと、目の前の人型のナニカが酷似していた。


 マジか……前世が剣聖だったら分かった日に幽霊に出会うのかよ……。

 いや、剣聖だって思い出したから幽霊が見えるようになったんか?


「……」

「あ、ま、待て! ……ああもう!」


 突然動き出して何処かに向かう幽霊を、俺は放っておくことが出来ず……結局追い掛けることにした。






 その選択が、今後の俺の生活を一変させることになるなど———まだ俺は知らない。


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 また、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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