第2話 身体強化

「———……よ、よし……行くぞ……」


 前世(?)である剣聖の記憶を思い出した俺は、昼休憩になると同時に鞄を持って超特急で屋上にやって来ていた。

 勿論あの夢について色々と試すためだ。


 まぁ1度気になったら試してみたいよねって話。

 仮に記憶の中のことが出来るなら、今後イージーな人生を送れるかもしれんし。


 そして今は、剣聖の記憶の中にあった魔力で自分の身体を強化する———ファンタジー超ド定番の【身体強化】をしようとしている。

 理由は、これが出来れば肉体労働が余裕になるから。

 仮に超高給でキツい肉体労働の仕事があった場合、身体強化さえすれば、ほぼ確実にヌルゲーで金が手に入る。

 最高かよ。


 ただ身体強化の前に———俺は身体の中にある魔力を感じなければならない。


 まぁ……17年間生きてきて、幾度となくそう言った類の妄想をしてきたけど、ついぞ1度も魔力なんてモノは感じなぁぁぁああああああああああ!?!?

 

 俺は自分の身体の中にある不思議な熱を持ったモノを感じて驚きのあまり尻餅を付く。

 興奮で呼吸が浅くなり、知らず知らずの内に口角が上がる。


「は、ははっ……まじかよ……これが魔力か……」


 剣聖の記憶通り心臓の隣にある、熱いが全く不快さを感じない不思議な感覚。

 これが剣聖の世界で言う、魔力と呼ばれるモノらしい。


 アニメとかラノベだったら腹の辺りとか心臓が多いけど……リアルではそうじゃないんだなぁ。

 良かった、これでラノベ原作者とかに異世界転移者とか居ないって証明されたぜ。

 ずっと気になってたんだよな。


 俺は昔からの疑問が無事晴れて清々しい気分になるが……直ぐに意識を切り替えて検証に移る。

 だってまだこれは検証の第1段階に過ぎないのだから。

 このくらいで浮かれているわけにはいかない。

 幸運なことに、記憶の中で魔力の動かし方や身体への纏わせ方は肌で体感したためしっかり熟知している。


「えっと……意識をゆっくり腕へと……」


 剣聖の記憶にあった魔力の動かし方は至って簡単だった。

 魔力を動かす意識を持ち、魔力を身体の強化したい所に連れて行ってあげるのだ。

 記憶の中の剣聖は、それを僅かコンマ1秒以内の間に行っていたが。


 今回は利き腕とは逆……右腕を試しに強化してみる。

 流石に剣聖の速度は無理だが……剣聖の人生を丸ごと体験した俺は、1度もやったことが無いのに感覚を覚えているお陰で、案外あっさりと右腕に移動させることが出来た。

 

 い、一応魔力を強化したい所に持って行ってみたけど次は……。


 俺は右腕の魔力に意識を集中させ、より深く意識するために唱える。



「———【身体強化】」



 その瞬間。

 右腕が今まで感じたことのない———記憶の中でのみ感じたことのある———燃えるような熱さに包まれる。

 しかし火の中の様な熱さはあれど、痛みは一切ない。


「……これで出来たのか?」


 一応記憶の中の身体強化と同じ感覚だけど……これ、本当に合ってんの?

 正直熱いだけで全く強くなった気がしないんだけど。


 ただ、この時のために、俺はとあるモノを家から学校に持ち込んでいた。

 俺は持ってきていたリュックサックを漁り、あるモノを取り出す。


 そう———鉄板である。


 厚さ1センチ、四方が30センチの鉄板。

 この鉄板は、我が父親の職場である製鉄所から昔貰った物だ。

 これは本来の俺なら絶対破壊どころか変形も不可能なので、仮に壊せたり変形させることが出来れば———身体が強化されているということになる。

 

 逆に出来てなかったら骨折確定、か……やば、一気に怖くなってきた。

 骨折……したことないけど痛いんだろうなぁ……。


「いや……これでワンチャン今後の人生イージーかもしんないんだ。こんな所でチキってどうするよ俺!」


 俺は言葉に出して己を奮い立たせる。

 鉄板を左手の渾身の握力で目線の高さまで持ち上げ———鉄板目掛けて全力で右腕を振るう。


 ———ガァァァァァァァァァァァンッッ!!


 学校内全土……何なら学校外まで余裕で響き渡る轟音。

 拳大の凹みと共に軽々とグラウンドに吹き飛ぶ重さ10キロ近くの鉄板君。

 屋上からそっとグラウンドを眺めると……突然凹んだ鉄板が降ってきたため生徒達は騒然とし、教師が血相を変えて次々とグラウンドに出てきた。


「……………マズっ」


 俺はグラウンドの光景を眺め……小さく呟いた。

 しかし、思ったほど焦っていない自分に驚いてもいた。

 

 ……うん、完全にやらかしたわ。

 これ、バレたら怒られるどころじゃないよな。

 …………よし、知らんふりして戻ろ。


 俺は鞄を掻っ攫い、教師が屋上にやって来る前に全力疾走で逃げる。

 扉を開け、階段を駆け下り、自分の教室———2年3組のある階まで降りると走るのを止める。

 そして生徒全員が廊下に出てグラウンドを眺めている中、ひっそりと教室に戻って自分の席に座った。


 …………ふぅ……何とか誰にもバレずに戻れたぜ。

 それにしても……全然痛くなかったな、拳。


 俺はホッと安堵したのも束の間、鉄板を殴ったのに骨折どころか赤くすらなっていない右手を眺める。

 今は先程の様な熱さはない。

 試しに軽く机を殴ってみると……。


「……うん、普通に痛いな」


 ちゃんと痛かった。

 ジンジンと机を打った部分が痛む。


 それから分かることはつまり———身体強化に成功した、ということだ。


 そもそも重さ10キロほどある鉄板が格闘技素人の俺のパンチで凹んだり軽々と数十メートル吹き飛ぶのは、明らかに異常だろう。

 そんなの絶対普通の人間には出来ない。

 更に通常時は机を殴っただけで結構痛みを感じるとなれば……確定だ。


 俺の前世は———剣聖だ。

 ……いや、まだそう決めつけるのは早計か……?


 腕を組み、座る椅子を傾けながら俺は思案する。

 その時、クラスメイト達が教師に戻れとでも言われたのか……不服そうにゾロゾロと教室に戻って来る。

 俺は楽しそうに鉄板のことについて語るクラスメイトの姿をぼんやり眺めながら小さく零した。




「……次は、剣術、試してみるかな……」


 


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 また、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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