第26話 山中理子の相談


依頼の相談日。

指定された場所は、

意外にも近くの町の喫茶店だった。


もっと意外だったのは、その依頼人だった。

「よ、よろしくお願いします⋯」

「よ、よろしゅう」


なんと購買でカツサンドを転売していた、

あの女だった。

本名、山中理子。

正面から顔を見てみると、

目が細く目尻は上がっており、

狐のような印象を受ける。

文面で物腰丁寧な大人を想像していたが、

まさかこの人だったとは。


「えと⋯君らが本当に、

除霊相談所すみれいさん?」

「はい、私が除霊を担当する霊美です」

「助手のすみれです」

「ど、どうもご丁寧に⋯」


顔を合わせてからというもの、

どうにも腰が低すぎる気がする。


「その⋯そこまでご丁寧になさらなくても⋯」

「いえ⋯その⋯

この前はどうもすいませんでした!」


山中がいきなり頭を下げた。


「あ、頭を上げてください!

我々はもう気にしてはいませんし⋯」


ちょっと気にしてるけどね。


「いえいえ、悪いことをしたのは私の方なんで⋯」

「では⋯なぜあのようなことをしたのか、

お聞かせ願えますか?」


山中は頭を上げ、されど俯いて億劫に語る。


「それは⋯依頼のためのお金が欲しくて⋯

相談料なども考えまして、

多めに用意するために、手段が問えず⋯」

「そうですか⋯

実は相談所がまだ設立したばかりで、

依頼料などまだまだ未熟なところがあるので、

勉強させていただけないでしょうか」

「いえいえ!

自分にお金を集める能力が

なかっただけですから⋯」


手をいじらしく動かして卑下しているが、

皮肉にしか聞こえない。


「実際のところを、お教え下さい」

「えっと⋯わかりました」


山中はやけに

ずっしりとした茶封筒を取り出した。


「ここに六万円入ってます」


証明のように数枚の札を取り出してきた。

だがそのいずれも一万円札ではなかった。


「元々有名な除霊師の人に

頼むつもりだったのですが、

その人は予約が来年まで埋まっていたので、

依頼料が溜まるまで

余裕があると思っていたんですけど⋯」

『ビクッ』


急に山中の体が跳ねた。

静寂に電車の走行音が響く。


「最近霊障が酷くなってきて、

急遽すみれいさんに

ご相談させていただく運びとなりました」


所々に感じる語彙が、

女子高生のそれではないように感じる。


「⋯分かりました、

今後から応相談ということにするので、

今から依頼内容を教えて貰っても

よろしいでしょうか?」

「え?いいんですか?」

「はい、格式あるところに依頼しにくい人のために

活動しているので」

「ははあそれは何とも⋯立派な活動や」


久しぶりに関西弁が聞こえた。

関西弁を使う塩梅が分からない。


「では、お話します」



これは私が普通乃女子校に

通い始めた時のことでした。

憂鬱そうにただ前を見つめる綺麗なOLの人が、

私の登校時間と同じ時間に

ホームの端にいることに気がついたんです。

でも何故かその人は、

どんな電車が来ても直ぐに

乗らず立ち尽くしていて、

いつも私はその人を見送って登校していました。

ある日、遅刻ギリギリで急いで

登校した日のことでした。

OLの人もまだホームにいて、

勝手ながら悠長にしているなと思っていました。

特急が通過するアナウンスが流れた際に、

OLの人が黄色い点字ブロックの上に

乗り出したんです。

そこから足を前に出して⋯。

やった、と思いました。

ですが衝突音などはせず、

周りも駅もOLの人に

全く気づいていない様子でした。

OLの人は、確かにそこに居なかったのに。

何かの見間違いかと思って、

その日は他に何事もなく一日を過ごしました。

次の日、OLの人はいました。

同じ服、同じ場所、同じ時間に。

何も無かったんだと安心していたら、

何故か来ていた電車に気づかず、

乗り過ごして昨日と

同じ時間になってしまいました。

OLの人はまた、まだそこにいました。

そして特急が通過するアナウンスがした時、

OLの人は黄色い点字ブロックに足をかけて、

私を見ました。

そして線路に足を出し、

特急に掻き消されて消えました。

その時確信したんです。

OLの人が、幽霊だって。

その日は頭の中は、

OLの人の恐怖でいっぱいでした。

ただ考えてみると、

見た目はショッキングですが、

実害は無いので気にせず

過ごせばいいと考えていました。

日を重ねる毎に、徐々にOLの人が、

近づいていたんです。

いえ、私がOLの人に、

ホームの端に近づいていたんです。

ホームに着いて特急が

通過する直前までの無意識の時間に。

OLの人が飛び込む瞬間を、

より鮮明に毎日見せつけられる。

精神的な疲弊は日に日に高まりました。

それだけなら、

今となってはまだよかったんです。

ある日とうとう、

OLの人と同じ位置に自分が立ちました。

気づいた時には、黄色い点字ブロックを踏み、

特急が前髪を掠めていました。

その日から別の駅から登校していたんですが、

気づけば最寄り駅に運んでいる有様です。


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