第7話 階段でキス


「今日も除霊よ」

「イエスマム」


もう慣れたもの。


「放課後四時四十四分に、

階段が一段増えるとか増えないとか

言われているわ」


今度はいつも通りのガバガバな怪異。

というか放課後四時って十六時な訳だから、

ゾロ目じゃないんじゃ…。

うん、余計なことを考えるはよしとこう。


「ちなみにどこの階段?」

「それが…」



「教室棟かー」


時刻は十六時三十分。

まだまだ居残りの生徒や部活生が往来している。

ここでキスするのは、流石に…。


「場所が場所だから、

不幸な事故が起きてからじゃ遅いわよね…」

「うん…」


もやは既に見えている。

第九を弾いたやつより小さく、

部室棟の廊下にいたやつより

少し大きいくらいの。

キスの回数は多くなるだろう。


「まだその時まで時間あるし、

長い時間かけてやる?」

「その方がいいでしょうね」


リップを取り出して塗る。


『んパ』


いい感じ。


「立ってする?座ってする?」

「座った方がいいわね、

咄嗟のときに誤魔化しやすいでしょうし」

「喋ってるふうに見えるもんね」


座る予定の場所をはたいてから座る。

並んで座る。


「さて…」


座高はさほど変わらないので、顎クイもなし。

顔を近づけるため、

不可抗力で先に太腿が合わさる。

柔らかい。

霊美ちゃんは既に目を瞑ってキスの体勢。

こちらも。


『む』

『ちゅ』


即座に廊下を見る。

誰も見てはいない。

もう一度。


『はむ』

『ちゅっ』


いつ誰が来るか分からない。

もしかしたら既に誰かに見られたかも。

そういう時、私は興奮するんだと最近知った。

全部、キスの時の出来事。


『む』

『ちゅぱ』


顔が赤くなってきた。

誰かが来た時、

果たしてこれで誤魔化せるだろうか。


「でさ〜」

「「!!」」


急いで顔を離す。


「まじ鼻高いよね〜」

「わかる〜」

「それからさ〜…」


こちらを見向きもせず二人組は歩いていった。


「…ふぅ〜」

「ほ…」


間一髪だった。

もやは少し小さくなってはいるが、

まだここにいる。

続行。


『ちゅ』

『むちゅ』

『ちゅう』


夢中になれないのが惜しいくらい、

深くキスを重ねる。

これが終わったら、

ゆっくりできるところで続きをしたいな。


『ちゅ』

『ガタッ』

「痛っ!」

「痛い!」


突然おしりに鈍い衝撃。

何かと思って下を見ると、

大事なことを思い出した。

即座にスマホを起動。

時刻は十六時四十四分。

魔の時間だ。

階段を見ると、

段が気持ち小さくなり増えたように見える。


「増えてる…のかしら」

「多分…」


大事を恐れて一旦廊下に降りる。


『シュン』

「「あ」」


一瞬で階段が元に戻った。

時刻は十六時四十五分。

時間にシビアな幽霊だ。

その幽霊も、

あとひと押しという大きさになっている。

また座る。

霊美ちゃんも座り、準備万端。


『む』

『ちゅ』

『ちゅぱ』

「ん」


もやは消えた。


『はむ』

「ん?」


記念のキスかな。


『ぱ』

「犠牲が私達のおしりだけで済んでよかったわ」

「へへ…ほんとにね」


お尻をさする。

霊美ちゃんもさすった。

あ、なんかセクシー。


「今日この後どうする?」

「そうね、金曜日だし何かしたいところだけど、

私たちには明日があるじゃない」

「あー、授業参観か」


そういえばそうだった。


「私の母が来る予定だから、万全を期したくて」


そんなに気負うものかと思ったけど、

家が厳しいらしいので何とも言えない。


「そっか…」

「その代わり、

振替休日の月曜日は思いっきり遊びましょう」

「うん!」


下げて上げられたので、

はしゃいだ声を出してしまった。


「ふふ、どこに行くか考えましょうか」

「帰りながらで考えよ」

「いい案ね」


霊美ちゃんが私の家に来た時、

思ったよりも学校から近い事が分かったので、

私が駅まで送ることを了承してくれた。

楽しい帰り道だ。


「一つ訊いてもいい?」

「何かしら」

「あー…ううん、やっぱりいいや」

「気になるわね」

「付き合ってそんなに経ってないのに

訊くことじゃないな…って」

「人との関係は時間ではなく密度よすみれさん。

その点で言えば、

私達は普通のカップル程の濃密な時間を

過ごしたと言える…わ」


さらっと恥ずかしいことを言う。

それを自覚してか、霊美ちゃんの耳が赤くなる。


「だからっ…その…

気兼ねなくなんでも聞いてちょうだい」

「わかった、うん、ありがとね。

で…霊美ちゃんのお母さんって…どんな人?」

「どんな人…」


顎に指を当てて美しく思案している。


「まあまずもって厳格な人ね。

自分にも他人にも厳しい人よ」

「そうなんだ」


やはりというべきか、今の霊美ちゃんの困窮も、

そのお母さんが作り上げているのだろう。


「そして何より恥を嫌う人ね。

形式や格式ばかり重んじて、

本当に大切なものを見失っている人だわ」


娘にそこまで言われるとは、

余程そういう性格なのだろう。


「今度の授業参観で私の努力が評価されれば、

待遇ももっと良くなるでしょう」

「うん、頑張ってね」

「ええ」


私からも形になるもので

応援できることはないかな。


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