第6話 音楽室 保健室でキス


「今日は音楽室よ」

「音楽室」


幽霊が居そうなメジャーな場所だ。


「しかも今回はおそらく二つ同時よ」

「音楽室の幽霊…何してくるの?」

「目を合わせてくる気がする

ベートーヴェンの肖像画と、

ひとりでに鳴るピアノよ」


また典型的な怪異だ。


「ベートーヴェンはいいとして、

ピアノの霊が厄介ね。物理的干渉をしてくる霊、

それも昼間に行ってくるやつは、

それ相応に強力な霊よ」

「なるほど…」


部室棟にいた霊のようなタイプか。


「今更になるけれど…

どうして私の除霊に付き合ってくれているの?

見返りもなしに」

「どうして?うーん…まあ単純に

霊美ちゃんとのキスが楽しいのもあるし…

というかそれが実質見返りかな。

後人助けはやってて気持ちいいからね」

「そう…ありがとう」

「どういたしまして」



「さて…」


昼休み、音楽室に来たはいいものの。


『ガヤガヤ』

『ボンボン』

『キュインキュイン』


音楽系の部活生でごった返している。

そしてやはり。


「あそこ…」


ベートーヴェンとピアノの場所に、

確かにもやがかかっている。

ピアノのもやは奏者が隠れるほどに大きい。


「どうしましょう…」


流石にこんな人が溢れている場所で、

しかも見知った顔もいる中でキスをするのは、

後々の学校生活に響きかねない。


「うーん…」


何気なく教室の隅の時間割を見る。

どの時間にどのクラスが使うかが書かれている。


「あ」

「どうしたの?すみれさん」

「霊美ちゃん、これ見て」

「これは…時間割?」

「うん、で今日は木曜日だから、ほら次の時間」

「空いてるわね」

「いけそうじゃない?」

「サボるの…?」


いつもとは違ったやや冷ややかな目で

こちらを見つめてくる。


「うーん、体調不良とか…

でもサボることには変わりないけど、

これだけ大きいとはやく取り除かなきゃかもだし、

ほら?ワンチャン自習になるかも

しれないじゃん?」


目に反射的に怯え、口からで色々こぼれ出た。


「確かに…そうかもしれないわね」


納得してくれたようだ。

目も元通りになってくれた。

霊美ちゃんは曲がったことが嫌いみたい。

また一つ霊美ちゃんに詳しくなった。



五時間目。

流石に都合よく自習とはならず、普通の現代文。

どうやって抜け出すかの作戦は、先程立てた。


「先生…」

「なんですか?払除さん」

「体調が悪いので、

保健室に行ってもいいですか…?」

「分かりました、では付き添いは…」

「私が行きます!」

「では鈴木さん、お願いします」


という作戦を、無事完遂。


「上手くいったね」

「ええ」


周りを警戒しながら、音楽室に向かう。



先程の賑やかさとは打って変わって、

音楽室は静寂に包まれている。


『ポーンン…』


そしてピアノは鳴った。

奏者は無し。

いや、もやか。


『───────』


演奏が始まる。


「これは…」

「どうしたの?」

「交響曲第九番…第九よ」


聞いたことがある。

確かベートーヴェンが

それを作曲した後に死んだとか何とか。

当たり前のように作曲者の肖像画を見る。


『ギロッ』


ベートーヴェンが、こちらを睨んだ。

元々の険しい表情がさらに険しくなっている。

一体どういう感情なのだろうか。

私たちが聞き入るのを邪魔したから怒っている?。

それとも目の前で作曲した曲を聞かせられての、

もどかしさ?。

それともただの幽霊のいたずらか。


『ギュ』


霊美ちゃんに手を握られ、我に返る。


「長丁場になりそうね、早速始めましょう」

「うん」


リップを塗る。

第九の音でリップ音が掻き消されないか心配だ。


『くい』


ん。


『む』

『ち…』

『はむ』

『ぴ…』

やはりと言うべきか、

音が掻き消されてしまっている。


「もっと大きな音…そうだ、力強く吸お」

「わかったわ」

『ちゅうう〜』

『ッぱ』

「わ…はっ…」

「ふぅ…」


より相手の唇の感触がわかる新感覚。

音も出る。

これはいける。


『ちううう〜』

『ちゅぱ!』

『ちゅっっぱ!』


第九に対抗するようにキスするも、

演奏が止む気配はない。


「鈴木すみれさん!」

「え、あ、はい!」


フルネームで呼ばれたので

畏まった返事をしてしまった。


「あなたのことが好きよ!」

「え!?わ私も霊美ちゃんのことが好き!」

『ちゅッッぱ!』

『────、───』


今、一瞬だが演奏が乱れた。

告白も、除霊に効果があるみたいだ。


「霊美ちゃん大好き!」

「すみれさん大好き!」

『──、───、──』


あともう一押しか。

だが大好きの次の一押しとなると、

現状の関係性からは飛び出た言葉を

言う必要が出てくる。

最適解は。


「これからも末永くよろしくお願いします!」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

『ギュ』

『ちゅう〜』

『ぱっ!』

『…』


演奏が止んだ。

もやもなくなっているので、除霊できたのだろう。

ベートーヴェンについたもやもなくなっている。


「終わった〜よかった〜」


その場にへたりこんだ。

初めて自分の目と耳で

怪奇現象に遭遇したかもしれない。

よく物怖じしなかったのは、

霊美ちゃんが手を握ってくれたからだろう。


「にしても、告白って除霊効果あるんだね」

「いえ正直、一か八かの賭けだったわ」

「そうだったの?」

「ええ、あのままじゃ水音もリップ音も

霊には届かなかったでしょうし、

だから霊に聞こえる大きな声で

何か言おうと思ったら、その、言葉が溢れ出たわ」


必死に考えた末の作戦行動ではなく、

咄嗟に出た言葉ということか。

つまり二度目の本気の告白ということで、

やはり嬉しくなる。


「あと、保健室に行かなくてはならないわね」

「体調悪くなったの?」

「いえ、後で先生に確認を取られたら、

面倒なことになるでしょうし」

「それは確かにね、じゃ行こっか」



『ガタガタガタ…』

「だ、第九を弾きながら告白してる人達いた…」


たまたま準備室でサボっていた生徒の証言により、

新たに音楽室の変人の噂が広まったのはあとの話。



保健室。


「失礼します」

「あらどうしたの?」

「頭痛がしまして…」

「あらそうなの、お熱は?」

「おそらくないかと…」

「そう…まあ一応計っておきましょう。

あなたはどうする?」

「私ですか?」

「今から戻っても

授業は終わってしまうでしょうし、

それまでここにいてもいいわよぉ」

「なら、お言葉に甘えて…」


霊美ちゃんが座ったベッドの隣に座る。


「はい体温計」

「ありがとうございます」


先生は何か帳簿をつけ始めた。


『ピッ』


体温計を脇に入れた。

何か話そうか、微妙な待ち時間が生まれる。

あ。

その時、視界に黒いもや。

ふわふわ動いているから、浮遊霊?。

無視してもいいレベルで小さい。

ただ今日のアレを見ると、

小さいのでも後々を考えると見過ごせない。

先生が帳簿をつけている今がチャンス。


『む』

「!?」


霊美ちゃんの体が跳ねる。

吸わずに無音で離す。

浮遊霊は…消えた。


「…」


はにかんだ顔で霊美ちゃんは体温計を取り出した。


『ERROR』

「…すみれさん?」

「ごめーん」


その後計った体温も、平熱より少し高かった。


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