第5話 理科準備室 駅前でキス
「そういえば霊美ちゃん」
「何かしら?」
「霊美ちゃんってなんで除霊してるの?」
何となく気になっていたことを今訊く。
「まあ、単純に人助けね。
人に迷惑をかけている霊を
見かけると血が騒ぐの」
「へー、霊美ちゃんは優しいねえ」
「ということで今日も除霊に付き合ってもらうわ」
「おっけ」
理科準備室。
放課後のここはもぬけの殻で、
図書室よりも人が少なくて落ち着けると
言ったら先生もすんなり鍵を貸してくれた。
理科準備室といったらやはり。
「この人体模型ね」
「ですよね〜」
見たまま人体模型にもやがかかっている。
典型的な七不思議をなぞっている気がする。
「今回はどういうやつ?」
「人体模型にジロジロ見られているとか」
「またそういう奴」
でも原因は存在しているので、
普段ふと感じる視線ももしかしたら
幽霊の仕業なのかもしれない。
「では早速」
「ん」
リップを塗る。
『ンパ』
狭い室内なので、
ノリの確認の音すらも反響する。
何度やろうともドキドキする。
『ぎゅ』
『クイ』
『んむ』
『っぱ』
気になる。
『む』
非常に気になる。
視界の端に映り込んでいる人体模型が。
『ぱ』
人の形をして両目がある分、
どうにも見られているという感覚が強く出る。
そのせいで少し緊張してきた。
いや幽霊がいるんだから見られていることには
変わりないのだろうけど。
完全に目をつぶってやり過ごすしかないか。
『ち』
『ぷぁ』
『ちゅぱ』
『ちゅ』
『っぱ』
なんだろう、いつもより回数が多い気がする。
あの程度の大きさのもやなら
それ程多くしなくてもいい気がする。
興が乗り始めたのだろうか。
「ふぅ」
お互い一呼吸置く。
人体模型を見ると、
もうもやが消えがかかっていた。
横目に霊美ちゃんを見ると、
霊美ちゃんも横目に私を見ていた。
特にお互い何も言わない。
「ええと…もうそろそろね」
『む』
私には消えたように見えたけど、
霊美ちゃんはより見える側なので
存在を感じ取っているのかもしれない。
『ちゅ』
『ちゅちゅ』
『ぱ』
「こんなものかしらね…」
「うん…」
体が火照ってきた。
「ねぇ」
「なに?」
「ここなら誰もいないよ?」
つい口走ってしまった。
「ええ…」
承認してくれた。
そして何も言わず、
お互いゆっくりと地面に腰を下ろし、
そして寝そべる。
体を重ねあって。
霊美ちゃんが下で私が上。
なるべく負担にならないように肘をついて、
相手にかかる体重を軽くする。
『ぎゅ』
「う」
「遠慮しないの」
「…うん」
『ちゅ』
「昨日はありがとう」
「どういたしまして、続きは…うちでしよっか」
「ええ…って、行くのは二日に
一回と言われてなかったかしら?」
「あ〜、じゃあ駅前で遊ぼっか」
「ええ」
駅前。
「来たはいいけど、その…お金がないから…」
「いいのいいの、気にしないで、
気楽にお散歩しよ?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
実際、散歩するだけでも会話が弾み楽しかった。
霊美ちゃんが横目に露店や
服を見ていたのが印象的だった。
「ちょっとここら辺で一息着こっか」
「そうしたいわね」
「ふぅ」
ちょうどよくあったベンチに二人で腰掛ける。
駅前の広場は、やはり人が多い。
幽霊が紛れていても気が付かな…そう…。
「あ」
また丁度よく黒いもやが目の前を通りかかる。
だが今までのもやは動いてなどいなかった。
「霊美ちゃんこれって…」
「おそらく浮遊霊ね」
そこら辺をウロウロしている。
「これって今のうちに…」
「やった方がいいわね、世のため人のため」
「ですよね〜」
急いでリップを塗る。
「じゃあ…」
人目を確認しながら体を近づける。
「ええ…」
『んむ』
広場中の視線が集まった、そんな気がした。
『ぱ』
浮遊霊を見る。
元気ピンピンでふわふわしている。
霊美ちゃんを見ると、
顔を真っ赤にして俯いていた。
「恥ずかしかったら、流石に…」
「いえ、するわ!こうなったらもうやけよ」
『クイ』
「ん」
『ちぅ〜』
霊美ちゃんの胆力に頭が下がる。
電車でキスし始めるバカップルも、
こんなうやうやしい気持ちで
キスなどしていないだろう。
世界中の視線が集まっている気さえする。
『ッぱ』
『ちゅ』
『ぱ』
『ちゅちゅぱ』
ダメなことをしているという背徳感と、
熱烈なキスによる高揚感で頭がおかしくなる。
最早一心不乱にキスしている。
明日に余命宣告された恋人みたいに。
もうどうにでもなれ。
十分ほどキスして、
酸素が足りなくなって口を離した。
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ…ふぅ…」
汗がすごい。
広場を見ると、こちらを見ていた通行人や
待ち合わせしていた人間が目を逸らし、
肝心の浮遊霊は除霊したのか飛んで行ったのか
分からないが、目の前からいなくなっていた。
未だに背筋がゾクゾクしている。
霊美ちゃんの目も据わっている。
このままで終わることはできないだろう。
「場所…移さない…?」
「ええ…」
立って歩く。
行先は思いつかない。
だが自然と足は駅の中へと運ばれ、
多目的トイレの前に着いた。
多目的トイレなんだから…
多目的なことしても…いいよね…。(ダメです)
周りを確認して視線が切れた瞬間に
即座に中に入る。
『だん!』
即座に壁ドンしてきた。
「ふっ…ふっ…」
『ちゅ』
『〜ぱ』
「待って、まだ鍵閉めてない」
『カチャ』
『ちゅ』
理科準備室から二度場所を変えて
やってきた絶対領域。
普段冷静な霊美ちゃんも
流石にタガが外れている。
ここからは除霊はなど関係ない。
したいからするだけのキス。
一番嬉しくて楽しいやつだ。
『む』
『ちゅ』
思う存分キスした後の改札前。
「また明日」
「うん」
澄ました顔をしているが、
霊美ちゃんの耳は未だ赤い。
私も多分言えたことじゃないだろうけど。
明日はどんなキスだろう。
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