まだ見ぬ丘の上

「景色が吸い込まれていくみたいでさ、面白いんだよね」


私は、電車の進行方向に対して、背中を向けて座っている。この電車の一号車と二号車には、向かい合わせに座ることができるボックス席があり、首都圏から温泉地を繋いでいるために団体客向けにこの仕様になっていた。


人がまばらに座る車内のなかで、大学帰りの私と友人は一つのボックス席に向かい合って座った。


日が傾き始め、世界は温かな色に包まれている。

流れ去る景色を眺めて、友人は言う。

「私は、電車が動く方向と同じじゃないと気持ち悪くなる」

私と友人は同じ路線を使っていながらも、乗車時間はまるで異なる。私は大学の最寄り駅まで一時間程度だが、友人は二時間かかる。東京から終点まで行かなくてはならないので、もはやミニ旅行だ。昨年までは授業数も多かったので新幹線で通っていた友人だったが、今年からは週に一度のゼミのみなので鈍行列車で通学している。

「乗っている時間が私の二倍っていうのもあると思うけど」

まだあと一時間半もかかるのかぁ、と友人は時計を見ながらそう溢し、

「こう、進行方向と向きが同じだと、景色を受け止められるんだよ」

友人が身振り手振りで伝えてくる。なんとなく分かるような気がする。だからこそ、進行方向と逆に座りがちな私は、車窓からいきなり景色が現れるのが好きなのだ。



四年間も同じ路線を使い続けると、多少は景色にも飽きが出てくる。少しでも新鮮味を出すために、私はこの「進行方向と逆」の座り方をしているのだ。その他にも、いつか行ってみたいと思う場所に目星をつけている。例えば、丘の上にあるひっそりと佇む神社。大きな川を渡る直前に、鳥居が見えてくる。急な階段を登ったあの先にはどんな景色があるんだろう、と車窓から眺めては考える。



「あの神社、行ってみたいんだよね」

と、神社を指しながら友人に言ってみる。遠回しに「一緒に行きませんか」、という言葉を含んだ投げかけに

「私もずっと気になってたんだよ」

と、答えてくれる。いつもはただ通り過ぎてしまう場所に、意味ができたような気がする。普段は降りることのない駅に予定ができるのは、なんてワクワクするのだろう。



夕日がキラキラと映る川の上を電車が力強く走っていく。がたん、ごとんと同じリズムを刻みながら、私たちをそれぞれの目的地へと連れていく。

車窓から流れる景色を「吸い込まれる」と表現する私と、「受け止める」と表現する友人。私たちは、あの丘の上でみる景色を見てどんな風に思うのだろう。だか、きっと綺麗な景色には変わりないのだ。

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