知らないほうがきっと良い
「ほら」
牛乳が注がれたグラスを差し出された。
グラスには水滴がついていて、ひんやりと冷たい。しかし、牛乳にしてはゼラチンが入っているようで、揺らすとぷるぷると動く。
これは、お腹の調子を整えたい、とぼやいていた私に母が用意してくれたものだった。
「これ、牛乳?」
グラスを揺らしてぷるぷると動く様を見て、母に尋ねた。
「うーん、なんちゃって飲むヨーグルト」
なんちゃって、が付くみたいだ。お母さんスペシャルなんだね、と言うと母は、レシピ、レシピと笑っている。いただきます、とグラスを煽る。
少し酸味があって、確かに飲むヨーグルトみたいだ。これでお腹の調子が良くなるのなら、とても嬉しい。しかし、やはり「なんちゃって」が気になる。
「これ、どうやって作ったの?」
うーんとね、と
「牛乳とお酢」
衝撃的な答えが返ってきた。牛乳と…お酢?
「え、」
美味しい、このなんちゃって飲むヨーグルトは美味しいのだが、なんだがお酢の味が濃くなった、ような気がする。牛乳にお酢?頭の中を駆け巡る。酸味もちょうど良くて、まさに飲むヨーグルトそのものなのだ。
私には、食べられないものはない。今までだって、なんでも美味しい、美味しいと食べてきたのだ。だから、なんちゃって飲むヨーグルトのレシピを聞いたところで、美味しいものは美味しいと正当に評価されるべきだし、受け止めなくてはならない。
「牛乳とお酢がね、そっか、なるほどね」
無理矢理その事実を自分のなかで消化した。
小学生の頃を思い出す。
二つ上の兄と夏祭りに出かけた記憶だ。
一人1000円ずつね、と親から渡されたお小遣いを握りしめて、兄妹で屋台に走った。
かき氷、たこ焼き、大判焼き…。多くの屋台が立ち並ぶなか、私には一目散に目指さなければならないお店があった。トルコアイスのお店である。やたらと伸びるアイスが特徴で、当時の私はその屋台に魅了されていた。トルコ人のお兄さんにアイスをなかなか渡してもらえない、という通過儀礼を終えて、たこ焼きを頬張る兄の横でアイスを伸ばしながら食べていた。
すると兄が、なぁ知ってるか?と尋ねてきた。
「それ、なんで伸びると思う?」と。
うーん、分からないと答えると
「納豆」
兄は伺うようにこちらを見ていた。
小学生の私には衝撃だった。バニラアイスと納豆をまさか組み合わせるはずはない、それは恐らく嘘だし迷信だ、と主張した。と、言いながらも、なんだか納豆の味がするような気がしてしまい、純粋にトルコアイスの味を感じられなくなってしまった。あの時の兄の責任は重い、と思う。
実際、その後からトルコアイスに手が伸びることはなくなり、テレビで納豆が混ざっているという番組特集を見た。迷信が事実になった瞬間だった。
美味しいものは純粋に美味しいと思いたい。知らない方が良いことというのは、世の中に多くあるのかもしれない、と考えに耽りながらなんちゃって飲むヨーグルトを一気飲みした。
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