午後2時のりんごジャム
午後2時。
神社で勤務している時、晴れの日のこの時間が一番好きだ。神社では静かな空気が流れていて、道行く人は少しきだるげだ。神社の向かいの幼稚園では、子どもたちの歓声が聴こえてくる。
ちょうど「猫ふんじゃった」が流れており、恐らく掃除の時間なのだろう。
風が吹くと、神社の入り口に吊るしてある風鈴が揺れ、りーん、りーんと涼しげな音を届けてくれる。神社名が書かれたのぼりがはためき、木々の葉が揺れ動く。
贅沢な時間、だと思う。中々ないよなぁ、と息が溢れる。心地良さを感じながら、御朱印の文字の練習をしていると、
萌木さん、
と奥の社務所で名前を呼ばれた。
神主さんである。
「神饌物のりんごとオレンジがダメになりそうだから、持ち帰る?」
神饌物とは、神様へのお供え物のことで、定期的に替える必要があるのだ。今回はどっさり、りんご四つとオレンジ二個がビニール袋に入れてある。
「こんなにいいんですか?ちょっと多い気がしますけど」
ゴミ箱に捨てるだけだからね、もっと持ち帰ってもいいんだよ、と神主さんも袋にどっさり野菜やフルーツを入れている。
「今回はパイナップルがないからなぁ」
神主さんは残念そうに呟いた。パイナップルを神様にお供えしていいんだ、と当初は驚いた。痛まない野菜やフルーツが供え物には良いらしい。神主さんはピーマン、ニンジン、りんご、グレープフルーツ……スーパー帰りみたいにパンパンに詰めている。フルーツは高いからねぇ、痛んでるところは削れば食べられるし、と前置きし、
「前はさ、参拝客も来ないような凄く暇な時にりんごジャムを作ったんだよ。砂糖を沢山入れて、じっくり煮込んだジャムがとても美味しくてね」
地元の小さな神社は、正月以外は基本暇なのである。確かに、地鎮祭や神葬祭で外へ出向く神主さんを除き、社務所で勤める人間は時間を持て余していることが多かった。
「宮司さんにバレなかったんですか?」
神主さんは肩をすくめて
「宮司さんの奥さんにはバレたよ」
と、眉毛を八の字にして笑った。
結局宮司さんにもバレているみたいだった。
今、手元にはりんごが四つある。一つはアップルパイにして、残り三つはりんごジャムを作ろうか。砂糖を沢山入れてじっくり煮込んだりんごジャムを、神社の午後2時に食べれたらきっと凄く美味しいんだろう。
でも、宮司さんや奥さんに怒られたくはないからね。やっぱり家で作ることにしよう。
ガララ、と社務所の扉を開く音がした。他の神主さんが地鎮祭から帰ってきたようだ。携えて帰ってきた神饌物の中には、少し痛んだりんごが顔を覗かせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます