Days6 呼吸

 気温はそんなに高くないと思うのだけど、雨が降り続いていて、湿度がすさまじい。エアコンが効いた教室内でも不快指数が高い。自宅のエアコンであれば除湿を入れたら快適になるのだろうが、二十年以上前に設置されて以来買い替えられていない学校用のエアコンにそんな気の利いた機能はない。教室内の空気は最悪。窓を開ければ雨、窓を閉めれば人間が吐き出した湿度の高い二酸化炭素。一年で一番この季節が嫌い。


 黒板から視線をはずして教室の中を見渡すと、クラスメートたちもぐったりしている。こんなに不快指数が高い中では授業に集中できまい。ハンディファンや下敷きでどうにか空気を循環させようとしているが、焼け石に水だ。うたた寝している生徒もいるが、寝ているというより意識を失っているのではないか。


 斜め後ろに目をやる。


 彼が頬杖をついたまま目を閉じてじっとしている。緩やかな呼吸に伴って肩がわずかに上下している。時々頭ががくんと落ちる。あれは確実に寝ている。雨の日の午後一時半の英語読解なんて最悪だものね。男性教師の低い声による英語の朗読はまるで魔法の呪文のようだ。


 肩がゆっくり上下していて、彼はあのペースで呼吸をしているのだ、というのを感じる。あんなにスローペースなのか。肺活量が違うのだろうか。リラックスするとみんなあんな感じなのかな。


 そういえば、彼の息が上がっているところは見たことがない。

 中学の時彼はサッカー部だったのでサッカーの試合を見に行ったことがあるけれど、実に落ち着いたものだった。あの時彼の息は上がっていただろうか。あんなに走り回っていたのだからきっとそう。でも思い出せない。

 高校に入ると彼は写真部に入ってしまったし、体育の授業は当然男女別なので、彼が運動をしているところを見る機会がなくなってしまった。運動神経は異常に良く、去年のスポーツテストの1000メートル走では学年のトップ5に入っていたらしいから、肺活量が違うのかも。


 彼の息が上がるくらいの運動って何だろう、と考えて、わたしはひとつ、あ、ということに思い至ったのだが、これ以上考えないように努めた。そんなの、わたしのほうが余裕がないのだから検証のしようがない。



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