新学期と一年戦争【七】


 リアが<原初の龍王ファフニール>を握り、戦闘準備が整ったその瞬間。


「うぉおおおおおおおおっ!」


 俺は彼女との間合いを詰めるべく、一気に駆け出した。


(リアは黒炎と白炎を用いた、豊富な遠距離攻撃手段を持つ。彼女を相手に遠距離戦を挑むのは、ただの自殺行為だ……っ)


 しかし、それを見越していたのだろう。


「甘いわよ、アレン! 龍の激昂ドラゴニック・ロアーッ!」


 リアはすぐさま剣を振り回し、黒白入り混じった炎をまき散らした。

 規則性の無い範囲攻撃が舞台上を蹂躙じゅうりんする。


「くっ!?」


 俺はたまらず跳び下がり、降りかかる火の粉を切り払った。


 そこへ、


黒龍の吐息ブラック・ブレスッ!」


 間髪をれずに、漆黒の炎が襲い掛かった。


「一の太刀――飛影ひえいッ!」


 迫り来る黒炎に対し、得意の飛影をもって迎え撃つ。


 しかし、


「なっ!?」


 俺の放った飛影は、一瞬で黒炎にかき消された。


(くそっ、この前やったときとは出力が桁違いだ……っ)


 俺は横へ大きく跳び退き、黒龍の吐息ブラック・ブレスを回避した。


(近付こうとすれば、無差別な範囲攻撃。距離を取れば、黒炎での遠距離攻撃、か……。全く、本当に厄介な能力だな……)


 戦い方としては、クロードさんによく似ている。


(もしかすると二人は、ヴェステリア王国で同じ修業をしていたのかもしれないな……)


 そんなことを考えている間も――リアは俺の一挙一動を見つめており、わずかな隙も見せなかった。

 前回の戦いで見え隠れしていた油断や慢心は、完全に消え失せていた。


「……まさか飛影を食い破ってくるとはな。恐れ入ったよ、リア」


「ふふっ、驚いたかしら? でも――私の力は、まだまだこんなものじゃないわ……よっ!」


 そう言って彼女が剣を振るうと、再び灼熱の黒炎が襲い掛かってきた。


「……っ」


 その後、俺はひたすら防戦一方を強いられることになった。


「食らえ――黒龍の破裂弾ブラック・バーストッ!」


 リアが大上段に構えた剣を力いっぱい振り下ろすと、


「でかい……っ!?」


 黒龍の吐息ブラック・ブレスより、一回りも二回りも大きな黒炎の塊が放たれた。


「く……っ」


 素早く右へ跳び、回避を試みた次の瞬間。


「――はじけろ!」


 黒炎の塊は爆発し、握りこぶし大の炎が四方八方へ飛び散った。


「……っ!? 八の太刀――八咫烏ッ!」


 咄嗟に斬撃の結界を敷いたが……。

 たった八つの斬撃では、百を越える炎を振り払うことなど不可能だ。


 飛散した黒炎の一つが右足を襲い、焼けるような痛みが走る。


「く、そ……っ。一の太刀――飛影ッ!」


 せめてもの反撃として飛ぶ斬撃を放った。


 しかし、


「――白龍の鱗ホワイト・スケイルッ!」


 リアの白炎は蜷局とぐろのような大きな盾を作り、飛影をいとも容易く防ぎ切った。


 そして、


「黒龍の吐息ッ!」


 その反撃として、波のような黒炎が襲い掛かってきた。


(まずいな……。少しずつだけど、確実にダメージが蓄積していっている……っ)


 その証拠に、体の動きが徐々に鈍くなってきた。


(このままズルズルと試合が長引けば、こっちが不利になるだけだな……)


 どこかで勝負を仕掛けなければ、このままジリ貧に終わるだろう。


 圧倒的に不利なこの状況。

 それを正しく理解した俺は、大きくため息をついた。


(全く……。魂装が使えないというのは、剣士として致命的だな……)


 魂装使いとの戦闘が増えたことにより、俺はその事実を身をもって痛感していた。


(……いや、泣き言はこの試合が終わってからだな)


 思考を切り替えた俺は――覚悟を決めた。


(……きっと大丈夫だ)


 クロードさんの<無機の軍勢アビオ・トゥループ>――あの大爆発にも耐えたこの体だ。


 リアの強力な炎にもきっと耐えてくれるだろう。


(……行くか)


 数秒後に訪れる確実な痛み。


 それを覚悟した俺は――一気に駆け出した。


「うぉおおおおおおおっ!」


「来たわね……っ! 龍の激昂ドラゴニック・ロアーッ!」


 黒白入り混じった炎が俺とリアの間を分断する。


(怯えるな……っ! 苦痛は一瞬だけだ……っ。この炎の壁さえ突破すれば……勝ちの目はある……っ!)


 俺は煌々こうこうと燃え盛る灼熱の炎へ――飛び込んだ。


「ぐ、ぁ……っ」


 激しい炎が体を焼き、鋭い痛みが全身を駆け巡る。

 熱い、痛い、苦しい――だけど、耐えられないほどではない……っ!


「はぁああああああああっ!」


 刺すような痛みを乗り越え、なんとか炎の壁を突破したその瞬間。


「――やっぱりね。勇敢なあなたなら、きっとそう来ると思っていたわ」


 壁の先で待ち受けるリアは――既に剣を高々と振り上げていた。


 どうやら……俺の行動は読まれていたらしい。


「覇王流――剛撃ッ!」


「ぐっ……!?」


 目前に迫る強烈な切り下ろしに対し、剣を水平に構えて防御した。

 凄まじい衝撃が全身を駆け抜け――なんとか防ぎ切ったかと思った次の瞬間。


「――はぁああああああああっ!」


 リアの持つ剣のみねから、凄まじい勢いの炎が噴射された。


 それは彼女の切り下ろしに爆発的な推進力を付与し、


(ぐっ、お、重い……っ!?)


 俺はそのあまりの威力に耐え切れず、大きく吹き飛ばされた。


(く、そ……っ)


 この四か月の間、俺は必死に修業を積んできた。

 数々の修羅場を乗り越えて、自分なりに精一杯努力してきたつもりだ。


 だが、<原初の龍王ファフニール>の成長具合は、それを大きく上回った。


 俺の体勢が大きく崩れたこの隙を見逃さず、


「はぁああああああああっ!」


 リアは一気に攻勢に打って出た。


「覇王流――連槍撃れんそうげきッ!」


 黒炎の灯った爆発的な突きが、何度も何度も繰り出される。


「……っ」


 ときにかわし、ときにいなし、ときに切り払い――なんとかその連撃を凌ぐ。


 嵐のような猛攻をさばきながら、俺は素直に感心した。


(リア……やっぱり、君は凄いよ)


 圧倒的な剣術の才能――<原初の龍王ファフニール>という魂装を持ちながら、彼女は毎日毎日ひたすら修業をしていた。


 それは素振り部で一緒に剣を振った俺が一番よく知っている。


「覇王流――剛撃ッ!」


 彼女は再び、強烈な切り下ろしを放った。


「ハァッ!」


 それに対し、俺は全体重を乗せた袈裟けさ切りを合わせた。


 互いの剣が激しく衝突し、今日二度目の鍔迫つばぜり合いとなる。


(……彼女はいわゆる『努力する天才』という奴だ)


 俺のような……才能の差を努力で埋めようと必死にもがく凡人にとって、彼女は天敵のような存在だ。


「アレン、残念だけどこの勝負は――私の勝ちよっ!」


 リアの持つ剣の峰から、凄まじい勢いで灼熱の炎が噴射された。

 爆発的な推進力を持って、俺の体を吹き飛ばさんとする。


(くそ……っ。勝ちたいなぁ……っ)


 俺が才能の無い凡人だということは、他の誰より自分が一番よくわかっている。


 それでも……リアに勝ちたいと思ってしまう。


 この剣術の天才に勝ちたい……。

 努力する天才に勝ちたい……。


(いつだって俺の邪魔をしてきた『才能』に――勝ちたい……っ!)


 その瞬間、かつてないほどに巨大な力が体の底から溢れ出した。


「うぉおおおおおおお゛お゛お゛……らぁ゛っ!」


「そん、な……きゃぁっ!?」


原初の龍王ファフニール>の後押しを得た彼女の剣を――俺は単純な腕力で蹴散らした。


 この試合で初めて、力勝負で押し切った。


(こ、これは……っ)


 まるで体の奥底で封じられていた力が湧きあがって来るような――奇妙で何故か懐かしい感覚。


 今まで何度かこういう経験はあったが……今回のこれ・・は桁違いだ……っ。


(……いけるっ!)


 そうして俺が自分の手のひらを見つめていると、


「……あ、あなたは『アレン』、なの?」


 リアはそう言いながら、自らの剣を胸の前に掲げた。


 彼女の刀身を鏡代わりにするとそこには――白髪混じりになった頭、左目の下に黒い紋様が浮かび上がった俺が映っていた。


「あぁ。……ちょっと見た目は変わってるけど、間違いなく俺だよ」


 アイツ・・・に体を乗っ取られたわけではない。

 この体は今、きちんと俺が制御している。


「もしかして……霊核の力を制御したの?」


「……いや、それは多分まだだな」


 確かに凄まじい力が全身を満たしているが……。


(……それでもまだ、俺とアイツの間には隔絶した力の差がある)


 強くなったから今だからこそ、それがよりはっきりとわかった。

 どうやら魂装習得への道は、まだまだ遠いようだ。


(今回のこれは……。多分、アイツの気まぐれか何かだろうな……)


 今度会った時は、礼の一つぐらい言っておくことにしよう。


(……っと、今はこの戦いに集中だ)


 脱線しかけた思考を元へ戻す。


(とにかく、これで筋力の差は埋まった……っ!)


 きっとこれまでのように力負けすることは、もうないだろう。


(ここから先は俺の剣術とリアの<原初の龍王ファフニール>――どちらが優れているかの勝負だ……っ)


 俺は重心を落とし、正眼の構えを取る。


「行くぞ……リアっ!」


「えぇ、臨むところよ……アレン!」


 俺とリアの決勝戦は――ついに最終局面へと突入する。

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【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

新作を公開しました!

タイトル:怠惰傲慢な悪役貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識で最強になり、破滅エンドを回避します~

URL:https://kakuyomu.jp/works/16818093087479543721


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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~ 月島秀一 @Tsukishima

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